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「働き方改革」真っ最中の過労による新入社員の自殺。大手広告会社の電通が厚労省による強制捜査を受けている。

■電通に強制捜査が入った!

女性新入社員の過労自殺を受け、厚生労働省東京労働局などが電通本社(東京都港区)と支社を強制捜査した労働基準法違反事件で、厚労省は8日、同社の人事・労務担当幹部らを事情聴取する方針を固めた。押収した資料の分析や事情聴取を通じて関与した幹部や社員を絞り込んで書類送検する方針。
時事通信「電通幹部を事情聴取へ=違法長時間労働への関与解明―厚労省」2016/11/8

政治的な一罰百戒という指摘もあるものの、過労の末の自殺という形で社員の尊い命が奪われたという事実を踏まえれば、きわめて妥当な対応と言えるだろう。

■労働基準監督官とは
近年、いわゆるブラック企業対策として、厚生労働省の労働基準監督官がクローズアップされている。今回の電通への一連の捜査も、東京労働局の過重労働撲滅特別対策班(かとく)がリードしているようだ。

「長時間労働撲滅」は、働き方改革の本丸の一つだ。今後は電通だけにとどまらず、悪質な労基法違反などのケースに対しては、同様の対応がなされることになるだろう。

ただし、肝心の労働基準監督官の人数は足りておらず、「労働者1万人当たりの監督官の数は0・53人で、ドイツ(1・89人)、英国(0・93人)など欧州の先進国と比べて見劣りする。取り締まりを強化しようにも、「マンパワーが足りずに対応が追いついていない」(政府関係者)というのが現状」(YOMIURI ONLINE「労働基準監督官、増員へ…電通の過労自殺受け」2016/11/5)」であり、政府が増員の方針を示したものの、取りしまり対象は雪だるま上に増加することが推察される。

■国家公務員は働かせ放題か
マンパワーに比して業務量が膨大である、というのが現状であるとすれば、労働基準監督官1人あたりの負荷は膨大となり、その処理のためには残業が発生することになるだろう。皮肉にも、労基法違反のブラック企業を摘発しようとすればするほど、自身の働き方がブラックになっていく、ということになる。

一方で、公務員の働き方については「国家公務員は労基法の適用外なのだから、残業はさせ放題」という論調をよく耳にする。そうとすれば、労働基準監督官は一人ブラック企業化しながら業務をせざるを得なくなるわけだが、本当にその見解は正しいのだろうか。結論から述べれば「それは違いますよ」という話になる。

国家公務員の勤務時間については、確かに労基法ではなく、一般職の職員の勤務時間、休暇等に関する法律(いわゆる勤務時間法)及び人事院規則で定められている。民間企業でいう労基署の役割は人事院が担うことになっている。

人事院規則においては、「正規の勤務時間以外の時間において職員に勤務することを命ずる場合には、職員の健康及び福祉を害しないように考慮しなければならない。(人事院規則15-14(職員の勤務時間、休日及び休暇)第16条)」と定められており、さらに「超過勤務の縮減に関する指針」中に、「1年につき、360時間を目安としてこれを超えて超過勤務をさせないよう努める」旨明記されている。

ちなみに上記通知の基となるものは平成11年に発出されており、今から17年前から国家公務員における長時間労働が問題視されていたことがうかがえる。

■国家公務員の残業が青天井である理由
上記を額面通りにとらえれば、1年360時間が上限であるから、1月にならすと30時間以上国家公務員は残業をしていないのですか?ということになるが、実態はそうではないだろう。

上記通知には、ただし書きとして、「災害その他避けることのできない事由に基づく臨時の勤務については、この限りでない」旨、また「国会関係、国際関係、法令協議、予算折衝等に従事するなど、業務の量や時期が各府省の枠を超えて他律的に決まる比重が高く、(中略)1年につき、720時間を目安としてこれを超えて超過勤務をさせないよう努める」という文言が入っているのだ。

