数学嫌い


受験シーズンも終わります。今年も入学試験での数学の成績が命運を分けた学生もいたかもしれません。一方で、受験科目に数学を選ばなかった学生も多くいると聞きます。実際、「数学があるから」という理由で学生が受験を避ける学部や学科も実際に存在するそうです。

なぜそこまで数学は嫌われるのか。なぜほとんどの人は早々に数学から“卒業”してしまうのか。いろんな見方があり、専門家によって結論は異なるでしょう。私にもいくつか「答え」があります。今回はその中でもっともシンプルな理由を解説し、今後の数学教育について考えてみます。

■数学は「完璧さ」の学問である
数学とは「完璧さ」の学問です。たった1箇所でも計算ミスをすれば正解にならず、出した答えには「バツ」という評価をもらいます。たとえば証明問題も論理的でないものは悪であり、ほんのわずかな矛盾や不整合の存在も認められません。

ゆえに数学における正解は何があっても100%正しいと結論づけて構いません。そこに面白さや美しさを感じる人も少数ながらいるようですが(学生時代の私もまたそのひとりです)、ほとんどの人はそうではないようです。

■人は「不完全さ」を好む
一方で人間は数学的にできていません。公式どおりには動かないし、どう考えても非論理的な行動をとってしまう。それが人間という生き物です。そして私たちはその「不完全さ」に人間らしさや愛着すら感じます。

たとえばあなたが学校の教師だとして、なんでも完璧にできてしまう優等生よりも、ちょっと欠点がある劣等生のほうが人間らしくていいと感じるかもしれません。「デキの悪い子ほどかわいい」という言葉もあるくらいですから。

■「木村拓哉さんが嫌い」という人の心理
仕事は優秀、スポーツも万能、ルックスも良く、人柄も素敵な人物がいたとします。魅力的で憧れを抱く方もいるでしょうけれど、一方でこのような人物には“アンチ”もたくさんいるはずです。

有名タレントを例にしましょう。たとえば木村拓哉さんのようにイケメンと呼ばれ、何でもそつなくこなし、いつも完璧に見えてしまう人物よりも、中居正広さんのように未熟さを隠さず、人間らしさが垣間見える人物のほうが好きという人も多いかもしれません。

誤解のないように申し上げておきますが、前述したふたりのタレントはあくまで比較のための例に過ぎません。私はふたりの“アンチ”ではありませんし、主演されるテレビドラマも好んで観ています。つまりどちらも魅力的なタレントだと思っています。念のため。

■人間と数学の相性が悪い理由
話を戻します。つまり人間は「完璧さ」に憧れる一方で、それを嫌う生き物でもあるのです。不完全であることを好む人間が、完璧を善とする数学を学ぶ。簡単に言えば、相性は最悪です。数学の授業で完璧さを要求されるのは人間にとってとてもストレスなこと。曖昧さや矛盾を一切許さない世界は、人間にとってとても息苦しいのです。

さらに、学生が自分なりに考えて出した答えに学校の先生はいとも簡単に赤字で「バツ」をつけます。そこまでのプロセスは一切関係なく、答案用紙に書かれた最後の答えだけ見て、「お前は間違っている」と評価をする。正解が「1.2」ならば、「1.1」という答えは間違っていると評価する。その行為は、教育者の想像以上に学生を傷つけているかもしれません。

これが、人間が数学を嫌うもっともシンプルな理由であり、離れていく人間の心のメカニズムなのです。

■完璧さを求めない数学
では教育の立場ではこの課題をどう解決していくか。私の答えは、もっと人間的に数学を学ばせることに尽きます。「間違えてもいい」「答えはひとつじゃない」「だって人間だから」というスタンスで数学の授業をすればいいのです。大胆な提言かもしれませんが、机上の正解がない問題で数学をさせればよいのです。

たとえば「割合の計算は分数と小数、どちらで計算したほうが得か?」といったお題で会話をさせてみる。分数派と小数派に分かれる。相手の主張になるほどと思う。勝ち負けではなく、多様な意見を認め合う。授業の最後に各自が出した答えが、その人の正解です。

■なぜ数学は1種類しかないの?
もちろん、そんな授業ばかりでは学校の先生たちは学生を評価できないし、受験指導もできないかもしれません。ならば、数学の授業を2種類に分ければよいだけのこと。

曖昧さや人間らしさを好む生徒には、それにふさわしい数学の授業をすればいい。数学の完璧さが魅力に感じている学生には、その魅力と机上の正解を出す楽しさを教えればよいのです。これだけ「いろんな人がいていい」「いろんな答えがあっていい」という世の中なのですから、いろんな数学があってもいいではありませんか。

■人間的に数学を学ぼう
もちろん私もビジネスパーソンの教育現場ではこれを実践しています。研修現場での私の口癖は「あなたの答えと机上の正解が一致していることが重要ではありません」「答えはひとつじゃありません。他の解釈はありませんか?」といったものです。ウンウンと頷いたり、前のめりになる参加者たち。その理由はたったひとつ。彼らは、人間だからです。

完璧さを求められる数学で戦った受験生たち。完璧さを求められる数学から逃げた受験生たち。いずれにも共通するのは、本来知るべきもっと楽しくて人間的な数学があることを知らないままだということです。彼らがいつかその存在に気づいてくれることを願ってやみません。



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深沢真太郎 ビジネス数学の専門家/教育コンサルタント


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