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東京五輪の経費問題が大詰めを迎えています。東京都の調査チームは、11月1日、小池都知事に複数の見直し案を提示しました。

2020年東京五輪・パラリンピックの経費を検証している東京都の調査チームは1日の都政改革本部の会合で、都が整備する3つの競技会場について、現行計画の縮小や都外の既存施設の活用を含めた建設中止など、複数の最終見直し案を小池百合子知事に報告した。(『五輪3会場 月末にも結論』日本経済新聞夕刊 2016/11/01)


今回対象となっている3会場とは、いずれも東京の臨海部に建設を予定していた水泳、ボート、バレーボールの各施設です。上掲の記事によると、この見直し案で示された3施設合計の建設コストは最大1,228億円で、これでも事前案より350億円安くなるのだそうです。

昨年の新国立競技場建設問題に端を発し、小池都知事の誕生で再燃した五輪の費用問題。今回は客観的な数字を用いて、私なりの考え方を書きたいと思います。

■「お金がもったいない」なら作らないのがベスト
またぞろ五輪の経費について注目が集まったのは、小池都知事が掲げる「都民ファースト」の政策がきっかけでした。膨張する五輪経費に都民の血税を使うわけにはいかない、もっと費用の中身を精査して、ムダな支出はカットすべきだ―――ありていに言えば、「お金がもったいない」という批判が高まってきました。

簡単な話ですが、もし、「お金がもったいない」ということを判断基準の第一に置くなら、施設は作らないのがベストです。水泳・ボート・バレーボールとも、都内や首都圏に既存施設があるのですから、それらを活用すれば費用は劇的に削減できるでしょう。

■各施設が赤字になるのはほぼ確実
しかし、今回の見直し案を見ると、既存施設の活用が選択肢として示されているのはバレーボール(横浜アリーナ)だけです。水泳とボートについては、新施設建設を前提とする費用削減案となっています。要するに、「費用はなるだけ抑えますけど、会場は新しく造りますよ」ということです。

「施設は五輪の後も利用できるから損にはならない」という人もいますが、本当でしょうか。ちょっと考えてみましょう。

横浜アリーナの管理・運営会社である株式会社横浜アリーナの決算書を見ると、前年度の純利益は7億8千万円です。また、同社の繰越利益剰余金は約29億円で、同アリーナの開場は27年前の1989年ですから、これまでだいたい年1億円の利益を上げてきた計算になります。

また、さいたまスーパーアリーナの管理・運営会社である株式会社さいたまアリーナの前年度の当期利益は6,700万円です。さらに、少し古い話になりますが、2年前に日本スポーツ振興センター(JSC)が新国立競技場の五輪終了後の収支計画を試算した際は、年3億3千万円の黒字と発表しました。

これらを総合すると、首都圏でアリーナ・競技場ビジネスを行った場合の収支は、年数億円程度の黒字が“相場”と考えられます。

ただし、これらの数字は施設の所有者である自治体から運営を任された管理・運営会社のものです。したがって、施設そのものの減価償却費は含まれていません。今回、3施設の中で最大の費用が見積もられている五輪水泳センターの建設費は530億円ですから、50年を耐用年数とすれば年10.6億円の減価償却費が「隠れコスト」として存在していると考えられます。

会計上、数億円の黒字などふっ飛ばして、赤字転落はほぼ確実です。

■都知事は、「新施設は採算が取れない」と明言すべき
もっとも、現金が出ていかない費用である減価償却費は、投資の経済性を考える際は足し戻して考えますので、施設の年間収益は数億円、と考えて差し支えないでしょう。

それにしても、たったの「数億円」です。仮に5億円と仮定して、530億円の五輪水泳センターが収支上ペイするのは106年後。気の遠くなるような数字です。

こうなれば、考え方を変えるしかありません。例えば、マイホームを新築するとき、「この家を賃貸に出したら何年で建築費とペイするかな?」などと考える人はいません。不動産の資産価値が以前ほど期待できない現在、マイホームとは、「自分の城を持った」とか「同期で一番に家を建てた」といった充実感や精神的価値の意味合いが大きくなっています。

小池都知事には、最終報告の際、こう言っていただきたい。「施設は数字上絶対にペイしません! でも東京のメンツのため、採算は度外視して作ります! どうか新施設を自分の家だと思って、充実感や精神的価値を感じてください!」

これで都民が納得するかどうかは分かりませんが…。

【参考記事】
■PCデポ高額請求問題の背景を財務面から読み解く。(多田稔 中小企業診断士)
http://sharescafe.net/49372274-20160823.html
■伊藤忠商事が中国で病院経営に乗り出した理由。 (多田稔 中小企業診断士)
http://sharescafe.net/49594165-20160920.html
■大谷翔平選手の来季年俸は「19億6千万円」が妥当である。 (多田稔 中小企業診断士)
http://sharescafe.net/49802698-20161018.html
■シン・ゴジラでビルを破壊された三菱地所のBCPを勝手に考える。 (多田稔 中小企業診断士)
http://sharescafe.net/49222132-20160802.html
■『さんまのまんま』終了で考える、テレビ局の苦境と明石家さんまのこれから。 (多田稔 中小企業診断士)
http://sharescafe.net/49277606-20160810.html


多田稔 中小企業診断士 多田稔中小企業診断士事務所代表

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