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■最高裁の判決は「合憲」と出たが
「配偶者」とは誰のことか。そんなことを考えさせられる判決だった。今さら言うまでもないが、配偶者とは婚姻している相手方のこと、夫から見て妻、妻から見て夫。この夫と妻の問題がすり替わったような司法判断とも言える。

労災の遺族補償年金について、妻を亡くした夫は55歳未満では受給できないという規定がある。妻の死亡当時51歳だった夫が、遺族補償年金を受け取れないのは法の下の平等に反するという訴えを出し、その最高裁の判決(3月21日)が出た。判決は一審(二審上告)を棄却し、「合憲」とした。

問題となったのは労災の遺族補償年金であるが、公的年金の遺族厚生年金でも同様の規定がある。妻は配偶者である夫が死亡した時点で、自身の年齢に制限なく遺族厚生年金がもらえる。しかし、夫は妻の死亡時点で55歳以上でなければ受け取る資格がない(実際の受給は60歳以降)。

今回の判決理由を読んで、反面的にすぐに思い出したのは、遺族基礎年金の受給資格の法改正(平成26年4月)だ。これは、遺族基礎年金の受給資格が妻だけに与えられていたものを、父子家庭を含む「配偶者」、つまり夫にも受給できるとしたもので、「配偶者」を「夫」または「妻」と規定した。ある意味、法律の上では画期的なものだった。世間ではとっくに、そういう実態は進んでいるのに、やっと法律が追いついたということである。

考えてみれば、主たる収入者が夫であろうが妻であろうが、子どもがいれば養育費や教育費、もっと言えば「家事費」(家のこと全般にかかる費用)がかかるのは当たり前である。このことが考慮されての遺族基礎年金の父子家庭への受給資格拡大だった。

■差別の問題か、不平等の問題か
この考えでいけば、遺族補償年金についても同等の配慮があってもいいはずだった。事実、一審で「違憲・無効」とした判断の方がよほど妥当であると思える。(以下、大阪地裁 平成25年11月25日判決文より)

女性の社会進出が進み、男性と比べれば依然不利な状況にあるとはいうものの、相応の就業の機会を得ることができるようになった結果、専業主婦世帯の数と共働き世帯の数が逆転し、共働き世帯が一般的な家庭モデルとなっている今日においては、 配偶者の性別において受給権の有無を分けるような差別的取扱いはもはや立法目的との間に合理的関連性を有しないというべきである。

これに対して今回の最高裁では、以下の理由で男女間にある年齢の規定は不合理な差別ではないとし、「合憲」とした。(以下、最高裁 平成29年3月21日判決文より)

妻以外の遺族について一定の年齢に達していることを受給の要件としているが、男女間における生産年齢人口に占める労働力人口の割合の違い、平均的な賃金額の格差及び一般的な雇用形態の違い等からうかがえる妻の置かれている社会的状況に鑑み、妻について一定の年齢に達していることを受給の要件としないことは、上告人に対する不支給処分が行われた当時においても合理的な理由を欠くものということはできない。

これは、男女差別の問題なのか。争点は違うところにあるように思える。妻の立場が不利な状況にあり、それに対する要件が是正されないまま夫と同じ年齢規定(55歳)で妻に受給資格を与えるなら、それは男女差別である。しかし、現行法ではすでに妻は夫より受給要件が緩和されている。こういう状況で夫の要件を妻に近づける、つまり夫も受給年齢制限をなくす。これは不平等になるのか? 

