e0bd4a36f23050b185e59f528cbce65a_s

先日、「社員が社用車の運転を拒否しているが、どう対応すれば良いのか」という労務相談を受けた。

私自身も自慢ではないが、ペーパードライバーなので、深く考えさせられるところがあり、本稿にて整理してみることとした。

■採用時の契約はどうなっていたか
最初に確認しなければならないのは、採用時の雇用契約の条件に「社用車を運転すること」が含まれていたかどうかである。

例えば、営業職の社員を採用する際、「うちは社用車を使った営業が基本なので、あなたはペーパードライバーではありませんよね」ということを確認した上で、本人が「大丈夫です」と答えたので採用したにもかかわらず、採用された後に「実はぺーパーなので運転できません」ということであれば、雇用契約の本質的な部分に対する虚偽があったということなので、採用の取り消しが可能である。

しかしながら、採用時にそのような確認をせず、入社が決まった後に会社が「営業職だったら社用車での営業も当然あるでしょ」と言って、それに対し、本人が「まさか、社用車の運転が必須だとは寝耳に水です」と言って運転を拒否したために採用を取り消したような場合には、仮に裁判になったとしたら、会社が負けるリスクも相当程度考えられる。

会社が敗訴した場合には、判決が出るまでの期間の本人の賃金を補償し、かつ、本人が将来に向かっての雇用継続を希望した場合は、運転の必要のない業務を見つけて雇用を続けなければならないなど、会社の負担は大きなものになってしまう可能性がある。

したがって、このような「運転する」「しない」のトラブルを避けるためには、運転をさせる可能性があるならば、「ペーパードライバーではなく、実際に運転ができますか」ということを面接時に確認することは必須であろう。

また、内定候補者から「今はペーパードライバーですが、入社までには運転できるようになっておきます」という発言があり、それを踏まえて採用を決めた場合は、「入社日までに運転ができるようになっていなかった場合は、内定取消となることに異議を唱えません」というような誓約書をもらっておくこともリスクヘッジとしては有効である。

■勤務開始後に運転不適格が判明した場合
次に、「運転ができます」ということで採用されたものの、実際に運転をさせてみると何度も事故を起こす社員に対して会社としてはどのような対応を取るべきかということである。

業務中に社用車で事故を起こした場合は、運転していた社員はもちろんであるが、会社も連帯して賠償責任を負わなければならない。また、事故のニュースが社名入りでテレビや新聞等で報道された場合には、会社のイメージが傷つくことにもなりかねない。万一、重大な人身事故が発生したならば「なぜそのような社員に運転をさせたのか」という世論の批判も免れないであろう。

そうであるから、運転不適格だと思われる社員は、本人からの申出の有無に関わらず、会社の判断として運転を伴う業務から外すべきである。

逆に根性論を持ち出して「うちの会社に入った以上、運転するしかないんだから、気合で慣れろ」というような指示をするのは会社のリスク管理としては最悪である。無理矢理運転させた結果、死亡事故でも発生したら会社の責任は重大である。

正しい対応としては、本人をいったん運転業務から外した上、ペーパードライバー講習を受けさせたりして、本人の技術が向上したことが確認できた時点で、運転業務に復帰させる流れになるであろう。

ただし、いくら練習をしても運転に向かなかったり、運転をすると危険な病気を患っていることが判明したような場合は、運転の必要のない部署に異動させるしかない。小規模な会社で異動先の部署が無く、運転ができなければ業務の正常な遂行ができないということであれば、普通解雇も認められるであろう。

■事情が変わって運転が必要になった場合
例えば、会社がもともと都市部だけで事業を行っていて、社員が自動車を運転する必要は無かったが、地方にも事業拡大したので、地方の支店に転勤すると自動車の運転が必要になる場合である。

正社員の場合はとくに、会社は広範な人事権を有しているので、業務上必要があれば、地方の支店への転勤を命じること自体は合法である。

では、これに対し社員が「車の運転ができない」という理由で転勤命令を拒否することに正当性があるか、ということである。

この点、車が無いと生活が不便になるとか、徒歩や自転車での通勤が辛い、という理由での転勤拒否は原則として認められないであろう。業務上必要な転勤命令であれば、できるだけ支店の近くに住むとか、今であればAmazonや楽天市場なので大半のものは買えるので、よほどのことが無い限り、工夫をすれば車が無くても生活ができないことは無いはずである。

