e882ad1224bb7639620b99e6986a0ff0_s

先日「最強の地下アイドル」というキャッチコピーで売り出されているアイドルグループ・仮面女子に関する記事が報じられた。

■月給700円のアイドル?
記事では時給ではなく「月給」が700円など、違和感を感じずにはいられない報酬等に関する言及があった。

・地元の京都にある芸能プロダクションに入ったんですが、登録費用やプロフィール作成費、レッスン代などの名目で約120万円も契約してしまって」

・仮面女子は人気投票で給料が変動する完全実力主義。初月の給料は700円で、ご飯が一日1食のときもありましたね。

・まだ前の事務所に月々2万円近くの返済があるから貯金もほぼないし……。
(借金120万円を背負った仮面女子の貧乏アイドル・窪田美沙「夏頃には返済し終わる予定です」 より抜粋 日刊SPA!2017/01/21)


こういった記事や逆境に負けず頑張るアイドルの姿を見て、応援したいという気持ちになる人もいるだろう。だが、私はそれ以上に違和感を覚えた。アイドルとして仕事をしているのに借金を負わされたり、極貧生活しかできないというのは何かがおかしいのではないか。

フルコミッション、つまり成果がゼロなら給料はゼロという社員は労働基準法で認められていない。ではフルコミッションのアイドルは認められるのだろうか?

■「光GENJI通達」でアイドルは労働者だ
そもそも論であるが、アイドルには労働基準法が適用される可能性が高いと考えられる。

この点、昭和63年に旧労働省が出した通達、いわゆる「光GENJI通達」が参考になる。

労働基準法の定めにより、歌手や俳優などであっても中学生以下の者は、午後8時以降は働くことができないとされているが、当時大人気であった光GENJIのメンバーに中学生が含まれていたため、午後8時以降の生放送にフルメンバーで出演できるか否かが問題となった。

この時、旧労働省は、次の4要件を「全て」満たす芸能人は、労働者ではなく、労働基準法の適用除外である個人事業主であるという見解を通達により示した。

1.当人の提供する歌唱、演技等が基本的に他人によって代替できず、芸術性、人気等、当人の個性が重要な要素となっていること。
2.当人に対する報酬は、稼働時間に応じて定められるものではないこと。
3.リハーサル、出演時間等スケジュールの関係から時間が制約されることはあってもプロダクション等との関係では時間的に拘束されることはないこと。
4.契約形態が雇用契約ではないこと。


光GENJIのメンバーは上記4要件を全て満たすので個人事業主であり、中学生であっても労働基準法が適用されず、午後8時以降の生放送の出演が可能という結論につながったわけである。逆に言えば、4要件を満たさない芸能人は個人事業主ではなく、労働者である。

その点を踏まえ、この通達を仮面女子の窪田美沙さんに当てはめてみよう。

アイドルとして駆け出しの頃は、間違いなく「1.」の要件を満たさないので労働者であろう。仮面女子のメンバーとして一定の知名度を得た現在に関しても、仮に窪田さん1人が休んだり抜けたりしても仮面女子というユニット自体が成り立たなくなるとまでは言えないので、「他人によって代替できず、芸術性、人気等、当人の個性が重要な要素となっている」とまでは言えないので、法的にはやはり労働者となる可能性が高い。

この点、仮面女子よりもはるかに知名度のあるAKB48に関しても「アンダー」という制度があり、選抜メンバーが何らかの事情で公演に出演できない時は、他のメンバーが代理を務めることで公演を成り立たせることができる。そうであるから、AKB48の選抜メンバーであったとしても、「光GENJI通達」に当てはめると、法的には個人事業主ではなく、労働者とみなされる可能性が高いと考えられるのだ。

実際、昨年末の紅白歌合戦で、中学生メンバーの矢吹奈子さんと田中美久さんが紅白選抜に選ばれたにもかかわらず出演がかなわなかったのは、中学生を夜8時以降は出演させないというテレビ局の自主規制もあるが、AKB48のメンバーが法的には労働者である可能性を否定できないためであろう。

アイドルで個人事業主扱いにして法的に問題がなさそうなのは、仮面女子やAKB48と時代は異なるが、山口百恵さん、松田聖子さん、広末涼子さんといったような、個人名を前面に出して活動し、他人では代替ができないような圧倒的な人気、知名度を確立したアイドルに限られると考えられる。

