クルマ事故
売れっ子タレントであるノンスタイル・井上氏(交通違反事件を容疑者と呼ぶかどうか微妙なので氏とします)の事件は、有名人の起こした事故であることに加え、年末年始という芸能界最大のハイシーズン直前という最悪のタイミングで発生しました。組織の危機管理視点で対応を考えます。

■「あってはならない」という根性論との決別
大企業など巨大組織では、危機管理の形骸化と官僚主義によって、危機への対応がきわめてお粗末になっていることが少なくありません。それは危機のとらえ方にあります。危機をあってはならないという存在にしている組織はきわめて危ういといえます。

事故や危機は必ずあります。自動車事故は運転をする以上、誰でも可能性のある危機です。「絶対あってはならない」という精神論は危機管理に何の役にも立ちません。危機は「絶対にある」ものです。この認識を共有することは、精神論根性論ではなく、現実的な危機管理において、決定的に重要です。

警察が発表したという、井上氏の当初の発言「怖くて逃げた」はその後井上氏・吉本側から否定されています。何が起こったか、何と言ったかという発言は昨今、警察発表すら後でうやむやにされるなど、信頼に足るものではありません。

有名芸能人の子息の俳優が暴行事件を起こした際も、当初の警察発表とは真逆のやり取りが説明されるなど、「何と言ったか」という発言を瞬間単位で追いかけてもほとんど意味がありません。危機対応は裁判ではないからです。


■芸人本人に運転させるという危機意識
事故を起こした時点で危機が勃発です。通常被害者がいた場合、まずその救援が最優先ですが、時として当人がパニックになり、その原則すらできないこともあり得ます。今回のように大きなプロダクションなど組織がある場合、正に組織の存在が危機収拾には大きく寄与します。

危機においてその当人は判断力を失った状態です。そこに冷静に対処ができるサポートとして、組織の存在はきわめて有効なのです。まず第一にリスク評定があります。起こしてしまった事態から、次の行動を決定するという初動の意思決定は何より重要で、そのためにはリスクを判断する必要がまず最初に必要です。

吉本興業ではかつて、故・横山やすしさんが謹慎中にもかかわらず、飲酒の上交通事故を起こし、即日解雇となった事件があります。仕事の場合マネージャーは運転せず、タレント自身に運転させるというのが吉本興行の決まりだとタレントさんたちは言いますが、危機管理上は極めて問題です。

交通事故を起こそうと思って起こす人など一人もいません。事故は絶対に起きるのです。かつての昭和の時代の芸人さんとは全く置かれた環境が違うのが今のタレントさんです。マネージャーなどスタッフが運転するのは、危機管理上、「事故が起こり得る」事態への最大の予防線になります。

万一事故を起こした場合、タレントさん自身が運転していれば、それは確実に批判の対象となります。組織としての危機管理上、「タレントが運転する行為」はある日突然すべての仕事を失うリスクと隣り合わせであることを認識しなければなりません。


■事故発生時の心理とサポート
交通事故など危機発生の際、組織はリスク評定に加え危機対応の判断という、最も難しい意思決定のサポートとなります。警察報道では、井上氏は「取り返しのつかないことをした」と思ったといわれますが、人身事故を起こしても、復帰の目はまだあります。相手の車が大破してはいない状態であれば、ただちに救助対応すれば良いのは明らかでした。

しかしその時に冷静に判断ができる人は決して多くありません。事故を起こした加害者自身がパニックになるのも普通です。組織とのサポート体制、危機管理体制が整っていれば、こうした起り得る危機に際し、ただちにどんなことでも会社に連絡するということが徹底できたのです。

タレントの仕事は24時間営業でしょうから、会社も24時間対応できる体制でなければなりません。体制があれば、パニックに陥った本人に対し、ただちに被害者救助を指示できます。もちろん救急車への連絡も会社ができますし、弁護士との連動などその後の対応にもつなげることができます。


■気休めのプラス情報はいらない
今回の事件でも、「当て逃げをした」「気付かなかった」と真逆の情報が錯そうしています。警察発表もあてにならず、真実がどうなのかが判明するにはかなりの時間がかかる可能性があります。

危機管理で大切なことは真実の追求ではありません。事態の収拾に尽きます。「真実がどうかわからないので発表できない」では危機対応になりません。組織自らが危機判定をし、想定し得るリスク内で対応を取るしかありません。不幸中の幸いで、被害者の方がただちに生命を奪われるような事故ではないのであれば、組織として補償は可能なはずで、それを一義に伝えつつ、会社を上げてタレントをサポートします。

これは決してそのタレントが「酒を飲んでいなかった」とか「(接触に)気付かなかった」というようなタレントに有利な情報を集めることではありません。危機の真っ最中、当事者にプラスになる情報は、今はまだ流すタイミングではないのです。同僚や先輩の所属タレントがそうしたプラス情報を発信するのは早すぎです。むしろ批判の炎を煽ることにつながりかねないでしょう。


■「真実」より大切なもの
今回のように生命まで至らずに済んだ事故では、事故を起こしても復帰した芸能人は多数います。わかりやすい形で経済的補償をどうするかなど、まさに組織の役割です。当事者は事故のパニックで冷静な判断などできませんから、本人からの補償のさせ方や処罰など一番後回しで良いのです。事故現場や事故直後に当事者を、組織が叱責しているヒマなど1秒もありません。

今もし吉本興業が、「当て逃げではなかった」などの井上氏のプラス材料になるような情報を集めているとすれば、それはきわめて危険な方向です。そうではなく補償の具体的見積りに注力し、被害者の方の容態によってはさらに追加して補償することも盛り込むなど、全力で事態収拾に取り組んでいるなら危機対応は機能しています。

危機は真実解明を待ってくれません。とにかく一刻も早い対処として補償を進め、そちらが一段落ついた後、本人の処分や処罰を含めた謝罪にかかるという順番を、組織は果たさなければならないのです。


【参考記事】
■気付いたら仕事が無い!時代への対処法意
http://shachosan.rm-london.com/?eid=676925
■東電値上げとボーナス/年収へのリアクション
http://shachosan.rm-london.com/?eid=850322
■危機管理手法に学ぶ、まだ「無い内定」学生の行動規範 (増沢隆太 人事コンサルタント)
http://sharescafe.net/48987216-20160704.html
■「風通しの良い社風」という、いまそこにある危機 (増沢隆太 人事コンサルタント)
http://sharescafe.net/48419202-20160421.html
■組体操の事故を生む「感動ありがとう」絶対主義(増沢隆太 人事コンサルタント)
http://sharescafe.net/46557342-20151013.html

増沢隆太 人事コンサルタント


この執筆者の記事一覧
このエントリーをはてなブックマークに追加


関連コンテンツ
シェアーズカフェからのお知らせ
シェアーズカフェでは住宅・保険・投資・家計管理など、個人のお金に関するレッスン・相談・アドバイスを提供しています。SCOL編集長でFPの中嶋が直接指導します。
シェアーズカフェ・オンライン編集長の中嶋が士業・企業・専門家向けの執筆指導・ウェブコンサルティングを提供します。




執筆者プロフィール