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6月21日の日経電子版に「三度目の正直となるか「円の国際化」」という記事が載っています(http://www.nikkei.com/article/DGXMZO17837190Z10C17A6000000/?dg=1)。しかし、アジア諸国で円が広く使われるようになるとは到底思われません。その理由について考えてみましょう。

■記事は、国家間の通貨スワップ協定を報道
記事は、ASEAN諸国が国際金融危機に巻き込まれて緊急融資を受けたくなったら、日本円で日本政府から融資(正確には通貨スワップ)が受けられるような契約を事前に結んでおこう、という国際交渉について報道したものです。これは円の国際化で無いとは言えませんが、これによって円がアジア諸国で使われるようになるかというと、そうではありません。

国際的な取引はドルで行なわれていますから、ASEAN諸国は緊急の場合に日本政府から円を調達してそれをドルに替えて使うことになるでしょう。円がそのまま流通するわけではないのです。それは、資金を受け取る側が円よりドルを好むからです。

■アジア通貨と円の直接取引も魅力薄
記事は、他にも「ドルを介さず円とアジア通貨で直接取引できる市場」を作る方針を報じています。しかし、そうであっても民間の取引で円が使われる事にはならないでしょう。繰り返しますが、受け取る側が円よりドルを好むからです。現地に進出した日系企業相互でさえ、円建ての取引が行なわれるか否か、大いに疑問です。

余談ですが、アジア通貨と円を直接取引するメリットは大きくありません。「アジア通貨をドルに替えて、ドルを円に替える」のと「アジア通貨を直接円に替える」のと、レートは同じだからです。もしもレートが違うなら、皆が安い方の取引だけを行なうようになるでしょうから、安い方が値上がりして行くでしょうし、プロの間では「裁定取引」が行なわれる事になるからです。「アジア通貨を円に替え、円をドルに替え、ドルをアジア通貨に替えると利益が出る」といった状況ならば、プロたちがそうした取引を大量に行なう事により、値段が修正されていくのです。

「アジア通貨を円に直接替えた方が、両替手数料が1回で済む」と考える人がいるかも知れませんが、それは銀行の手数料設定方針によるでしょう。頻繁に行なわれる取引(アジア通貨と米ドル、米ドルと日本円)の方が稀にしか行なわれに取引(アジア通貨と日本円)よりも手数料が安いのが普通ですので、2回分払った方がむしろ安いという可能性も皆無ではありません。

■そもそも円を受け取りたい人がいないのだから・・・
ASEANで洋服を日本に輸出している企業が、日本の輸入企業から「代金は円で払いたい」と言われたら、嬉しいでしょうか?「原材料の多くは我が国が外国から輸入している物であり、価格がドルに連動しているから、輸出代金もドルで受け取りたい」と思うでしょう。コストがドルに影響される分だけ売上代金もドルと連動させたいはずです。

そこで、輸出企業から「原材料価格がドル相場に影響され、売上代金が円相場に影響されるのは嫌だが、その分だけ高く買ってくれるなら、代金は円建てでも構わない」と言って来るかも知れません。輸入日本企業としては、「それならドルで支払う。ドル高のリスクを回避する方法は、銀行との為替予約契約など、いくらでもあるから」と言う事になるでしょう。従って、円が使われる事にはならないのです。

場合によっては、日本の輸入企業さえもドルで支払いたいと思っているかも知れません。カジュアルな洋服は、国産品が少なく、圧倒的に輸入品のシェアが高くなっています。ということは、カジュアルな洋服を輸入して日本で販売している企業にとっては、ライバルのコストがドル建てなのです。ドル建てになればライバルが値上げをし、ドル安になればライバルが値下げをするかも知れません。そうなれば、自分のコストもドル建てにしておかないと、ドル安の時にライバルが値下げをした時に自社の売上が激減してしまうかも知れません。

日本製の自動車を輸入しているタイの自動車ディーラーは、代金を円で払いたいでしょうか?競合製品(米国車)との価格競争を考えれば、輸入代金はドルで払いたいですよね。そうでないと、ドル安の時にライバルに客を奪われてしまいかねないからです。

■皆が使っているものを使いたいと皆が思う
世界中の貿易のほとんどがドル建てです。それは、ドル建てが便利だからです。「円建ての取引は、日本側にとっては少し嬉しいけれど、相手側にとって為替リスクがあって凄く辛い」とすれば、「その分だけ価格面で譲歩してくれ」と言われるでしょう。日本側は価格面で譲歩するくらいならドル建てで取引した方が得でしょう。

世界の取引がドル建てなのも、国際会議が英語なのも、ドルや英語が優れた性質を持っているからではありません。「皆が使っている物を使った方が便利」だからです。日本円や日本語の方がドルや英語より優れているとしても、それを国際的に使わせようというのは非常に難しい事なのです。

英国が衰退し、米国が世界最大の経済大国になっても、しばらくは英国ポンドが世界の基軸通貨でした。「慣性の法則」が強く働くからです。アジアの人々は、ドルで貿易をしています。それを円に変えさせるのは、至難の技です。「ASEAN域内では日本企業の活躍が目覚ましく、日本の存在感があるから、円で取引して欲しい」と考える日本人がいるかも知れませんが、その程度で米ドル使用の慣性の法則は崩せません。

■「円の国際化」は天動説
ASEANの人の目線で、「円の国際化」はどう見えるでしょうか?「自分たちの都合ばかり考えていて、我々の都合は全く考えていない。天動説だ」と思うでしょう。「これからは、ASEAN経済に於ける中国の占めるウエイトが大きくなっていくだろう。将来は人民元建ての取引が増えるかも知れない」とは思うでしょうが、「それまでは日本円を使っていよう」などとは思わないはずです。

客観的に考えても、バブル期に日本が円の国際化を目指して失敗した事と今回の試みを比較すれば、如何に無理であるか、容易に理解出来るでしょう。「日本経済は世界一だ。21世紀は日本の時代だ」と言われていた当時でさえも、ASEANの諸企業はドル建て取引を続けたのです。今や、ASEAN経済と日本経済の比率が大きく変化し、少子高齢化で日本経済の将来展望も明るくない中で、「円の国際化」は「悪い冗談」にしか聞こえないでしょう。

国際会議で日本語を使おうと思わない人は、おとなしく国際取引でもドルを使いましょう(笑)。



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