94c45d2aa8bfb5e93a0179e9b1d41145_s

TBSドラマ「逃げるが恥だが役に立つ」(以後、「逃げ恥」)が大人気です。話題が話題を呼び視聴率も上昇し続け、最新のデータでは16%超えを記録(ビデオリサー調査 11月28日~ 12月4日データ)。ビジネスライクな契約結婚から始まった、奥手の主人公の恋愛模様に、胸をきゅんとさせられている人も多いのではないでしょうか。

大学院まで出たものの就職に失敗、かつ派遣切りにあって無職となった主人公、森山みくりが、父親の知人の津崎平匡の家で家事代行の仕事を始めたところから物語はスタートします。その後、お互いの事情から、夫は雇用主、妻は家事を業務とする従業員という関係の契約結婚に至ります。ドラマでは、同居生活をするうちに、お互いに惹かれ合っていく様子が、ほほえましくもユーモアたっぷりに描かれています。

さて、二人の恋愛模様からも目が離せませんが、実は私の目下の最大の関心事は、「もし二人が契約結婚でなく本当の意味で夫婦になったら、平匡は、みくりに給料を払い続けるのだろうか?」ということです。そしてもし、「愛があるから妻として無償で家事をするのは当然」となった場合、みくりは家事代行以外の仕事に就くのでしょうか?

■家事労働は年収300万に相当
平匡は、契約結婚をするにあたり、家事業務の報酬として、各種生活費を差し引いたうえでの月給19万4千円を支払う雇用契約を結びました。その算出の基となったのが、内閣府経済社会総合研究所が2011年に算出した専業主婦の無償労働評価額(年齢平均)の 304.1 万円です。

しかし、現実には通常の結婚において、家事労働に現金報酬を支払うことは稀です。家事代行には金銭を払っていても、妻が専業主婦として家事全般を担った場合は支払わないでしょう。そこには、家族への愛情があるなら無償労働は当たり前」といった隠された前提があります。

もちろん「愛があるならお金はいらない。好きな人のためなら喜んで家事をするわ」という人もいるでしょう。しかし、「逃げ恥」のみくりは、そうしたタイプではありません。仕事がないからといって実家に居候することを良しとせず、経済自立のために市議会議員立候補の可能性まで探る女性です。いくら大好きな平匡さんのためとはいえ、専業主婦として無報酬の立場を我慢するとは思えません。

もし、平匡さんの希望で無報酬の専業主婦になってしまったら、それは、みくりの意欲を軽視し、愛情につけこんだ「やりがい搾取」であるように見えます。(そんなことを平匡さんはしないだろうとは思いますが…)

■「やりがい搾取」とは?
「やりがい搾取」とは、社会学者で東京大学教授の本田由紀氏が使い始めた言葉です(「軋む社会---教育・仕事・若者の現在」(河出文庫 2011年))。

低賃金長時間労働に陥る状況を分析すると、労働者が強いられているばかりではなく、自ら好んでそうした状況に陥る例も多いことに着目。好きなことや、人に奉仕する喜びを代償に、ワーカホリックに陥っている背景には、経営者側が仕組んだからくりがあると批判しています。

そのからくりとして本田教授があげているのは、(1)趣味性(好きなことを仕事にしている)、(2)ゲーム性(仕事の自己裁量性、自律性が高い)、(3)奉仕性(人の役に立ちたいという気高い動機)、(4)サークル性・カルト性(たとえば「夢」や「成長」等の将来への可能性を過度に強調する制度)、です。

家事代行業者として収入を得られていたのに、「愛する人には当然」と、同じ労働でありながら無償となってしまうのは、(4)奉仕性のからくりによる「やりがい搾取」と言えるでしょう。

では、みくりの恋愛が結婚として成就したのち、どんな仕事につける可能性があるでしょうか?妄想好きのみくりに倣ったわけではありませんが、彼女が家事を担いつつ、現金収入を得る方法を想像してみました。

妄想「みくり、キュレーションサイトのライターになる?」

「みくりは、大好きな平匡さんと本当の結婚をした結果、家事代行としてもらっていた月収を得られなくなってしまった。お小遣いはもらえるが、ちゃんと自分の力で稼ぎたい。そう思った彼女は、『キュレーションサイトのライター』という仕事を見つける。

それは自宅にいながら、自分の経験や知識を記事にしたり、あるいはネット上の各サイトから有益な情報をまとめたものを記事としてサイトに投稿したりするというもの。大学院で学んだ心理学の話や、家事代行で培ったノウハウなども歓迎されるという。

できれば、みくりは本格的に就職したいと思っていたが、平匡は40歳近い年齢を考え、早くに子供が欲しいという。となると、就職してすぐに産休、育休を取ることになりそうだ。それは気が引ける。だから手軽に現金収入を得られ、自分の都合で仕事量を調整できるキュレーション・ライターに登録することにした。文章を書くのは、学生の時から割と好きだったからだ。

実際に始めてみると、キュレーションサイト会社側からの指示が細かくあり、手間暇がかかる割に見合わない仕事であるように感じた。しかし、自分の記事が「いいね!」を集めたり、シェアされたりするのにはやりがいを覚えている。先日、みくりが書いた「家事が楽しくなるポイント」記事がシェアされた時にはうれしさのあまり、シェアしてくれた人にお礼のメッセージを送った。読者とこんな形で接点を持てるのも、やりがいの一つと思っている。

