鍵


ミスターミニットをご存じだろうか。

百貨店や駅構内に小さな店舗を構え、合カギの作成や靴の修理などを行っている会社である。日本全国に約300店舗あるので、知っている人も多いのではないだろうか。

過日、そのミスターミニットの代表取締役社長である迫俊亮さんの講演を聞く機会があった。著書である『やる気を引き出し、人を動かす リーダーの現場力』の出版を記念し、『現場論「非凡な現場」をつくる論理と実践』などの著者であり、株式会社ローランド・ベルガー 日本法人会長.の遠藤功さんとの対談だった。

迫さんは3年前、29歳の若さで社長に就任した。その時点でのミスターミニッツは、10年間に渡って業績は右肩下がり。本社からのむちゃな指示に現場は疲弊し、新サービスは40年間成功ゼロ。そんな状況だったミスターミニットが3年間で大きく変わった秘訣は何だったのか。

「会社のすべてを現場中心につくりなおすこと、現場が力を発揮できるようにすること」
迫さんが3年間やり続けたことはこれだった。では、どうすればそれが可能になるのだろうか。遠藤さんとの対談を聞くなかで、いくつかヒントになることに気づけたように思う。

■人事は経営からの最大のメッセージ
迫さんが社長になって最初に行ったのは、現場出身の人を部長に抜擢することだった。それまで、現場出身の部長職はいなかったそうだ。これが、本社と現場の溝を生む大きな原因になっていると考えてのことである。
現場では「現場のことを知らない本社の人が勝手なことをやっている」と感じている一方、本社の管理部門は「現場は言うことを聞かない」と評価していた。こうした状況では、お互いの信頼関係など生まれようがない。お客様と常に接している現場だからこそのアイデアもつぶされてしまう。それどころか、アイデアを出してもう無駄、という風潮になっていた。

だからあえてこの抜擢人事をおこなったそうである。そしてこの人事が、会社の雰囲気を変えるきっかけになっていった。

「現場が仕事をしやすく、力を発揮しやすい仕組みを作る」
そう言う経営者は多い。おそらくさまざまな施策をされているのだとは思う。しかしその想いは、現場の人たちに伝わっているだろうか。自己満足に終わってしまってはいないだろうか。どんな施策を打ち、仕組み作りをしようとしても、それが浸透するまでには時間がかかる。本当の効果がでるまで、想いを理解してもらうことは難しいだろう。食見が動き出さないまま終わってしまうこともあるのではないだろうか。

人事は誰もが一目でわかることだ。いままできちんと処遇されていなかった現場のリーダーを抜擢する。これ以上に「現場を大切にする」とのメッセージが伝わる方法はないだろう。

むろん誰を抜擢するか、人選は重要である。経営陣や管理部門に受けは良くても現場で人望がない人を抜擢すれば、何も変わらないどころか逆効果ですらある。現場の人たちが「この人こそ」と思っている人を選び、抜擢しなくてはいけない。そのためには事前に現場に足を運び、十分なコミュニケーションを取っていくことも大切になってくる。

だが、きちんとした人生ができた場合、大きな効果を発揮することは間違いない。現場の士気を高めることになるからだ。

■戦略より実行、分析より実験 
経営企画室や社長室と言われる部署が経営戦略を立てる。会社によっては、経理部や財務部、総務部がその役割を担うこともあるだろう。管理部門が、さまざまなデータを分析し、立案をする。

戦略はとても大事だ。やみくもに仕事を進めるわけにはいかない。しかし、戦略は実行されない限り何の意味もない。絵に描いた餅に過ぎないのだ。

では、実行するのはどこなのか。それは現場しかあり得ない。生産現場、営業現場、サービスの現場、業種によって違いはあるにせよ、実行部隊が現場であることには変わりない。

現場が大切だという理由はこれである。実行することで価値を生み出す場。だからこそ、現場が力を発揮しやすくする必要があるのだ。

だが、戦略立案時点でどれだけ分析をしたところで、実行に際しての失敗の可能性は消すことはできない。やってみなくてはわからないのだ。

だから全社のリソースをかけるような実行は、会社の屋台骨を揺るがすような失敗のリスクを背負うことになる。一方、実行しないことには何の価値も生まない。この隙間をどう埋めるのか。

それは「小さく」始めてみることだ。

迫さんは、新しいサービスを導入するとき、いきなり全国展開をするようなことはしないそうだ。一部の地域、小さなエリアで実験的にやってみる。失敗したら一度撤退し、理由を考える。修正して再チャレンジできるものはまたやってみる。成功したこと、微修正でいけることは、サービスの範囲を拡大し、全国展開をしていくようにするのである。

