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将棋の中学生プロ棋士・藤井聡太四段の快進撃が止まりません。6月26日に行われた対局でも勝利し、これまでの公式戦連勝記録「28」を更新する29連勝を達成しました。新記録樹立は実に30年ぶりのことで、この偉業をデビュー戦から無敗のまま成し遂げたというのですから、二重の驚きです。


藤井四段の活躍でにわかに注目度が上昇した将棋界ですが、彼が登場する前は、参加人口の減少や専門紙の休刊など、どちらかと言えば暗いニュースが多い印象でした。そんな最中に彗星のごとく登場した藤井少年は、関係者からすれば待望のニュースター誕生といったところでしょう。

果たして、藤井四段はこのまま将棋界の救世主となるのでしょうか? 本稿ではそのことを考えてみたいと思います。

■収益力で囲碁界に劣る将棋界。
まずは、将棋界の現状をしっかりと数字で押さえておきましょう。日本将棋連盟の決算数値を、ライバルである囲碁界の統括団体・日本棋院のものと比較検討してみます。

一般企業の売上高にあたる経常収益は、平成27年度で将棋連盟の約27億5,000万円に対し、日本棋院は約36億円と、日本棋院の方がおよそ8億5,000万円上回っています。将棋と囲碁を比べれば、マーケット規模は将棋の方が大きいというイメージを勝手に持っていましたので、両者の収益力にこれほど差があったとは意外でした。

収益の内訳を見ると、最も大きな割合を占める「事業収益」が将棋連盟は約26億2,500万円、日本棋院は約31億9,800万円となっています。事業収益の大部分を占めるのは棋戦の契約金ですから、この6億円弱の差は両者が運営するタイトル戦の数の違い(将棋連盟21タイトル、日本棋院25タイトル。平成27年度事業報告より)を反映しているものと思われます。

他に顕著な違いがある項目は「受取会費」です。将棋連盟が約6,700万円にとどまっているのに対し、日本棋院は約3億円と、およそ4.5倍の金額を集めています。

日本棋院のホームページを見ると、個人・法人別、レベル別などに細かく会員カテゴリーが分かれており、それぞれに会費が定められています。したがって、入会を検討する人は自分の棋力や経済状況に合った会員カテゴリーを豊富な選択肢の中から選べます。例えば、初心者向けの会員も「入門会員」「入門ネクスト会員」「初心者会員」の3つがあり、微妙な棋力の違いに対応した内容になっています。一方、私が見る限り将棋連盟のホームページには将棋教室の料金が載っているくらいで、日本棋院のような配慮は感じられません。このようなマーケティング力の差が金額に表れていると言えそうです。

■なぜか中部圏に拠点がない将棋連盟。
さらに両者の差が明らかなのは資産規模です。貸借対照表の総資産額は、将棋連盟の約22億2,600万円に対し、日本棋院は約44億8,800万円とおよそ倍の規模となっています。

これだけの差がついた最大の要因は土地や建物といった固定資産への投資額の違いです。将棋連盟の固定資産計上額が約15億2,000万円であるのに対し、日本棋院は約30億円を計上しています。

数字だけではどのような固定資産にどれだけ投資しているのかは分かりません。しかし、ホームページで確認する限り、拠点となる施設数は将棋連盟が4か所(東京・関西・北海道の将棋会館と新宿将棋センター)なのに対し、日本棋院は5か所(東京本院と関西・中部総本部、有楽町囲碁センター、梅田囲碁サロン)と1か所多く、これが影響している可能性は大いにあります。

特に、3大都市圏のひとつで藤井四段の出身地(愛知県瀬戸市)も含む中部圏に将棋連盟が拠点を設けていないというのは、何とももったいない話です。

■“藤井フィーバー”をカネに換える3つの方策。
以上の現状分析から、将棋連盟が藤井四段の人気を財務基盤強化に活かすための方策として、以下の3つを提案したいと思います。

1.タイトル戦の増加:企業にタイトル戦のスポンサーになってもらうのに、今は絶好のチャンスです。事業報告を見る限り、藤井四段のような若手棋士を対象とした大会は、日本棋院が5つ(新人王戦、グロービズ杯、広島アルミ杯若鯉戦、おかげ杯国際新鋭対抗戦、ゆうちょ杯囲碁ユース選手権)あるのに対し、将棋連盟は2つ(新人王戦、加古川清流戦)だけです。若手棋士への注目度が上がっている今こそ、若手対象のトーナメントを増やし、短期的には棋戦契約金収益の増加、長期的には棋士育成基盤の強化を図ります。

2.会員カテゴリーの細分化・会費の明確化:藤井四段の活躍で、新たに将棋に興味を持った人や、将棋の魅力を再認識した人は多いと思います。この潜在顧客を逃す手はないはずですが、前述したように、現在の将棋連盟のサイトはこのような人たちに親切な作りになっているとは言い難いです。ここは日本棋院の細かな会員カテゴリーの分け方を参考にして、特にエントリーレベルの顧客を逃がさない工夫をすることが大事です。

3.中部圏に拠点設立:何か歴史的な経緯があるのかもしれませんが、札幌に将棋会館があるのに、人口密集地である中部圏に将棋連盟の拠点がないのはやはり不自然に感じます。前述したように中部は藤井四段の地元でもあるのですから、彼が今後タイトルを取るような棋士に成長すれば、中部拠点の価値も上がるはずです。長期を見据えた戦略として有効ではないでしょうか。

藤井四段の活躍を見ると、彼が野球の大谷翔平選手や、競馬の武豊騎手のように、ジャンルを超えた国民的スターになる可能性は大きいと思います。「人気をカネに換える」という表現は下品かもしれませんが、少子化やレジャーの多様化といった外部の脅威が避けがたいことは事実です。そうである以上、彼の登場は業容拡大の千載一遇のチャンスだと思って、将棋界の関係者には知恵を絞ってほしいと思います。

【参考記事】
■カールは、「売上が落ちた」から販売終了するのではない。 (多田稔 中小企業診断士)
http://sharescafe.net/51389349-20170530.html
■東京ディズニーランドが客数減少で苦戦中という勘違い。そして「本当の課題」は? (多田稔 中小企業診断士)
http://sharescafe.net/51009026-20170405.html
■富士フイルムの事業転換は、本当に"華麗な転身”なのか。 (多田稔 中小企業診断士)
http://sharescafe.net/49986760-20161112.html
■シン・ゴジラでビルを破壊された三菱地所のBCPを勝手に考える。 (多田稔 中小企業診断士)
http://sharescafe.net/49222132-20160802.html
■2018年開幕予定の「卓球プロリーグ」が本当に儲かるか計算してみた。 (多田稔 中小企業診断士)
http://sharescafe.net/50185951-20161209.html


多田稔 中小企業診断士 多田稔中小企業診断士事務所代表

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