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私は旅行が好きなので、飛行機に乗ることもたびたびあるが、最近は国内線でもJALやANAでは機内Wi-Fiが使える機体が増えた。サラリーマン時代はグローバル企業に勤めていたので海外出張をする機会もあったが、欧州へ行く途中のシベリア上空からもインターネットに接続できて感動したものだ。

■機内でインターネットが使える時代になった
飛行機も進化したものだ。一昔前は、いったん飛行機に乗ったら、着陸までの間、外部との交信は一切遮断されていた。ところが、現在は機内でメールを確認したり、出張報告書を作成して会社にいる上司に送信したりと、出張中も工夫をすれば効率的に働ける環境が整ったというわけである。

「便利な世に中なったものだ」と手放しで称賛したいところであるが、実は、喜んでばかりもいられない。「機内でメールを確認した時間」というのは、法的な意味で労働時間なのであろうか。すなわち、出張と労働時間の関係について、現代の働き方に合わせて再確認が必要なのではないかということである。

■出張と労働時間の関係
まず、出張と労働時間について、法律や判例の考え方を整理してみよう。

出張中の労働時間の考え方の原則は、労働基準法第38条の2第1項に根拠を求めることができる。

労働者が労働時間の全部又は一部について事業場外で業務に従事した場合において、労働時間を算定し難いときは、所定労働時間労働したものとみなす。(労働基準法第38条の2第1項)

すなわち、直行直帰の出張で、出張先で正味何時間仕事をしたか分からないという場合には、1日の所定労働時間が8時間の職場なら、8時間労働したこととみなして通常通りの賃金を支払いますよ、という意味である。

それでは、次のようなケースではどうだろうか。

ある会社で、東京本社に勤務するAさんが、沖縄支社への出張を命じられた。沖縄支社で11時から始まる会議に出席しなければならないので、当日の始発便(6:20羽田発⇒9:00那覇着)で沖縄に向かわなければ会議に間に合わないというケースである。

そうすると、Aさんは5時台には羽田空港に着いていなければならないから、とてつもなく早い時間に家を出るか、羽田空港周辺のホテルに前泊するしかないだろう。あるいは、フライト自体を変更して、前日の夜に沖縄入りして、沖縄で前泊することも選択肢に入ってくるかもしれない。

いずれにしても、明らかに所定労働時間外の移動が必要になるわけである。このとき、会社はAさんに時間外手当を支払わなければならないのだろうか。

実は、この論点に対しては既にいくつかの判例が出ており、裁判所は出張の移動時間の労働時間性を原則として否定しており、時間外手当の支給も必要ないとしている。

移動時間は労働拘束性の程度が低く、これが実労働時間に当たると解釈するのは困難であることから、直ちに所定就業時間内における移動時間が時間外手当の支給対象となる実勤務時間に当たるとの解釈を導き出すことはできない。(横河電機事件・東京地裁平6.9.27判決)

出張の際の往復に要する時間は、労働者が日常出勤に費やす時間と同一性質であると考えられるから、右所要時間は労働時間に算入されず、したがってまた時間外労働の問題は起こり得ないと解するのが相当である。(日本工業検査事件・横浜地判川崎支判昭和49年1月26日)


ただし、注目して頂きたいのは、裁判所が判決文の中で「移動時間は労働拘束性の程度が低く」とか「労働者が日常出勤に費やす時間と同一性質であると考えられるから」という表現を用いていることである。逆に言えば、「労働拘束性の程度」が高かったり、「日常出勤に費やす時間」と性質が異なったりしていたら、移動時間であっても労働時間になる余地があるということに他ならない。

この点、Aさんの話に戻ると、Aさんの移動時間が早朝や深夜になったとしても、居眠りするなり好きな本を読むなりして、自由に移動して良いという状況であれば時間外手当は発生しない。しかし、Aさんが沖縄の会議で使う報告資料がまだまとまっていないので、機内でノートパソコンを使って完成させ沖縄支社に送信する必要があるとか、沖縄支社から送信されている資料に目を通しておかなければならない、といった状況であれば、移動時間に対して時間外手当が発生すると考えなければならないであろう。

■出張手当や日当が払われていればOKではない
なお、人事担当者から「当社は『出張手当』や『日当』を支払っているので、上記のような場合でも時間外手当は不要なのではないか」という相談を受けたことがあるが、このような解釈は法的には誤っている可能性があるので注意をしてほしい。

というのも、賃金規程に「出張手当は出張時に発生した時間外労働の対価として支払う」というようなことが明記されていれば、出張手当を移動時間の時間外労働に充当しても問題ないが、「出張1日につき出張手当○円を支払う」と書かれているだけの場合には、時間外手当に充当することは難しい。

