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政府が同一労働・同一賃金を推進しようとしています。通常であれば「賃金は労働市場で決まるもので、なかなか政府が思ったように動かない」はずなのですが、昨今の情勢を見ると、偶然にも労働力不足が同一労働・同一賃金を推進する力として働き始めていて、政府の要望がある程度実現されそうです。今回は、そのメカニズムについて考えてみましょう。


■中小労働組合の賃上げ率が大手と並んだ模様
今次春闘に於いて、連合の第一回集計で中小組合の春闘賃上げ率が大手と並んだようです。「大手は賃上げをする余裕があるが、中小には到底そんな余裕はない」と聞かされ続けて来ましたが、どうやら風向きが変わりつつあるようです。

その背景の一つは、企業が「従業員の共同体」から「株主のもの」に変化したため、賃上げのメカニズムが変化した事にあります。バブルの頃までは、企業が儲かっても配当は増やさず、従業員の賃上げを行なうのが普通でしたから、「大企業は儲かるから賃上げする」というのが当然でした。

しかし、「グローバル・スタンダード」などという言葉と共に「企業は株主のものだから、利益は賃金上昇にではなく配当の増加に用いるべき」と考える企業が増えて来ました。そこで、企業は「儲かっても賃上げをしない」体質になって来たのです。多くのサラリーマンにとってアベノミクス景気が実感出来ないのは、賃金が上がらないからでしょう。

企業が儲かっても賃上げしないとなると、賃上げのメカニズムは何でしょうか?それは、「人材確保に必要だから」という事になります。採用戦線は売り手市場となっており、中小企業は初任給を引き上げないと必用人数が採用出来ないようになって来ました。そうなると、初任給だけではなく、若手の給料も引き上げざるを得ません。

今一つ、中小企業は、賃上げしないと社員が退職してしまう可能性がありますから、在籍中の社員を引き留めるためにも賃上げが必要だ、というメカニズムも働いているようです。終身雇用、年功序列賃金という「日本的経営」は、中小企業に於いては大企業ほど明確なものではないので、労働力不足が深刻化してくると引き抜きなども増えて来るのでしょう。

■大企業は、相変わらず賃上げのインセンティブが小
大企業は、終身雇用と年功序列賃金が比較的守られていますから、賃上げをしなくても社員が退職する可能性は大きくありません。年功序列賃金というのは、若いうちは会社への貢献よりも低い給料で働き、ベテランになってから会社への貢献以上の給料を受け取るというものですから、ある意味で会社に「貸し」があるのです。

途中で退職すると、「貸し」の部分が受け取れなくなりますから、他社がよほど高い給料で引き抜いてくれない限り、自分から退職する事は考えにくいのです。中小企業のベテラン社員が大企業に引き抜かれ得るのとは、事情が異なっているのです。

もっとも、大企業も採用戦線の逼迫を受け、新入社員の初任給は引き上げざるを得ないでしょうし、学生がOB・OG訪問するであろう若手社員の給料も、ある程度上げざるを得ないかも知れません。

■一番上がっているのは非正規労働者の時給
大企業の正社員は辞めないので、大企業にとって正社員は「釣った魚」です。賃上げという「餌」をやる必要はありません。中小企業にとっては、正社員は釣った魚ではありますが、餌をやらないと逃げ出す可能性が残っているので、やむを得ず餌をやっています。

一方、大企業であれ中小企業であれ、非正規労働者は釣った魚ではないので、まさに労働力需給を反映した「時価」を払わないといけません。これは、春闘による賃上げ交渉ではなく、まさに市場で決まるものですから、政府の賃上げ要請とは全く無縁のものですが、労働力不足を反映して上がっています。

毎月勤労統計によると、パートタイム労働者の時給はコンスタントに毎年1.5%程度上がっています。正社員の時間あたり給与が毎年0.5%程度しか上昇していない事を考えると、違いは明らかです。しかも、労働時間が毎年短くなっていますから、従来よりも条件の悪い(1日3時間しか働けない等々)労働者の比率が上がってきていると思われるため、従来からのパートだけで比べれば時給上昇率はさらに高いものと思われます。

■同一労働・同一賃金に近づく力が働いている
上記のように、最も時給の低い非正規労働者の時給が順調に上がり、正社員の時給に近づく力が働いています。もちろん、水準的には大きな乖離があるため、少しばかり近づいても「焼け石に水」ではありますが。

正社員間でも、中小企業の賃上げ率が大企業に追いつきましたから、今後は中小企業の方が賃上げ率が高くなっていくかも知れません。企業内でも、若手社員の給料が上がって行けば、年功序列賃金のカーブがなだらかになっていくでしょう。

大企業のベテラン社員にとっては、給料が上がらないのは嬉しくないでしょうが、日本経済全体としては、政府の目指す同一労働・同一賃金に近づいているのですから、良いことだと御理解いただければ幸いです。

もしかすると、大企業は「サービス残業削減」に取り組んでいる所も多いでしょうから、給料は増えなくても、実質的な時給は上がっていくかも知れませんし(笑)。

■労働市場は労働力不足の恩恵が大
同一労働・同一賃金以外の点でも、労働市場には労働力不足により様々な恩恵が及んでいます。何と言っても重要なのは、失業者が減っていることです。「働きたくても仕事が無い」という最も可哀想な人が仕事にありついているというのは、素晴らしいことです。そもそも仕事を探すのを諦めていた主婦や高齢者も、仕事にありつけるようになりつつあります。

非正規社員として生計を立てていて、「ワーキング・プア」と呼ばれていた人々の中にも、正社員となる人が出始めています。企業が更なる労働力不足を見越して労働力を囲い込み始めているのです。

こうした事は、労働者から見れば誠に望ましいことです。また、マクロ的な日本経済にとっても、企業が省力化投資に励むようになれば、日本経済の労働生産性が上がるわけですから、望ましいことと言えるでしょう。

企業にとっては、人件費の上昇は困った事でしょうが、過度な懸念は不要です。ライバルも人件費上昇と労働力不足で苦しんでいますから、安売り競争を仕掛けて来る事は考えにくく、むしろ過剰なサービス競争が沈静化していくかも知れません。

このように、総合的に考えれば、労働力不足は日本経済にプラスだと言えるでしょう。影響が一層顕在化していく事を期待しましょう。

【参考記事】
■銀行が東芝を支える理由を考える (塚崎公義 大学教授)
http://sharescafe.net/50723476-20170224.html
■トランプ新大統領の経済政策は日本にプラスと期待 (塚崎公義 大学教授)
http://sharescafe.net/50455343-20170120.html
■少子高齢化による労働力不足で日本経済は黄金時代へ(塚崎公義 大学教授)
http://sharescafe.net/49220219-20160809.html
■国債暴落シミュレーション:Xデーのパニック(塚崎公義 大学教授)
http://ameblo.jp/kimiyoshi-tsukasaki/entry-12199602230.html
■とってもやさしい経済学 (塚崎公義 大学教授)
http://ameblo.jp/kimiyoshi-tsukasaki/entry-12221168188.html

塚崎公義 久留米大学商学部教授


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