新しい施策を実行するには失敗はつきものだ。最初はあくまでトライアル、実験である。失敗のリスクをできるだけ減らす努力は必要だが、「絶対」に失敗しないと確信がもてるまで分析をしようとすれば、いつまでたっても何もできはしないだろう。

だからなにより実行である。リスクを最小化する対策を講じてやってみることでしか、新しい価値は生み出せない。

■プロデューサー型のリーダーシップ
リーダーシップについては、「カリスマ型リーダー」「調整型リーダー」との分類がよく見られる。

カリスマ型には2つのパターンがあると私は考えている。ひとつは生まれながらにカリスマ性を持つ人だ。その人が意見を言えばなぜか周囲の人が従ってしまう、という人がいる。もうひとつは、0から1を生み出すように起業をしてきた創業者である。逆境を乗り越えて成長する中で、自然とカリスマ性を身につけるのだろう。ただし、どちらにせよ、こうしたタイプは稀である。

一方、調整型は日本でよく見られる型だ。組織内のさまざまな利害を調整し、同じ目的を持たせるように仕向けていく。右肩上がりの経済状況の中では、このタイプも非常に有効だったと思う。いまでも、組織がおかれた環境によっては、十分にリーダーシップを発揮できるだろう。しかし、意思決定に時間がかかるなど、変化のスピードが速い現代においては、マイナスに作用することも多いのではなりだろうか。

遠藤功さんは、迫さんのリーダーシップをこのどちらのタイプとも違い、「プロデューサー型」と呼んでいた。

プロデューサーとは、予算調達や管理、スタッフの人事などをつかさどり、制作全体を統括するような仕事だ。自分が表に出るのではなく、舞台に立つ人たちが活躍できるような環境を整えるのだ。会社のすべてを現場中心につくりなおしてきた迫さんの取り組みは、まさにプロデューサー的な仕事と言えるのだろう。

迫さん自身、もともとはこうしたタイプではなかったそうだ。自分でなんでもやらないと気が済まない。だから、個人でやる仕事、ごく少数メンバーのチーム仕事では成果を発揮できるが、人数が多くなるようなプロジェクトリーダーでは結果を残せなかった。

変わったのは、前職の株式会社マザーハウス時代に台湾の事業を立ち上げたときだという。中国語ができないので、自分一人では何もできない。周囲の協力を仰ぐしかなかったのである。すると、いままでよりはるかに大きな成果を上げることができたそうだ。一人で抱え込まないこと、現場に仕事を任せることの大切に気づいたのである。

ミスターミニットの社長になり、現場の人たちとコミュニケーションを取るうちに、こうした考えは深化したように思える。そうして迫さんなりのリーダーシップを確立してきた。


現代は、経営が脚光を浴びる時代だ。そこではカリスマ性や強烈なキャラクターに注目が集まる。しかし、戦略を実行し、価値を生み出すのは現場である。ならば多くの企業に求められるのは、現場に寄り添い、いまあるものを改良し活かしていけるリーダーシップではないだろうか。迫さんの取り組みはそのことに気づくきっかけになるだろう。

なお、迫さんの歩み、ミスターミニットの取り組みについては、迫さん自身の著作である下記の書籍が参考になる。

やる気を引き出し、人を動かす リーダーの現場力
迫 俊亮
ディスカヴァー・トゥエンティワン
2017-01-26


〈参考記事〉
■【読書】やる気を引き出し、人を動かす リーダーの現場力/迫俊亮 : THE ONE NIGHT STAND~NEVER END TOUR Ⅱ~
http://blog.livedoor.jp/nakahisashi/archives/1064939464.html
■「従業員満足」で企業業績は上がるのか?  中郡久雄
http://sharescafe.net/34307228-20131029.html
■「町工場の星」に学ぶ 人の育て方、リーダーのあり方~【書評】ザ・町工場―「女将」がつくる最強の職人集団(中郡久雄 中小企業診断士)
http://sharescafe.net/48530974-20160506.html 
■あらゆる弱点には長所がある~弱点で進化を起こし、集客を成功させた水族館プロデューサーの方法~(中郡久雄 中小企業診断士)
http://sharescafe.net/49653605-20160930.html
■創業1年の家電ベンチャーが、37種59製品をリリースできた秘訣 (中郡久雄 中小企業診断士)
http://sharescafe.net/49418238-20160830.html

中郡久雄 中小企業診断士




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