どこでもWi-Fiがつながったり、多くのビジネスマンが当たり前にノートパソコンを持ち歩いたりしている現在、帰りの飛行機や新幹線の中で出張報告書を作成するとか、スマホのアプリでメールを確認したりチャットワークを返信するといったことは、ありふれた光景になってきている。

さらに言えば、出張の話ではないが、「過労死ラインを超えていたかどうかを判断するにあたり、毎日の通勤時間にメールやチャットワークを読んだり返信をしていた時間も労働時間にカウントされるはずだ」とか、「平日の退社後や休日も上司からLINEやメールで連絡が来るので気が休まらずうつ病になった」という主張を健康被害に陥った労働者の方から伺ったことがあるので、モバイル時代に対応した働き方のルールを明確することが、待ったなしで必要なのであろう。

■モバイル時代の労働時間管理のポイント
では、具体的にどうすれば良いかということであるが、ポイントは次の3つであると私は考える。

第1は、過重労働の防止やワークライフバランスに配慮するということである。

上記の例ように、「退社後や休日もLINEやメールで連絡が来て気が休まらない」というのは、社員の健康やワークライフバランスにとって望ましいことではない。業務時間外には緊急の場合を除きモバイルへは連絡をしないとか、社員がそれを見なかったからといって叱責をしないよう管理職研修で上司を教育するといった対応をとることが重要であろう。

私自身もサラリーマン時代に会社の携帯を支給されていたが、ある上司から定時後に電話がかかってきて、その電話に出なかったことで翌日叱責を受けたことがある。当時は労働法の知識をさほど持っていたわけではないので反論もできず心の中に「もやもや」が残ったが、今であれば、その上司が間違っていたと自信を持って言える。

もちろん、緊急事態もあるので責任ある立場にいる場合は柔軟に対応する必要があるが、原則として会社とは所定労働時間の範囲内で雇用契約を結んでいるのだから、所定労働時間外は残業命令や休日出勤命令が無い限りプライベートな時間である。家族や友人との予定を優先させて問題は無いし、そうすることで心身の健康を維持したり、翌日の仕事への英気も養うこともできるのである。

第2は、就業規則等でルールを定め、周知することである。

退社後や休日、出張の移動時間におけるモバイルを用いた業務の扱いについて、会社ごとに実態に合ったルールを定めるべきということである。

社内に「配慮して下さい」と声かけするだけでは、人によってとらえ方は違うし、上司と部下で考え方が違っていた場合は労働トラブルに発展する恐れもある。

そうであるから、たとえば「出張の移動時間に業務を行う場合は、あらかじめ上司に報告をして許可を得ること」とか、「業務用の携帯を支給されている社員に対しては緊急時を除き業務時間外の連絡をしないこと。緊急時とは次の各号の場合を指す・・・」といったような、モバイル時代に合った社内ルールを整備し、それを確実に周知徹底するということである。

第3は、時間外手当の払い漏れが生じないようにすることである。

上記のようにモバイルでの仕事を踏まえたルールを整備するにあたって、時間外手当の払い漏れが生じないような規定にしたり、ルールを運用するにあたっても注意しなければならない。

たとえば、出張の移動時間に業務を行った時間とか、退社した後に電話で緊急の指示を受けて自宅のパソコンで作業をした時間とか、そういった時間をきちんと勤怠の集計に反映させる仕組みやルールを構築し、時間外手当の払い漏れが生じないようにしなければならない責任が会社にはある。

■結び
モバイル環境の整備により仕事の効率のアップしたり、在宅勤務など柔軟な働き方ができるようになったという恩恵を私たちが受けていることは間違いない。しかし、その便利さの反面、仕事とプライベートの境目が曖昧になって、過重労働が生じたり、サービス残業が生じたりすることは防いでいかなければならないのである。

《参考記事》
■社員を1人でも雇ったら就業規則を作成すべき理由 榊 裕葵
http://polite-sr.com/blog/shuugyoukisoku-sakusei/
■電通の「整備された労働環境」は、なぜ新入社員の自殺を生み出したのか? 榊 裕葵
http://polite-sr.com/blog/dentsu_mondai
■東芝メモリ分社化で従業員の雇用は守られるのか 榊 裕葵
http://sharescafe.net/50991370-20170403.html
■「非常に強い台風」が接近していても会社に行くのはサラリーマンの鏡か? 榊 裕葵
http://sharescafe.net/49408703-20160829.html
■働き方改革第一弾として、ホワイトカラーが今すぐ無くせる5つの残業 榊 裕葵
http://sharescafe.net/50496544-20170123.html

榊裕葵 
ポライト社会保険労務士法人 マネージング・パートナー
特定社会保険労務士・CFP


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