昨今霞ヶ関の働き方改革でも話題となっている、国会対応に伴う公務員の残業など、やむを得ない事情となれば360時間を超えた残業が命じられることになる。

また、人事院は毎年度複数の省庁に対し勤務時間に関する調査(民間企業でいうところの労基署の臨検)を行っているが、筆者の知りうる限り書面上の調査にとどまり、例えば入り口の出退勤のデータを調べるとかPCログインログアウトの記録を精査する、というところまでは調査するに至っていない。

これは当然、労基署による検査は事前のタレコミに基づく性悪説的な者であるのに対し、人事院の調査はそういった前提に立っていない性質の違いではあるが、やろうと思えば不可能ではないはずだ。省庁をまたいで労働基準監督官を人事院に転任させ業務に当たらせる、ということも不可能ではないだろう。

■働き方に国家の関与は必要なのか
ちなみに、国家公務員の平均残業時間は「年間229時間(本府省364時間、本府省以外201時間)(平成27年国家公務員給与等実態調査)」とされているが、同期間に霞国公(中央省庁の労働組合)が実施した残業アンケート調査(「働かせ過ぎ」の真因から目を背けることなく実効ある対策に着手すべき――職員にのみ負担を強いる「ゆう活」は中止を(談話)国公労連HP2016/5/20)では、本府省職員の年間超過勤務の平均が444時間であり、時間外手当の不払いがあると回答した職員が47.3%にものぼっている。両者の値を比較すると。年間でおよそ80時間程度の乖離があるということになる。

後者のアンケートでは、残業になる要因について、「業務が多いため」「人員配置が不適切なため」が毎年上位を占めているようとのことであり、国家公務員全体において、業務量に見合う職員が配置されていないことが長時間労働の遠因であることが推察される。

先に述べたように、仮に人事院が勤務時間調査を徹底したとすれば、各府省庁でホコリは出るだろう。しかし、規則法令に照らして残業代を支給しようとすればするほど、国家財政が逼迫することとなる。国家公務員の人件費は言うまでもなく国民の税金だ。法令を遵守したが故に、厳しい批判にさらされるであろうことは想像に難くない。

しかしながら、「労働の対価としての賃金支給」は官民問わず、きわめて常識的な話だろう。仮に月給が支給遅延または不当な減額支給等されたら大問題であり、官公庁や大企業ではニュースにもなるところ、残業代だけ不払いが許されるとしたら、おかしな話である。「サービス残業」は良しとし、「タダ働き」は悪しとするのも、理解に苦しむロジックではないか。

理想論を述べるようだが、かつて週休2日制や育児休業を国が民間企業をリードして導入したように、働き方改革ついて先導するとすれば、まずは身内から襟を正すという趣旨で、人事院の調査を強化すべきではないか。先の批判も、未来の残業を撲滅し、国家公務員における人件費を逓減させていくのだ、という正論で突破するくらいでないと、強制捜査される側も納得がいくまい。

そもそも、我が国に蔓延する長時間労働文化を変えるには、冒頭述べた強制捜査のように国家の関与が必要なのか。だとすればなんとも情けない話ではある。「決まりごとは守る」「労働の対価は払う」「効率よく仕事をし、終わったら帰る」など、なすべきことはきわめて基本的な話だと思うのだが。

【参考記事】
■キャリアコンサルタントが自身のキャリアを描けない、という笑えない話。(後藤和也 産業カウンセラー/キャリアコンサルタント)
http://sharescafe.net/49875267-20161028.html
■電通新入社員自殺、「死ぬくらいなら辞めればよかった」が絶対に誤りである理由。 (後藤和也 産業カウンセラー/ キャリアコンサルタント)
http://sharescafe.net/49739049-20161010.html
■公務員の給与引き上げは正しい。 (後藤和也 産業カウンセラー/キャリアコンサルタント)
http://sharescafe.net/49293753-20160812.html
■男性の育休取得率、過去最高なのにたったの2.65%なのは何故? (後藤和也 産業カウンセラー/キャリアコンサルタント)
http://sharescafe.net/49241912-20160805.html
■サザエさんの視聴率が急降下した本当の理由とは。 (後藤和也 産業カウンセラー/キャリアコンサルタント)
http://sharescafe.net/49055679-20160711.html

後藤和也 産業カウンセラー キャリアコンサルタント

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