なお、「2.」「3.」「4.」についても議論の余地はあるが、「1.」が否定された時点で法的に窪田さんは労働者という結論になるので、本稿ではこれ以上掘り下げないこととする。

さて、それでは窪田さんが労働者であるとしたならば、労働基準法等の諸法令により、どのような保護が受けられるのであろうか。以下4点述べたい。

■アイドルにも最低賃金法が適用される
第1は、最低賃金法による保護である。

窪田さんは、現在の事務所に所属した初月の給与が700円(1か月で)だったということである。また、給与体系は完全歩合給制のようである。

この点、寮費やレッスン代を差し引かれた結果、手取りが700円になったという可能性も考えられなくはないが、

ここでは寮費やレッスン代なども無料なので、私からしたら『こんなに優しい世界があるんだ』という感じでしたね
(日刊SPA!2017年1月21日 配信)


と、窪田さんはコメントしているので、給与から寮費などを相殺された結果、手取りが700円になってしまったわけではなさそうである。

とするならば、現在東京都の最低賃金は932円であるので、アイドルが法律上の労働者であるならば、少なくともアイドルが事務所の指揮命令下でライブやサイン会などを行った時間に関しては、「932円×実労働時間」以上の賃金が支払われるべきである。また、完全歩合給制も労働者に対して適用することは違法なので、実労働時間数に応じた賃金補償を行う必要もある。

この点、近年のアイドルビジネスは、インターネットの普及による「アイドル活動」の敷居が低くなったことも手伝って、取りあえずアイドルになりたい少女を集めて低賃金で活動させ、その中の1握りがヒットすれば運営サイドが大きな利益を得られるという、アイドル側にリスクを取らせ過ぎる仕組みになってしまってはいないだろうかと私は懸念している。

大量採用大量離職のブラック企業のように、安易なアイドルの使い捨てを防ぐためにも、アイドルを最低賃金法で保護すべきではないだろうか。

■アイドル活動のため事務所に借金をするのはおかしい
第2は、プロダクションに雇用されるアイドル本人が活動のため金銭的負担をすることは無いということである。

窪田さんは、以前所属していたプロダクションに120万円の借金を背負わされ、現在も返済を続けているということである。

この点、アイドルが労働者であるならば、労働に付随して費用を負担させたり、借金を背負わせたりすることは違法である。

窪田さんの借金の名目は、登録費用、プロフィール作成費、レッスン代ということであるが、いずれも窪田さんが負担すべき金銭ではない。

まず、登録費用に関しては、新入社員が入社する際に会社にお金を納めるなどということは当然考えられない。

次に、プロフィール作成費であるが、おそらく、PRのための書類やポスターを作ったり、アイドル活動に必要な備品などを用意したということであろう。しかし、これも一般の会社員に置き舞えて見れば名刺の作成代や仕事で使うパソコンなどは当然会社の費用で用意するものであり、労働者である本人が負担するものではないと考えられる。

最後に、レッスン代であるが、レッスンがアイドル活動に密接不可分なものであるということならば、本人が負担する必要は無い。通常の会社でも、必要な業務知識を身に付けるための研修や、仕事に必要な資格の取得は会社の費用負担で行われている。

たとえば、ホテルや航空会社に就職した新入社員がマナーやコミュニケーション能力を身に付けるための研修費用、不動産会社に就職した社員が会社の指示で宅地建物取引士を受験する場合の受験料などは会社が負担しているが、同様に、事務所に所属するアイドルが、商品である歌やダンスを磨くためのレッスンは事務所が負担すべきものであろう。アイドルの活動による利益は事務所に帰属するのであるから、費用は本人に負担させ、利益は事務所が取るというのは、信義則上も公平ではない。

■アイドルには辞める自由がある
第3は、アイドルには辞める自由があるということである。

窪田さんが仮面女子の運営元であるアリスプロジェクトとどのような契約を結んでいるかは分からないが、アイドルが契約期間の満了前に脱退を希望する場合、高額な違約金を請求されるケースがあるようである。

この点、一般企業であっても退職を撤回させるために脅しを使うことはあり、私も労働者の方から、『退職をしようとしたら、会社から「君を採用するために会社は50万円使ったのだから、今すぐ辞めるというならば損害賠償をしてもらうよ」と言われたが、どうすれば良いのか』という相談を受けたことがある。

