1594141

トヨタ自動車株式会社(以下、「トヨタ」)が、働き方改革の一環として裁量労働制の適用社員を拡充する方向だという。

■制度改正の概要とは

トヨタ自動車は2日、時間に縛られない多様な働き方を促す目的から、裁量労働の対象社員を拡充する方向で労働組合と調整に入った。(中略)残業時間にかかわらず、月45時間分の残業代に当たる17万円程度を支給する仕組み。対象は、一般企業の係長に当たる主任級の総合職約7800人。本人が申請し、上司の承認を得られれば、時間の使い方を自由に決められるようになる。月45時間を超えた残業についても、時間に応じた手当を支払う。
産経新聞「トヨタ、働き方改革加速 裁量労働を拡大/一般職も在宅勤務」2017/8/3

適用範囲や社員数、みなし残業代の総額等を考えても、まさに攻めの人事制度改革であると言って良いだろう。詳細は今後精査するとのことであるが、注視したい取り組みだ。

■裁量労働制ってどんな制度なの?
法令上は適用職種が限定的である裁量労働制であるが、トヨタの場合、現行法の枠内で独自の制度を整備して対象を広げるという。裁量労働制についての解説は労働分野の専門家に譲りたいところであるが、ざっくりと言ってしまえば、文字どおり「労働者に裁量のある働き方」ということになる。出退勤の時間や勤務時間そのものなど、これまで会社側にあった労働時間管理等を労働者がその裁量で決定できる仕組みだ。

それだけ見ればなんとも理想的な制度だと感じるかも知れないが、もちろん欠点は多く指摘されている。裁量労働制にはそもそも残業が想定されない。極言すれば1分だけ働いたとしても1日の労働時間を働いたものとみなされる一方で、仮に長時間労働したとしてもそれもまた1日の労働時間のみ働いたこととなるためだ。

つまり、労働者に大きな裁量がある一方、残業代という概念はなくなりますよ、ということになり、「現状では定額働かせ放題となる」「そもそも会社員に働く裁量なんてあるのか」等の指摘はこれまで数多くなされてきた。この辺りの批判は、かねてから議論がなされているいわゆる「残業代ゼロ制度(高度プロフェッショナル制度)」への批判と重複する部分が多いと言えるだろう。

■今回の改革が目指すもの
ただし、前掲記事によれば「月45時間分の残業代を支給」とのことであるため、純然たる裁量労働制を目指すわけではなさそうだ。対象となる職種も、法令で定める職種より幅広いことから、かねてから運用されている「固定残業代制度」ではないかとの指摘もなされている。

とはいえ、前掲記事によれば「在宅勤務制度の拡充」等の施策も実施するとのことであるため、柔軟な働き方を企図したものであることは間違いないだろう。

トヨタの意図としては、柔軟な働き方を提供することにより、業務の効率化や当該効率化に伴う各種の波及効果を目指しているものと思われる。月17万円の見なし残業代はその先行投資とも言える。

言い換えれば、1人あたり月17万円を支払っても、元を取れるだけの実入りがあると目論んでの制度改正と言うことだ。「トヨタ式」で有名な同社であるため、実現は可能なのかも知れない。今後の働き方改革におけるリーディングケースとなり得る可能性を秘めていると言っても過言では無いだろう。

■本制度が活用されるために必要なこととは
さて、当該制度がうまく運用されるか否かは職場の風土、各社員や管理職の発想の柔軟さやマインドに依拠せざるを得ないものと思われる。「まずは仕事を効率よく終わらせる」というマインドが醸成されなければかえって残業を誘発する制度となることは、想定の範囲内であるはずだ。

端的に言えば、業務効率化や柔軟性に乏しい職場に条規の制度を導入した場合、「月45時間分の残業代をもらっているのに残業もしないで帰るのか」と上司がのたまったり、「裁量労働って言ったって、朝9時には出社しないとね、社会人として」等と考える管理職が出てくるかも知れない。その結果、恒常的に月45時間以上の残業が発生したり、なぜか全員が判で押したように同じ時間に出社してくる、といったことになりかねない。そうなればまさに絵に描いた餅で有り、制度は死に体も同然だ。

やや理想論的にはなるが、これを機会に今までのムリ・ムダを見直し、自身を含めた業務フロー全体の見直しを図るべきだ。残業もしないのに残業代相当を受け取るのは罪悪感があるかもしれないが、それ以上に効率化を図れたとすれば、会社全体の利益となる。シニカルに捉えるのは容易であるが、この制度が活きてくるにはどうしたらいいか、全社的な英知を集結すべきである。

長時間労働撲滅の重要性は認知されつつも、会社への貢献度は在社時間と比例する、という発想は根強くあるのが現状だ。チームで仕事をする以上、自分の仕事が終わったとて周囲の目が気になり、帰宅するのに憚れるのでやることもないのに残業する、というのもよくある話である。

要は、そうした職場の現状を変えずに新たな制度を導入しても、かえって不自由な働き方を促進しますよ、という点に着目すべきで有り、先んじてマインドの転換が必要なのだ。法令や就業規則より、職場のマイナールールやこれまでの慣行が優先される現状から目を背けるべきではないだろう。

法律上、我が国では女性が申請すれば産前休暇を取得できるし、要件を満たせば育児休業も遠慮無く取得できる。もちろん、年次休暇も事由を問わず取得が可能だ。いずれも取得に遠慮してしまう、ともすればマタハラやパワハラの要因となってしまう現状は、各々の職場における運用の問題だ。さらに言えば、職場の風土や空気感、社員間の意識の問題とも言えよう。正当な権利への抵抗は、いずれブーメランとなって自身に跳ね返ってくるはずだ(悲しいかな、他人の足を引っ張ることに喜びを感じる人間がいるのもまた事実ではある)。

どんなに素晴らしい制度を構築しても、魂を入れなければ意味が無い。数年後は他者がこぞって追従するような素晴らしい制度を、トヨタ社内で運用してほしいと切望して止まない。そのためのポイントは、繰り返しとなるが社員一人一人のマインドセットであり、職場風土の改善なのだ。

【参考記事】
■「給料より休暇が大事」は「自分ファースト」なのか。 (後藤和也 産業カウンセラー/キャリアコンサルタント)
http://goto-kazuya.blog.jp/archives/21650519.html
■「男性の育休取得率100%」は良いことなのか。 (後藤和也 産業カウンセラー/キャリアコンサルタント)
http://goto-kazuya.blog.jp/archives/23246014.html
■「新入社員が2日で辞めた」を防ぐ術は、NHK歌のお兄さん交代に学べ。(後藤和也 産業カウンセラー/キャリアコンサルタント)
http://sharescafe.net/51056896-20170412.html
■「就活に有利な資格ってありますか?」と問われたら。 (後藤和也 産業カウンセラー/キャリアコンサルタント)
http://sharescafe.net/50823928-20170310.html
■電通新入社員自殺、「死ぬくらいなら辞めればよかった」が絶対に誤りである理由。 (後藤和也 産業カウンセラー/ キャリアコンサルタント)
http://sharescafe.net/49739049-20161010.html
後藤和也 産業カウンセラー キャリアコンサルタント


この執筆者の記事一覧
このエントリーをはてなブックマークに追加




関連コンテンツ

シェアーズカフェからのお知らせ
シェアーズカフェでは住宅・保険・投資・家計管理など、個人のお金に関するレッスン・相談・アドバイスを提供しています。SCOL編集長でFPの中嶋が直接指導します。
シェアーズカフェ・オンライン編集長の中嶋が士業・企業・専門家向けの執筆指導・ウェブコンサルティングを提供します。




執筆者プロフィール