■妻が死んでも夫は困らないか?
弱い立場の妻と強い立場の夫を同条件に扱うのは差別的扱いだ――これは、その通りだ。
夫は社会的に妻より強いのだから、妻より要件を厳しくして当たり前だ――これも、その通りかもしれない。
だから夫に受給制限があるのは差別でなくて、この制限があってこそ夫と妻は平等となる――これは、そうなのか? かえって、「夫が死亡した妻は困窮するが、 妻が死亡しても夫は困らないだろう」 という趣旨の逆差別のように判決文は聞こえる。

一般に夫の方が経済的・社会的に優位にある。だからと言って実態に関わりなく男女差をつけておくことが平等なのだろうか。裁判で夫の訴えによって受給要件が同一となっても、妻の立場や権利は何ら侵されない。要件を同一にすることによって立場や権利が侵されないなら、そこに不平等な区別を残しておく意味はない。

夫の受給資格制限は、実は妻にとっての死を考えると、現規定では死後を憂慮せざるを得ない実情もある。妻の立場からしても、自分の死後に夫や子が生活で困窮することは望まないだろう。共働き世帯の夫にとっては、妻の収入によって受給額が決まる遺族厚生年金は大切な生活資金となる。

■「専業」と言われる妻たち
いったい、「専業主婦」とはどこから来たのか。判決からそういう疑問が出てくる。かつて戦後世代の周りには、どこにでも底流生活に近かった家の母や妻がいた。こういう女性、つまり夫の配偶者たちは会社への就業機会もなく、「専らの主婦」とは名ばかりに、誰もが夫と同じ時間働き、そのうえ子を生み、育て、家事をやってきた。男並みに働いてもパート時給や内職の賃金は極端に低く、家を支えるには収入と言えるほどのものではなかった。

国は、そうした妻を「専業主婦」として、つまり働かなくても「妻・母」業だけをやっていればいい、という理想を掲げ、新しい年金制度をつくった(昭和61年)。現実は、妻はいくら働こうがいっこうに稼げない。収入が低いから名だけの「専らの主婦」となり、それでも「勤め人である夫の配偶者」(第3号被保険者)ということで将来年金がもらえるようになった。働きずくめの妻に対して、せめてもの償いとおもんぱかってくれた策なのだろうか。むろん、身を粉にして家族に尽くしてきた女性たちにはありがたい制度で、これを受け入れてきた。

■すり替えられた夫と妻の問題
時代は変わった。今では、夫婦で普通に働けば、かつての世代から見れば中流以上の家庭が築けるほどになった。一方で、これまで妻を扶養家族としてきた夫も、妻の収入を当てにせざるを得なくなった。皮肉にも、失業、非定期職、病気などで自らが専業の「主夫」となりうる、そういう時代にもなったのだが。

夫が稼いで妻が家を守る。わかりやすい構図がかつてはあった。しかし、この構図がすでに壊れていることはほとんどの人が分かっている。何より「配偶者」という名の妻は、もはや専業主婦ではいられない境遇である。となれば、遺族補償の受給資格は性別や年齢制限でなく、所得制限という要件も考ていいはずだ。

何が何でも弱者は強者よりも厚く遇されなければならない――、それこそ差別的な発想からきているものだ。弱者と強者は常に変転する。優位者がいつまでも優位でいられるとはかぎらない。今回の判決は夫の権利をどうするかという問題なのに、旧態のままの妻の問題にすり替えられたとしか言いようがない。

【参考記事】
■パート社員でも退職金の準備ができる理由と方法 (野口俊晴 ファイナンシャル・プランナー)
http://sharescafe.net/50936755-20170328.html
■リストラされた大企業の社員が、ハローワークに行くと給料が半減する理由(野口俊晴 ファイナンシャル・プランナー)
http://sharescafe.net/50732072-20170227.html
■「副業・兼業」は、解禁待たずに今から始めよ (野口俊晴 ファイナンシャル・プランナー)
https://www.tfics.jp/ブログ-new-street/
■どれだけ稼げても、長時間残業は割に合わない (野口俊晴 ファイナンシャル・プランナー)
http://sharescafe.net/49837469-20161026.html
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http://sharescafe.net/49061150-20160714.html

野口俊晴 ファイナンシャル・プランナー TFICS(ティーフィクス)代表




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