だが、転勤先では社用車を使って客先を回らなければならない、というような場合は事情が異なる。自動車を運転することが業務上不可避ということになるので、社員自身が「車を運転しない」という選択を取ることができないからである。

入社した時点では自動車の運転する可能性に対する予見可能性は無かったので、「自動車を運転する」ということは、労働条件の変更に当たると考えられるため、社員が社用車を運転することに同意をしなければ、社用車の運転と密接不可分な転勤命令は無効となる可能性が高いであろう。転勤命令を拒否したことによる懲戒解雇等の処分も無効になる可能性が高い。

ただし、地方支店に転勤する以外に活躍の場がないということであれば、普通解雇であれば認められる余地はある。

労使トラブルを避けるためには、会社としては、運転することに同意ができる者を人選して転勤命令を出したり、どうしてもその人に地方支店へってもらいたい場合には、本人とよく話し合って会社が費用を出して転勤日までにペーパードライバー講習を受けてもらうなどの配慮を提案して、同意を引き出すような対応が必要になるであろう。

■上司と部下で出張をした場合、部下が運転するのは当然か
営業職のように、日常的に社用車を利用しないにしても、どのような部署にいても出張で社用車やレンタカーを運転する機会はあるであろう。

上司と部下、先輩と後輩で出張をする場合は、社会通念上は部下や後輩が運転を行うべきとされているが、それ自体は私自身も違和感はない。

だが、部下や後輩がペーパードライバーであることを言い出せず、無理をして運転をして事故を起こしてしまう可能性があることは、会社として認識をしておくべきリスクである。

上司も部下も問題なく運転ができるのであれば、部下が運転すべきであろう。だが、部下がペーパードライバーの場合は職位に関係なく上司が運転するか、それが違和感あるならば、公共交通機関やタクシーを使って出張をすべきであろう。

総務部などで事前にアンケートをとって誰が運転できるのかをあらかじめ把握したり、出張時の自動車運転に関する社内研修を行って運転の無理強いをさせないことを上司や先輩たる立場の社員に認識させることが会社としては必要な対応であろう。

なお、部下や後輩が運転しないことに対して何らかの懲戒処分をすることは、運転が採用時の条件として明示されており、また本人の能力的にも運転が可能であるにも関わらず対応しないという場合でなければ難しいであろう。

■最後に
ここまで、「採用時の労働条件に含まれていなければ、社員は自動車を運転することを強要されない」ということを法律論に沿って具体例を挙げながら、主に会社側の視点で説明してきた。

最後に、社員側の視点に切り替えて総括すると、自動車の運転は、たとえ業務上のことであっても、事故が発生した場合はドライバーとしての自分自身も責任を免れないので、自信が無い場合や、リスクを負いたくない場合は、一切の運転を拒否することも選択肢の1つではある。

だが、自動車が運転できて、どこへでも転勤することができたり、上司や先輩の出張の運転を積極的に買って出られたりする人のほうが、社内において活躍の場が広がり、出世のチャンスも大きいことは間違いないであろう。

業務に関して自動車を運転するかどうかは、法律論を認識た上で、周囲に惑わされず、自分なりに納得のいくベストな判断をして頂きたい。

《参考記事》
■働く人が労災保険で損をしないために気をつけるべき”3つのウソ” 榊 裕葵
http://sharescafe.net/41626385-20141030.html
■国民年金保険料2年前納制度のメリット・デメリット  榊 裕葵
http://sharescafe.net/36558624-20140122.html
■学生が国民年金の保険料を払うのは損か?得か? 榊 裕葵
http://sharescafe.net/35068125-20131122.html
■「非常に強い台風」が接近していても会社に行くのはサラリーマンの鏡か? 榊 裕葵
http://sharescafe.net/49408703-20160829.html
■社員を1人でも雇ったら就業規則を作成すべき理由 榊 裕葵
http://aoi-hrc.com/blog/shuugyoukisoku-sakusei/


榊裕葵 ポライト社会保険労務士法人 マネージング・パートナー
特定社会保険労務士・CFP


この執筆者の記事一覧
このエントリーをはてなブックマークに追加


関連コンテンツ
シェアーズカフェからのお知らせ
シェアーズカフェでは住宅・保険・投資・家計管理など、個人のお金に関するレッスン・相談・アドバイスを提供しています。SCOL編集長でFPの中嶋が直接指導します。
シェアーズカフェ・オンライン編集長の中嶋が士業・企業・専門家向けの執筆指導・ウェブコンサルティングを提供します。




執筆者プロフィール