この点、確かに法律上、有期の労働契約を結んだ場合、やむを得ない事情がなければ労働者は契約期間の途中で契約を解除できない。しかしながら、労働契約の不履行に対し、あらかじめ違約金を定めることは違法であり、アイドルも法的に労働者であるとしたら、アイドル活動の辞退に対して違約金を定めることもできないのである。

ただし、契約期間の途中でやむを得ない事由が生じていないのに労働者都合で退職をした場合は、それにより損害が生じた場合には実損分を賠償しなければならないことには注意が必要である。

アイドルの場合は、たとえばコンサートで会場の準備もしているのに前日に突然辞めてしまった、とかであれば損害賠償を受けても仕方がないであろう。しかし、何も実損が生じていないのに、単にアイドルを辞めるからという理由だけで違約金や損害賠償を受けるということは、法的には無いということである。

■アイドルも長時間労働は禁止されるべき
第4は、「長時間労働」に対する保護である。

インターネット上の記事で仮面女子のあるメンバーの1日が紹介されていたが、そのスケジュールには驚いた。

前日の仕事から未明の1時30分に帰宅し、入浴やわずかな仮眠をとった後、明け方5時半には家を出てイベント出演やグラビア撮影に臨む。午後はライブの準備やライブ出演で、21時30分にライブが終わった後は24時まで劇場の掃除や練習という、ブラック企業もビックリのハードスケジュールである。

アイドルが労働者であるとするならば、完全に過労死基準を超えた長時間労働である。電通で起こった悲劇のように、過労自殺などのリスクをプロダクション側は考えないのであろうか。

近年はアイドル活動にとってブログやツイッターなどの更新も重要や要素なので、すき間時間もスマホやノートパソコンに向き合っているのであろう。

1日の労働時間は1日8時間、1週間で40時間までである。それ以上の活動時間が必要ならば、芸能プロダクションも所属アイドルに関する36協定書を労働基準監督署に提出すべきではないだろうか。

AKB48グループでもたびたびメンバーの体調不良が報道されていたが、通常の労働者と同様、アイドルに対しても雇用主であるプロダクションは安全配慮義務、健康管理義務を負わなければならない。

また、アイドルは労働者であることが認められれば、万一のときには労災保険の適用による保護も考えられるであろう。

■アイドルに限らず多様な働き方の対する保護を
今回は、アイドルに焦点を当てて労働基準法の観点から説明を加えてきたが、アイドルに限らず、現在、我が国では働き方が多様化し、労働者とフリーランスの中間的な働き方をする人が増えてきている。

働き方の多様化自体は素晴らしいことだと思うが、たとえばクラウドワーカーのように、労働者に近い存在でありながら、現実に労働基準法の保護を受けられず、グレーゾーンのまま厳しい労働条件で働かざるを得ない層に対して、何らかの法的手当をしていくことが必要であろう。

《参考記事》
■AKB48紅白選抜 矢吹奈子さんと田中美久さんの年齢制限は本当に必要だったのか 榊 裕葵
http://sharescafe.net/50334442-20161230.html
■AKB48選抜総選挙のスピーチからビジネスマンが学ぶべき言葉 榊 裕葵
http://sharescafe.net/45082578-20150608.html
■独立するなら学びたい、AKB48のキャリアウーマン岩佐美咲の仕事術 榊 裕葵
http://sharescafe.net/47686063-20160201.html
■日テレ内定取り消しの笹崎さんに必要なのは「指原力」だ。 榊 裕葵
http://sharescafe.net/41885958-20141114.html
■高橋みなみさんが社長になったら三菱自動車が立ち直るかもしれないと思った理由 榊 裕葵
http://sharescafe.net/49044734-20160711.html

榊裕葵 ポライト社会保険労務士法人 マネージング・パートナー
特定社会保険労務士・CFP


この執筆者の記事一覧
このエントリーをはてなブックマークに追加


関連コンテンツ
シェアーズカフェからのお知らせ
シェアーズカフェでは住宅・保険・投資・家計管理など、個人のお金に関するレッスン・相談・アドバイスを提供しています。SCOL編集長でFPの中嶋が直接指導します。
シェアーズカフェ・オンライン編集長の中嶋が士業・企業・専門家向けの執筆指導・ウェブコンサルティングを提供します。




執筆者プロフィール