しかし、ある日、当のキュレーションサイトが閉鎖されることになった。他のサイトから写真や内容を引用する方法が、問題ありとされたらしい。キュレーション・ライターに対する低報酬も批判を浴びている。みくりは思わずつぶやいた。『私って、結局、やりがいにつけこまれて搾取されていたの?』」


■キュレーションサイトに見られる「やりがい搾取」のからくり
キュレーションサイトのライティング報酬は、今回の騒動のきっかけとなった医療系サイト「ウェルク」では、2000文字で1000円と設定されています(「DeNAの「WELQ」はどうやって問題記事を大量生産したか」BuzzFeed 11月28日付)。その報酬の低さを揶揄して、キュレーションサイトのライターは「1円ライター」と呼ばれたりもしますが、実態は1文字1円にも達していない案件も多いようです。

2000文字の原稿をどのくらいの時間をかけて書き上げるかは、人によるでしょう。しかし、引用元の記事を検索したり、内容に適した画像を探したりといった作業を考えると、少なくとも2~3時間はかかると思われます。そうすると、時給にしても500円以下。飲食店のアルバイトやパートよりも低い単価です。

それでもキュレーションサイトの仕事に人が集まったのは、まず、働きに出たくても出られない人にとって、その制約を超える裁量度の高さがあったからです。また、誰もが知っている大手サイトに書けることは、書き手のプライドをくすぐり、喜びを感じることにもつながっています。これらは、「やりがい搾取」のからくりと見事にリンクしているのです。

(1)在宅ワーカーを引きよせる「ゲーム性」
キュレーションサイトにおけるライターの求人について検索をすると、「在宅ワーク」を謳ったものが目立ちます。家を離れられない主婦を主なターゲットとしていることがうかがえます。時間や場所を選ばない融通性の高さは、やりがい搾取の4つのからくりのうち、「ゲーム性」にあたります。

(2)やりがいとプライドを高める「奉仕性」
知名度のある大手キュレーションサイトに、自分の記事が出ているということは、一般のパート等に比べ、ちょっとした優越感を感じさせるものです。大手サイトは利用者も多いので、それだけ多くの人に読んでもらえることになり、「ライター」としての承認欲求が満たされるところも大きいと考えられます。

前述の、みくりについての妄想での「シェア云々」は、実は私の経験をもとにしています。今は閉鎖中のインテリアや生活に関するキュレーションサイト「イエモ」掲載の、ある記事をSNS上でシェアしたところ、その書き手から「シェア、ありがとうございます。喜んでもらえてうれしいです」とのお礼メッセージをもらったことがあります。そのやりとりから、ライターが自分の記事が読者に読まれることに喜びを感じ、やりがいを覚えている様子が非常に印象に残りました。

キュレーションサイトは、こうしたライター側のメンタリティに乗じて、低報酬で記事を量産していたのでした。一瞬の交流でしたが、メッセージをくれた彼女がいま、どんな気持ちでいるかを考えると、残念でなりません。

■それでも「1円ライター」を生む土壌
キュレーションサイトが急成長を遂げた理由の一つは、SEO対策を施した莫大な量の記事を投下したことにあります。しかし、記事の書き手であるライターがいなければ、そのビジネスモデルは成り立ちません。その担い手となったのが主婦を始めとする在宅ワーカーです。

つまり、キュレーションサイトのビジネスモデルは、仕事にやりがいを求め能力も一定以上ある人材が、働きに出たくても出られない制約を抱える社会だからこそ、成り立ったといえるのではないでしょうか。

翻って見ると、主婦のやりがいに乗じているのは、キュレーションサイト運営会社だけではありません。多くの日本の産業がそういえるのではないでしょうか。家事労働が金銭的価値を持ち市場ができているいま、家庭における「主婦」の無償の労働もそうみることができます。

労働に対する価値観はさまざまで、本人が感じている「やりがい」が、一概に搾取の対象であるかは、明確な答えは見つかりません。しかし「社会派ラブコメディ」を謳うドラマ「逃げ恥」では、「恋愛が成就し結婚生活が始まってめでたし、めでたし」という単純なハッピーエンドでは終わらせず、主婦の労働力の構造的問題に風穴を開けてくれるような結末を期待しています。


【参考記事】
■営業部長 吉良奈津子」はなぜスタートダッシュに失敗したか?
http://sharescafe.net/49232344-20160804.html
■英国首相選ではなぜ「子供を持つ母親」が不戦敗したのか?
http://sharescafe.net/49083976-20160715.html
■「女性活躍推進法」は女性を追いつめる両刃の剣?
http://sharescafe.net/48120829-20160322.html
■育休ママがMBAを学ぶ上で注意すべきこと
http://sharescafe.net/45201771-20150617.html
■SMAP騒動の裏に見える「中年の危機」
http://sharescafe.net/47565368-20160120.html
朝生容子 キャリアカウンセラー・産業カウンセラー



この執筆者の記事一覧
このエントリーをはてなブックマークに追加




関連コンテンツ

シェアーズカフェからのお知らせ
シェアーズカフェでは住宅・保険・投資・家計管理など、個人のお金に関するレッスン・相談・アドバイスを提供しています。SCOL編集長でFPの中嶋が直接指導します。
シェアーズカフェ・オンライン編集長の中嶋が士業・企業・専門家向けの執筆指導・ウェブコンサルティングを提供します。




執筆者プロフィール