第29弾の写真

平成27年4月1日から介護報酬が見直されました。倒産の理由は複数ありますが、平成27年の1年間で「老人福祉・介護事業」を行う企業の倒産数は76件に上りました(出典:株式会社東京商工リサーチ 2015年「老人福祉・介護事業」の倒産状況より)。そして平成28年1月~9月の累計倒産件数は77件と昨年度を上回るハイペースとなっています(出典:株式会社東京商工リサーチ 2016年1-9月「老人福祉・介護事業」の倒産状況より)。介護業界にいったい何が起こっているのでしょうか。

■マイナス改定となった介護報酬の影響
平成27年4月から介護報酬は改定率▲2.27%(平均)となり介護報酬が減額されました。しかし、その内容をよく見てみると改定率▲2.27%には介護職員の処遇改善加算が+1.65%含まれていました。処遇改善加算とは、介護職員の給与に全てを当てることを目的として介護事業所が得られる加算報酬です。この加算がない場合の介護報酬は、実は改定率▲3.92%です。

処遇改善加算は介護事業者にとって「加算=人件費」というプラスマイナスゼロ状態であればまだいいのですが、残念ながら経費増のマイナスとなります。その理由は、社会保険などの法定福利費やさらに増えることになる処遇改善加算に係る残業代は、処遇改善加算には含まれていないからです。つまり、事業者負担です。そのため、加算をとってもとらなくても利益が減ります。

さらに、改定率▲3.92%には介護サービスの充実分として改定率+0.56%が含まれています。これは介護福祉士の割合が多いことや重度の高齢者をより積極的に受け入れていることが評価されて得られるものです。翌日から職員の資格がヘルパーから介護福祉士になるわけでもなく、また、受け入れるご利用者を重度者ばかりに絞るわけにもいかない状況なのは明白です。結局は、平成27年度の介護報酬改定率▲4.48%と考えるべきです。

■介護事業所の利益率
介護サービスは現在36種類まで増えています。私たちに身近な介護サービスといえば訪問介護(ヘルパー派遣)ではないでしょうか。その訪問介護の利益率は、平成26年度調査では平均で+7.4%です(出典:厚生労働省 平成26年度介護事業経営実態調査結果より。以下訪問介護事業所の税引き前利益率の出典は同じ。)。これだけの数字を見てみると儲かっていると判断できます。街中に訪問介護事業所が増えているのも納得できます。

ところが、訪問介護事業所の規模によってその税引き前利益率は天と地との差がありました。一般的に、ヘルパー派遣回数が月に延べ1000回(1日あたり約33回)もあれば規模は大きいと言われています。そして、天と地を分ける境目は、月に601回(1日あたり約20回)のヘルパー派遣ができているかどうかです。月に601回以上派遣できている訪問介護事業所の税引き前利益率は+8.4%以上となっています。その一方、600回未満の訪問介護事業所の税引き前利益率は▲11.6%~+1.2%です。

平成27年度の介護報酬の改定率は▲4.48%なので、もともと利益が出ていないところはさておき、利益が出ている健全な訪問介護事業所でさえ、利益率が半分となる計算です。介護業界は3年や5年後の介護報酬はまず今よりも減るだろうという予測の中で経営を行う必要がありますが、これほどのマイナス改定が行われるのであれば、経営者はやりきれない気持ちになります。

■国が目論む淘汰・再編
介護業界は中小零細企業がひしめいています。介護保険制度創設時は玉石混淆ながらまずは介護事業所数を増やす必要があったため、よっぽどのことがない限り介護事業所の開設許可は下り、準備ができればすぐに営業できました。しかし今は事情が違います。一部の地域では市町村や都道府県による総量規制が行われています。これ以上介護事業所が増えないようにコントロールされつつあります。

そして今回の介護報酬のマイナス改定からもわかるように、経営ができていない介護事業所は業界からの撤退を余儀なくされます。経営者にとっての撤退はおおごとですが、そこを利用していたご利用者や介護スタッフにとってもおおごとです。誰しもこのような状況は避けたいところですが、現実に倒産・閉鎖は起きています。

ところで、撤退した介護事業所からご利用者や職員を取りこめた介護事業所は、ご利用者や職員が増えることで規模が大きくなります。その結果、利益率の改善につながり、その後の経営の安定に寄与します。ご利用者と職員にとってもそのほうが良いのかもしれません。まさに国の思惑通りではないでしょうか。利益率が上がれば、また3年、5年後に介護報酬のマイナス改定が可能となります。

以上から、国は、経営が上手な介護事業所は生き残り、そうではないところは撤退していくような介護報酬の誘導により、事実上の再編を狙っていると考えるべきです。私たちは過去に再編された業界を知っています。金融機関、ドラッグストア業界、医薬品卸売業界などです。そして、その流れは加速しています。

介護業界の大手と言えば、株式会社ニチイ学館や株式会社ベネッセホールディングを挙げていれば正解でしたが、もう業界図は塗り替えられています。損害保険ジャパン日本興亜株式会社が居酒屋チェーンで有名なワタミ株式会社から介護事業である「ワタミの介護」や株式会社メッセージ買収して業界一位に躍り出ようとしています。中小零細企業であっても大手企業と同じ土俵で勝負して介護サービスを提供しなければいけません。

■介護事業所のM&Aの話は私たちが知らないだけ
冒頭では倒産件数が増加したとのニュースを引用しましたが、それはあくまで氷山の一角です。小規模でも優良企業であればまだ企業価値が高いうちに身売りすると経営者は考えるかもしれません。仕事柄、介護事業所の経営者とお会いする機会が多いですが、打合せの途中で経営者の携帯電話に有料老人ホームやデイサービスのM&Aの勧誘電話がかかってきたことは私にとって衝撃でした。

私たちが知らないだけです。世の中は動いています。

■私たちも介護事業所の関係者である自覚を持つ時代へ
介護サービスは「受ける」という意識が強くてなかなか不平不満をヘルパーさんに言いにくいものです。とりわけ通所系サービスの場合、家族は利用を断られでもしたら介護のために仕事を辞めざるをえないと考えてしまい、苦情を言うのをためらうご家族もいらっしゃるのではないでしょうか。しかし、その介護事業所のためにも、ヘルパーさんのためにも言うべきことは言ったほうが良いのかもしれません。その介護事業所の中で良くない部分が蓄積してついには事業所の閉鎖や倒産につながると考えたらどうでしょうか。

介護事業所の歴史はまだ浅く、介護保険制度とともに手探りの状態です。私たちは、「受ける介護サービス」ではなく「受けたい介護サービス」を望んでいるはずです。そのためには、サービスを受ける側の私たちがもっと発信していく必要があると考えています。介護事業所、ひいては厚生労働省がはっと気づくご利用者目線の改善案が出てくるかもしれません。

【参考記事】
■元特養事務長が教えるより良い介護施設の見極め方(藤尾智之 税理士)
http://sharescafe.net/47893238-20160223.html
■介護保険は保険ではない ケアマネジャーと上手に付き合う方法 藤尾智之 税理士
http://sharescafe.net/35169456-20131126.html
■介護保険はやっぱり保険ではなくなった(藤尾智之 税理士・介護福祉経営士)
http://sharescafe.net/48977075-20160701.html
■介護が必要になった!どうする?(藤尾智之 税理士・介護福祉経営士)
http://sharescafe.net/49045000-20160709.html
■介護保険は保険でなはい 「親の介護は老人ホームにお願い」は甘い考え 介護保険を考える(1) (藤尾智之 税理士・介護福祉経営士)
http://sharescafe.net/35018841-20131120.html

藤尾智之 税理士 介護福祉経営士


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