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最近、労働時間の短縮に関するニュースが次々と流れている。

■立派な制度を作るだけでは、むしろ逆効果
具体的には、「36協定による時間外労働に罰則付きの上限を設ける」「勤務間インターバルの導入」「プレミアムフライデー」などだ。

私は、このような議論はどんどんなされるべきであるし、労働環境の改善のためには望ましいことであることに異論はない。

だが、一方で私が懸念するのは、これらが「絵に描いた餅」、あるいは「逆効果」にならないかということだ。

その理由は、「残業時間に上限を設けましょう」とか「勤務と勤務の間は○時間以上間隔を空けましょう」とか、いくら立派な法律や制度を作っても、それを実現しようという意識を経営者が持たなければ、法の抜け道を探したり、開き直ったりしてしまい、最終的には労働者にしわ寄せがいってしまうという懸念があるということである。

前例を挙げれば、平成25年4月1日から、5年を超えて有期契約が更新されれば、無期雇用に転換できるという法制度の運用が始まったが、確かに、制度としては立派である。

しかし、少なくとも私の知る限りでは、「法改正のおかげで無期社員になれて嬉しかった」という人よりも、「無期社員になれる前に雇止めされてしまった」とか「3回までしか更新しないという上限付きの有期契約を結ばされてしまった」というような、不利益をうけている人のほうが目に付く。

法が目指している目的と、世の中での実務運用が180度反対方向にいってしまっているわけだ。

同様に、労働時間を制限する法改正も安易に導入してしまうと、「どうせ法律を守れないのだから、残業自体を闇に葬ってしまおう」というように、サービス残業を助長するだけの結果になりかねない。

労働時間短縮を本気で実現したいと考えるならば、たとえ中小零細企業であっても、現実的に労働時間を削減できるような施策とセットで法改正を行うべきであろう。

実務感覚を踏まえ、私なりに提案できる政策は3つある。

■即効性があるのは、人手不足を解消させること
第1は、労働力が不足している企業の人手を増やす政策である。

長時間労働が発生する最も分かりやすい理由は、人手不足である。人手が足りないため、既存の労働者が残業や休日出勤でカバーせざるを得ないのだ。それではなぜ、そもそも人手不足なのか、ということであるが、とくに中小企業の場合は、財務基盤が弱くて人を増やしたくても増やせないことや、求人を出しても良い条件を出せないので応募が無いということが考えられる。

この点に関し、確かに厚生労働省は新規雇用や教育訓練の実施に対する助成金を色々と用意しているが、原則としては後払いであり、しかも審査に時間がかかることも問題で、企業の新規採用に対する資金繰りの支援という意味では、あまり機能していない。

であるから、不正受給が発生しないような工夫は必要だが、新規採用が決まったら、早期に支給決定が受けられる助成金の創設や、あるいは、失業保険を受給中の人を採用した場合は、一定期間は国がその人の賃金を支払うというような制度も有用であると考えられる。

企業の新規採用に対する金銭的、心理的なハードルを下げることが重要なのである。

企業側の負担を軽減しつつ、新規雇用を生み出すような施策を展開できれば、長時間労働の解消と失業率の低減という二重の意味において、雇用環境に改善につながる。

■解雇規制の緩和は長時間労働の解消に不可避
第2は、労働力の新陳代謝を促進する政策である。

労働力の新陳代謝を促進する施策とは、批判を受けることを覚悟で言えば「解雇規制の緩和」である。もちろん、セーフティーネットの拡充を前提条件としての話である。

我が国の労働法においては、解雇に対しても厳しい姿勢が取られている。

そのため、とくに正社員採用においては人数を抑え気味して、工数が不足する場合は残業や休日出勤で対応するのが典型的な労務管理の考え方であった。この考え方自体が、企業規模の大小を問わず長時間労働の温床になっていることは否めない。したがって、解雇規制の緩和は、長時間労働の解消と密接に関連しているのである。

また、我が国の労働法においては、解雇に対する規制も厳しいが、労働条件の引き下げについても、原則として本人の同意がなければ行うことができないため、「年功序列で昇給して給与が高止まりしているが、現時点ではパフォーマンスが見合っていない」というベテラン社員を抱え込み、そのしわ寄せが「新規採用の抑制」というような形で跳ね返り、現場を担う若手社員が長時間労働で疲弊しているという現象も発生している。

