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一人暮らしの人が、隣人と「一人が料理担当、一人が皿洗い担当」という分業をすると、双方のメリットになります。料理の下手な方が皿洗いを担当することで、マズイ料理を食べずに済む、という事もありますが、料理は二人分作っても手間が2倍かかるわけではありませんから、省力化にもなります(規模の経済と呼びます)。そして何より、苦手な作業は時間もかかり、失敗も多いので、それを避ける事ができるなら作業時間が短縮できる、というメリットが大きいはずです。

会社の仕事も同様です。各自の仕事を始めから終わりまで自分でやるよりも、同僚と分業して得意な人が得意な分野を担当する方が、双方にとってメリットがある場合が多いのです。今回は、分業のメリットについて考えてみましょう。

■仕事の遅い同僚とでも、分業すればメリットがある
読者が普通のサラリーマンで、訪問先に持参する営業資料を1時間に3冊作り、顧客訪問を1時間に3件こなすとします。2時間働いて、3件訪問するわけです。同僚は仕事が遅く、営業資料が1時間に1冊しか作れず、顧客訪問も1時間に2件しか行えないとします。3時間働いて、2件訪問するわけです。2人の合計で、5時間働いて5件の訪問ですね。ちなみに、品質(作った資料の読みやすさ、訪問先での顧客との会話の巧拙等々)は同じだとしましょう。

読者は、「自分より仕事の遅い同僚と協力するなんて、手伝わされるだけで損だ」と思っているかも知れませんが、そうではありません。読者が2時間働いて営業資料を6冊作り、同僚が3時間働いて6件営業訪問するならば、2人の労働時間は以前と同じなのに営業訪問の件数が1件増えるのです。このメリットを如何に分け合うかは交渉力の問題でしょうが、読者にも必ずメリットがあるはずです。もしも読者にメリットが無いほど同僚が図々しい事を言ってきたら、分業を断れば良いのですから。

重要な事は、経済的な取引は、必ずお互いにメリットがある、という事です。コンビニでジュースを買う行為は、ジュースより代金が欲しい売り手と、代金よりジュースが欲しい買い手がいなければ、成り立たないからです。ちなみに、税金は経済的な取引ではありませんから、徴収される側にメリットが無くても断れませんが(笑)。

ちなみに、普通の人と仕事の遅い人が分業してもメリットがあるのであれば、スーパーマンが普通の人と分業してもメリットがあるはずです。読者の隣人が資料作りも顧客訪問も素早いスーパーマンであったとしても、気後れすることなく、分業を申し出てみましょう。

■重要なのは「まだマシ(比較優位)」な仕事を御互いが選ぶこと
同僚は、資料作りも顧客訪問も読者より遅いですが、顧客訪問は読者の1.5倍しか時間がかからない一方で、資料作りは読者の3倍も時間がかかります。そういう場合、「読者より上手か否か」ではなく、「読者の1.5倍しか時間がかからない、まだマシな方」である顧客訪問を同僚に割り当て、同僚が異様に苦手としている資料作りを読者が引き受ける事が重要なのです。同僚が異様に苦手な事を免除され、まだマシな事に専念できるからです。

余談ですが、実際には「資料作りは経験を重ねても上達しないが、顧客訪問は経験と共に上達するから、顧客訪問をしたい」といった希望を各自が持つでしょうが、それは分業のメリットを分配する交渉に於いて考慮するしかありませんね。

■国際分業も基本は同様だが、政治力学と経済学の方向は合わず
日本とオーストラリアの分業(国際分業)を考えてみましょう。日本は土地が狭いので、農業は苦手ですが、工業製品には自信があります。一方で、オーストラリアは土地が広いので、農業には自信がありますが、一方で工業製品は今一つです。それなら、オーストラリアが農産物を、日本が工業製品を大量に作って交換すれば良いでしょう。というわけで、経済学者は一般に自由貿易が大好きです。

一方で、政治家は自由貿易を嫌います。日本の農業、オーストラリアの工業が大声で自由貿易に反対するため、両国の政治家としては自由貿易を推進することで次の選挙に落選しかねないからです。経済学者は「日本の農家は、国内の工場で働くかオーストラリアの農場で働けばよい」などと気楽に言いますが、そんな事は実際には不可能ですから(笑)。

自由貿易によって外国の物が安く買える消費者や、輸出が増やせる日本の製造業、オーストラリアの農業は、自由貿易に賛成なのですが、そうした声は政治家には届きにくいのです。「消費者が受けるメリットは、一人当たりにすると小さいので、賛成運動を積極的に行う消費者はいないから」、「人間は、儲かる嬉しさより損する悔しさの方を大きく感じるから」というわけです。

「オーストラリアと日本では、互いに相手より得意なものがあったから、国際分業が成立した」と考える人がいるかも知れませんが、そうではありません。一部途上国のように、何を作っても日本より下手な国もありますが、そうした国との国際分業にも意味がある事は、同僚との分業の話から明らかでしょう。

■国際分業のメリットの配分は、交渉ではなく市場で決まる
自由貿易交渉の焦点は、「どこまで市場を開放するか」です。「我が国は少ししか関税を下げない(貴国からの輸入は少ししか増えないだろう)一方で、貴国は大幅に関税を下げて欲しい」と双方が主張する事から落としどころ探しが始まるわけです。経済学的には関税を下げることで消費者がメリットを受けるわけですが、政治的には反対運動をしている生産者(国際分業によって輸入が増えてしまう産業。比較劣位産業と呼ばれます)が優先されるのは、仕方のないことですね。

一方で、同僚との分業の場合には交渉の焦点になるであろう「分業のメリットの配分」は、国際分業では交渉されません。市場が決めてくれるからです。日本が輸出する工業製品の価格は、ドイツ製品や米国製品などとの競争によって価格が決められますから、日本政府とオーストラリア政府の交渉で決まるわけではありません。日本の製造業がオーストラリアから受け取った外貨を円に替える時の為替レートも国際金融市場で決まりますから、交渉の対象ではありません。

そうなると、ネックになるかも知れないのは、「農業生産は資料作りと同じで上達しにくい一方で、工業生産は経験と共に技術が進歩する可能性が高い」ということです。オーストラリア側が経済学者を含めて自由貿易に難色を示す可能性があるからです。同僚との交渉では、「資料作成は上達余地が小さいから、資料作成を担当する人は分業のメリットを多めに受け取る」といった交渉が可能ですが、国際分業ではそうも行かないので。

【参考記事】
■少子高齢化による労働力不足で日本経済は黄金時代へ (塚崎公義 大学教授)
http://sharescafe.net/49220219-20160809.html
■不満な人ほど声を出すから、黙っている人にも要注目 (塚崎公義 大学教授)
http://sharescafe.net/49058608-20160713.html
■なぜ、警察官が多い街ほど犯罪が多いのか? (塚崎公義 大学教授)
http://sharescafe.net/49058445-20160718.html
■老後の生活には1億円必要だが、普通のサラリーマンは何とかなる (塚崎公義 大学教授)
http://sharescafe.net/49185650-20160728.html
■アベノミクス景気は謎だらけ(塚崎公義 大学教授)
http://sharescafe.net/48918008-20160624.html

塚崎公義 久留米大学商学部教授





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