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安倍首相が議長を務める「働き方改革実現会議」で、同一労働同一賃金に向けた取り組みが検討されています。先日開催された第5回会議では、政府から「同一労働同一賃金ガイドライン案」が提示されました。
本ガイドライン案は、正規か非正規かという雇用形態にかかわらない均等・均衡待遇を確保し、同一労働同一賃金の実現に向けて策定するものである。
(中略)
このような正規雇用労働者と非正規雇用労働者の間の不合理な待遇差の解消の取り組みを通じて、どのような雇用形態を選択しても納得が得られる処遇を受けられ、多様な働き方を自由に選択できるようにし、我が国から「非正規」という言葉を一掃することを目指すものである。

出典:「同一労働同一賃金ガイドライン案」、「第5回働き方改革実現会議」配布資料、首相官邸、2016/12/20
引用後段の「「非正規」という言葉を一掃する」というのは素晴らしい目標です。ですが、少なくとも今回のガイドライン案の延長には、それが実現した社会は期待できないだろうと感じています。

■ガイドラインは何をしようとしているのか?
このガイドライン案の趣旨は、正規雇用と非正規雇用の間の待遇差のうち、合理的なものと不合理なものとを線引きすることです。待遇差があること自体がダメだと言うわけではなく、待遇差はあって良いがきちんと説明できる合理的なものでなくてはならないと言っているわけです。

ガイドライン案は、交通費や福利厚生等のベーシックな部分では基本的に待遇差が生じないようにすべきとする一方、概ね以下の5項目に関しては、差がない場合は同一待遇を、差がある場合はその差に応じて適切に待遇に差をつけるべきとしています。

 ・職業経験と能力
 ・本人の業績と成果
 ・勤続年数
 ・会社の業績への貢献度
 ・役職、責任の範囲とレベル

同一労働同一賃金と謳ってはいても、同じ仕事をしているだけで同じ賃金になるわけではないのです。同じ仕事をして同じ賃金を得るには、これらの点について一切差がないと言えなければなりません。

逆に、差があると言うのは比較的簡単です。ガイドライン案の例に従えば、例えば、「正社員は未来の管理職として現在の仕事を経験させているので、今後も同一の仕事をやるだけの非正規労働者よりも良い待遇とするのが合理的」と言ってしまえば、極端な話、それだけで正社員が非正規労働者より好待遇を受けることが正当化できてしまうのです。

ガイドライン案が実際に導入された場合、おそらく企業側の努力は、正社員と非正規労働者との差をきちんと測定して待遇に反映するという方向ではなく、正社員と非正規労働者との差を就業規則等によってハッキリさせる方向で為されるのだろうと、筆者は予想しています。なぜなら、その方が簡単かつコストもかからないからです。

■本当に不合理なのは何なのか?
ガイドライン案は、労働の実態に見合った合理的な待遇を実現することで、ネガティブなニュアンスで非正規と呼ばれているものを、正社員ではないけれど多様な働く形の一つとして認知されるように仕向けようとしています。正社員じゃないけど待遇を正社員に近づけるからいいよね、というわけです。

ですが、おそらく非正規労働者の多くは、正社員ではない働き方を自ら選んだわけではないでしょう。本当は正社員として働きたいのに、あなたのために多様な働き方で働きやすくしたよと言われても、苦笑いするしかありません。

実は日本の雇用制度で最も不合理なのは、異なる雇用形態の間の待遇差ではありません。もちろん、それも問題なのですが、一番の不合理は、終身雇用の正社員ロードから一度逸れてしまうとその後どんなに頑張っても原則二度とその道に戻れない、ということなのです。新卒採用で正社員になれなかったらずっと非正規で固定されてしまうというのではフェアではありません。卒業時に運悪く不況だった人には特にアンフェアです。

がんばっても報われない、やり直しができない社会では、いま報われていない人たちは希望を持つことすらできないのです。

■非正規雇用をなくすには
だからと言って、すべての人を正社員に、というのは現実的ではありません。守られた立場である正社員は、非正規雇用というバッファがあって初めて安定します。バッファがなくなってしまっては、どうにもならないのです。

では、逆に、正社員という雇用形態をなくしてしまったらどうでしょう? すべての人を正社員にできないのなら、すべての人を正社員じゃなくすれば良いだろうという発想です。具体的には、「正社員」という言葉を使うのを止めて、雇用を流動化するということです。

本当は正社員になりたい非正規労働者のために正社員をなくす、というのは矛盾しているように感じるかもしれません。ですが、これこそが、すべての労働者にとって、がんばれば報われる、やり直しができる社会を実現する道なのだと、筆者は考えています。今まで正社員が余分に持って行っていた配分を、がんばりに応じてフェアに分け合いましょう、というわけです。

政府が一掃することを目指すと言っている「非正規」という言葉は、「正社員」ではないものを指す言葉です。「正社員」がいなくなれば、「非正規」という言葉を使ってわざわざ分別する必要もなくなるでしょう。

まずは、「正社員」という言葉を使わないということを、働き方改革実現会議で検討されてみてはいかがでしょうか?

【参考記事】
■話題沸騰「正社員制度をなくしたらどうなるか問題」を、ファイナンス論的に考えてみた。 (本田康博 証券アナリスト)
http://sharescafe.net/42781228-20150108.html
■東京が”世界で一番”生活費が高いのは、当たり前。 (本田康博 証券アナリスト)
http://sharescafe.net/50265593-20161221.html
■東京23区アパート空室率35%は本当か? (本田康博 証券アナリスト)
http://sharescafe.net/50223436-20161215.html
■日本がギリシャより労働生産性が低いのは、当たり前。 (本田康博 証券アナリスト)
http://sharescafe.net/47352836-20151229.html
■映画『マネー・ショート』を見ていて混乱するのは、「空売り」を予習したせいだ。 (本田康博 証券アナリスト)
http://sharescafe.net/48046767-20160310.html

本田康博 証券アナリスト・馬主


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