このような現象を解消するためにも、解雇規制の緩和は必要である。

例えば、パフォーマンスに見合わない月給50万円の社員を解雇して、25万円でキビキビ働いてくれる若手社員を2名雇うことができれば、会社全体においては、社員1人あたりの負荷は下がり、長時間労働の抑制につながるであろう。

勘違いしてほしくないのは、一律紋切り型に「ベテラン社員は悪だ」ということが言いたいのではなく、年齢に関わらず、今の給料を「既得権」と考えず、働きに見合った給料をもらう、という考え方が浸透すれば、長時間労働の解消のひとつの糸口になるのではないかという提案である。

あるいは、現行法の枠組みの中でできる対応としては、基本給については20万円とか30万円とかベーシックインカム的な水準で固定し、「役職手当」や「職務手当」といった役割に応じた手当でそれ以上の部分を積み上げるような賃金体系に移行することである。そうすることで「アウトプットに見合わない社員に高い賃金を支払い続ける」という人件費配分のミスマッチを解消し、人手が足りておらず、追加の労働力を必要とする部署での新規採用の原資に、人件費を振り向けることができるようになる。

■ITツールやクラウドサービスは「産業革命」だ
第3は、業務の効率化を促す政策である。

ここまでは、仕事量に対して、社員数が足りないから長時間労働が発生しているので、社員を増やして負荷分散をしましょう、という前提で説明をしてきた。

だが、仕事量そのものを減らしたり、効率化を図ったりするという方面からのアプローチも充分に考えられる。

例えば、どの会社でも行わなければならないバックオフィス業務として「給与計算」があるが、タイムカードの集計を鉛筆舐めながら行ったり、エクセルを使って残業代を手計算したりしていては、いくら時間があっても足りない。

この点、現在はITやクラウドの技術が進み、スマホやSUICAをかざせば出退勤が登録され、勤務時間が自動で集計される勤怠管理ソフトが登場している。また、給与計算に関しても、クラウド型のソフトであれば、初期設定や毎月の基本給や手当の変動だけしっかりと入力すれば、社会保険料や税金の控除の計算は自動で行ってくれるという時代になった。

別の例を挙げれば、名刺の管理なども、スマホのカメラで名刺を撮影したり、スキャンをして取り込んだりすれば、自動でデータベースに登録してくれるようなサービスも存在している。

このような新しい技術を活用すれば、少なくともバックオフィスに関する残業は大幅に削減できる可能性が高い。個人的には、近年のITツールやクラウドサービスの進化は、「産業革命」と呼んでも差し支えのないインパクトを持ったものだと感じている。

国として、こういった労働時間の短縮に役立つITツールの導入を支援するような制度を作ってはどうであろうか。

例えば、国が労働時間の短縮に役立つとして認定したITサービスを導入する場合、そのサービスの初期費用や3年程度の利用料を補助するとか、当該ITツールを導入・運用するために専門家からコンサルティングを受けた場合には、そのコンサルティング料の一部または全部を支援するような助成金制度を創設するといったような政策が考えられるであろう。

■まとめ
「労働時間を短縮しましょう」という掛け声だけでは何も変わらないし、企業自身も、労働時間を短縮しようと思っても、どうして良いか分からなかったり、身動きが取れなかったりというのが足元の実情なのである。

だからこそ、「どうすれば労働時間を短縮することができるのか」という具体的な筋道を示し、それに沿った政策を展開することこそが重要なのではないだろうか。

《参考記事》
■働く人が労災保険で損をしないために気をつけるべき”3つのウソ” 榊 裕葵
http://sharescafe.net/41626385-20141030.html
■国民年金保険料2年前納制度のメリット・デメリット  榊 裕葵
http://sharescafe.net/36558624-20140122.html
■学生が国民年金の保険料を払うのは損か?得か? 榊 裕葵
http://sharescafe.net/35068125-20131122.html
■「非常に強い台風」が接近していても会社に行くのはサラリーマンの鏡か? 榊 裕葵
http://sharescafe.net/49408703-20160829.html
■社員を1人でも雇ったら就業規則を作成すべき理由 榊 裕葵
http://aoi-hrc.com/blog/shuugyoukisoku-sakusei/


榊裕葵 ポライト社会保険労務士法人 マネージング・パートナー
特定社会保険労務士・CFP


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