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第84回日本ダービーがいよいよ今週末に開催されます。同じ年に生まれた馬たちが世代のトップを争うクラシック三冠レース(注1)の最大の山場です。

イギリスのチャーチル元首相が「ダービー馬の馬主になるのは一国の宰相になるより難しい」と言ったらしいよ…。

そんな話がまことしやかに語られるくらい、おそらくすべての馬主が「いつかは優勝してみたい」と夢見る特別なレース。それが、ダービーなのです。

■実は作り話だった?
チャーチル元首相にとってのダービーとは、言わずもがな、今や競馬以外の競技も含め世界中で行われるあらゆる“ダービー”と名の付くレースの元祖、イギリスのエプソム・ダービーです。この歴史ある特別なレースの優勝馬主には、世界中の王侯貴族や大富豪が名を連ねています。

近年の優勝馬主を眺めてみても、イスラム教のイマーム(指導者)やヨルダンの王女、世界のダイヤモンド産業を牛耳ったデビアスの会長等々、確かに一国の宰相と比べても遜色のない、錚々たる顔ぶれです。

とは言え、やはり先のチャーチル元首相の逸話は作り話だとされています。根拠のない話が一部であたかも真実のように広まったのは、チャーチル元首相がその晩年に、ダービー馬には巡り合えなかったものの、馬主としても生産者としても深く競馬に関わっていたからでしょう。

ダービー馬の馬主は毎年必ず生まれますが、首相が毎年変わっていては大変です。比較的に頻繁に総理大臣が交代する日本ですら、そこまでではないのです。

■ダービー馬の馬主になるのはどのくらい難しいか?
では、イギリスのことはさておき、日本でダービー馬の馬主になるのは、実際のところどのくらい難しいのでしょうか?

この問いにスパッと答えるのは、実は容易ではありません。

日本中央競馬会(JRA)に所属する馬主2382人(2016年末)の中で今年のダービーを勝つのは唯一人だと考えれば、馬主にとってダービー馬の馬主は2382人に1人の存在だと言えるでしょう。ただ、一頭も馬を所有していない馬主から見れば当然確率はゼロですので、その層は除いて考える必要があります。

馬に着目してみると、昨年一年間にJRAに競走馬登録された馬は5445頭でしたので、このうち1頭所有した馬主から見れば、ダービー馬にあたる確率は1/5445(注2)です。

一方、過去5年間の馬主登録取消率の平均から推計される馬主登録の平均維持年数は18年強なので、平均的な馬主が各世代1頭ずつ18年間競走馬を購入した場合にダービーで少なくとも一度は優勝する確率Pを計算すると、こうなります。

  P = 1 – (5444/5445)の18乗 ≒ 0.3%

いろいろと仮定は置いているものの、平均的な馬主が毎年1頭ずつ競走馬を買い続ければ、確率0.3%ほどでダービーを勝てる、というわけです。

そう聞くと、「意外に難しくなくない?」という印象を持つ方も少なくないかもしれません。でも、忘れてはいけないのは、この0.3%が「条件付き確率」だということです。

■「条件付き確率」の条件とは?
本当の難易度を考えるには、この条件を満たすことがどの程度難しいのかを考える必要があります。

「馬主資格を取得し、18年間毎年1頭ずつ購入し続ける。」

実はこれはかなり大変なことなのです。

JRAの馬主は法律で定められた一種の国家資格で、厳格な審査の上、JRAの施行規定に定められた要件を満たした者だけが馬主として登録されます。現在の馬主登録の基本要件は、(1)二年連続所得1700万円以上かつ(2)保有純資産7500万円以上、となっています。

更に、これにも増して大変なのが条件の後段、「18年間毎年1頭ずつ購入」という部分です。

農水省の資料によれば、2015年に市場で取引された一歳馬の平均価格は910万円。これには平均的に安価な馬が多い地方競馬の馬たちも含まれているので、ここでは大雑把に1200万円を平均価格と考えます。

一方、JRAに競走馬登録された馬の平均稼働年数は約1.5年ですので、育成期間を1年とした育成費250万円と、平均競走期間1.5年の維持費750万円(一年あたり500万円と仮定)を足した1000万円が、1頭あたりの維持コストとなります。

試算した平均購入額と維持費との合計は2200万円。その18倍、約4億円が、「18年間毎年1頭ずつ購入」するという条件を満たすためのコストになるのです。競走馬がレースに勝てば賞金を稼いでくれるので4億円すべてが持ち出しというわけではありませんが、恐らく概ねその半分程度は純粋に持ち出しになると見るのが普通でしょう。

そのくらいのコストを払った場合ですら確率0.3%程度でしか得られないのが、「ダービー馬の馬主」という名誉なのです。(注3)

■馬主に、もっと光を…
このように、馬主として所有馬でダービーを勝つというのは本当に大変なことなのですが、北島三郎さんのようにご本人がもともと有名ではない限り、日本では馬主にスポットライトが当たることはまずありません。大きなレースの表彰式で馬主がスピーチする海外競馬を見ると、正直、羨ましく感じます。

王侯貴族や富豪自らがもともと運営し発展させてきたイギリス等の競馬先進国の競馬と日本の官製競馬とで事情が異なるのは、当たり前と言えば当たり前なのですが…。

それでも、せめて日本ダービーのような大レースだけでも、もう少し馬主が賞賛されても良いのではないでしょうか。(注4)

【参考記事】
■ジャパンカップG1の時給は60億円!? 馬主という仕事の意外すぎる真実を証券アナリストが分析してみた。 (本田康博 証券アナリスト)
http://sharescafe.net/42224151-20141206.html
■「有馬記念」を前に考える、有馬頼寧の画期的なアイディアと行動力。 (本田康博 証券アナリスト)
http://sharescafe.net/42605108-20141227.html
■「馬券の税金」判決の影響は? ホリエモンとカジノ専門家のどちらが正しいか、JRA馬主の証券アナリストが解説します。 (本田康博)
http://sharescafe.net/43454270-20150220.html
■東京が”世界で一番”生活費が高いのは、当たり前。 (本田康博 証券アナリスト)
http://sharescafe.net/50265593-20161221.html
■日本がギリシャより労働生産性が低いのは、当たり前。 (本田康博 証券アナリスト)
http://sharescafe.net/47352836-20151229.html

(注1:皐月賞、ダービー、菊花賞)
(注2:実際にはそう単純ではないのですが、ここでは馬の能力が購入価格によらず単純な正規分布のように確率的に分布するという仮定を置きます。他も含めて、大雑把に考えています。)
(注3:本稿を通して、共有形態での競走馬の保有については考慮していません。)
(注4:初稿にあった出馬表に馬主の記載がない旨の記述は暫定版の出馬表に関してのもので、最終版の出馬表には記載があるため、該当部分の記述を修正しました。)

本田康博 証券アナリスト・馬主

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