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 近年、企業内に新規事業創造の波が押し寄せている。特に過去最高の純利益を更新した上場会社を中心とする大企業が、その資金の行く先としてイノベーションを伴う新規事業に着手するケースが目立つ。しかし、その道には多くの困難が伴うことが多く、本業の調子とは裏腹に思うように進まないケースが見られる。本稿では、その要因として新規事業の推進を指示する経営者自身のイノベーションリテラシーの欠如に解を求めてみたい。

■イノベーションの不確実性
 イノベーションは不確実性の塊である。意図通りの効果・効用をもたらすのか、利用者に受け入れられるのか、その成功には様々な場面で不確実性を伴う。(逆に不確実性を伴わない(=確実なもの・こと)ということは、すでに確立され、実証されているものであるためイノベーションではない)この不確実性には、大きく分けて2種類があると考える。技術やアイディアの実現可能性に関する不確実性と、それらを利用者が受け入れる可能性に関する不確実性である。

 前者の例としては、古くは車や電車、電話やインターネットなどがその代表例であるが、これらは、その製品・サービスのもととなる技術があってはじめてその効果・効用が発揮される。これらの技術が確立できるか否かに、大きな不確実性が潜んでいるのである。
 また、後者の利用者の受け入れ可能性に関する不確実性とは、前者技術を活用した製品が世にリリースされたとしても、それが市場に受け入れられるとは限らない。良い技術やアイディアをもとに生み出されたあまたの製品・サービスが、その価格、供給オペレーション、プロモーション、場所、時代など、様々な要因により日の目を見ることなく消えていった歴史がある。

 前者の不確実性は、研究開発によりある程度目に見えてコントロール・低減が可能な不確実性であると考えるが、後者の不確実性をクリアするためには、その不確実性を正確に理解し、受け入れるための経営者自身のイノベーションリテラシーが欠かせない。
 
■企業における意思決定の判断軸
 企業の既存事業における意思決定には、リスク回避と称して多くの意思決定者(厳密には意思決定はしておらず、単なる同意または責任分担機能者)と呼ばれる人達で構成される稟議制度が存在することが多い。稟議制度は多くの意思決定者が納得し受け入れる案件のみを通過させる、最もイノベーティブな案件が通りにくい制度である。そして、経営者がこの意思決定方法を新規事業の意思決定にも例外なく当てはめようとすると、大きな不確実性を含む新規事業が拒絶される結果となることは想像に難くない。

 そもそも、既存事業はこれまで積み重ねたノウハウや経験等をもとに意思決定を行う。そのため、既存事業のリスクは新規事業に比べて相対的に低く、年度の予算設計や売上高予想などの蓋然性は高い。また、社内の人材評価制度も既存事業をベースに構築されており、例えば年度目標100%達成が標準的とされているケースも散見されることからも、既存事業は非常に低リスクであることが理解できる(少なくとも新規事業よりは)。そのため、人事評価についても低リスク向けの低リターン(=標準的な評価を得る)設計となっていることが通常である。

 このような仕組みによって、稟議制度に組み込まれた意思決定者は、非常に成功率の高いケースの判断に慣れ、また1つの小さなミスが自身の評価を大きく下げることにつながる評価制度の下では、大きなリスクを取らない人材が出来上がる。既存事業に裏打ちされた経験や判断軸、人材に、大きな不確実性に対応するノウハウは全くと言って良いほど蓄積されてはいない。このような既存スキームに、不確実性が高いイノベーションを伴うような新規事業を乗せ、通常の合理的な判断スキームで臨むと新規事業がとん挫する結果となる。

具体的な事業の結果を例に挙げてみると、事業には以下の4つのケースが存在する。
1.想定内の成功
2.想定内の失敗
3.想定外の失敗
4.想定外の成功

 この中で、1.想定内の成功や2.想定内の失敗は、リスクを正確に把握することができているため、既存事業に関するケースが主と捉えることができる。また、3.想定外の失敗については、成功するであろうと見こんでいたが、予想に反して失敗してしまったものであるため、意思決定者が挑戦する道を選択した結果である。そのことから、3についても既存事業の数少ない失敗事例が主と捉えることができる。

 一方、4.想定外の成功については、事前に成功することは認識できておらず、失敗を想定していたが、結果は異なる帰結となったケースである。このようなケースこそが、事前の不確実性が高く、既存事業の意思決定者が必ず避けるであろう選択肢である。つまり、既存事業の対応スキームにおいて、合理的に判断すればするほど4は事前に却下され、挑戦することすら許されない選択肢であろう。しかし、4のような選択肢にこそイノベーションを伴う新規事業の可能性が眠っているのではないだろうか。

■新規事業を推進する経営者に必要なものとは
 イノベーションを伴う新規事業に果敢に挑戦し、成功に導くためには、経営者がそのためのリスクを適切に把握し、高リスクを受け入れ、大きな失敗も厭わない覚悟を持たなければならない。高いリスクを取るからこそ大きなリターンが得られるのであって、低リスク高リターン事業をいくら探しても徒労に終わる。そして、新規事業を成功に導きたいのであれば、単に新規事業を推進する部署を設置するだけではなく、その担当者が高リスクを捉えようとするインセンティブを伴う仕組みを構築しなければならない。

 また、既存の100%近い成功率をベースに構築された評価制度の下でイノベーションを伴う新規事業を模索すれば、担当者は想定内の成功案件しか提案することができず、イノベーションを伴う新規事業が生まれる可能性は非常に低い。そして、この問題を解決したとしても、最終的な承認を既存の稟議制度の下で行えば、新規事業が拒絶される結果となるであろう。
 
 このように、イノベーションを伴う新規事業を妨げる最大の原因は、経営者のイノベーションリテラシーの欠如が招く、仕組みの問題なのである。経営者自身が高リスクに対する覚悟と判断基準を持ち、高リスクに見合う高リターンの設計を合わせて行うことまでが経営者の責任であり、イノベーションを伴う新規事業の推進に不可欠なのである。

【参考記事】
■地域航空が国鉄に学ぶべき理由(森山祐樹 中小企業診断士)
http://sharescafe.net/49893178-20161031.html
■優秀が故のジレンマ「大企業のイノベーションへの挑戦」(森山祐樹 中小企業診断士)
http://sharescafe.net/50115391-20161130.html
■星野リゾートとリッツカールトンの戦略の違いとは(森山祐樹 中小企業診断士)
http://sharescafe.net/49185987-20160729.html
■フェラーリの戦略にみる企業価値経営(森山祐樹 中小企業診断士)
http://sharescafe.net/47203706-20151215.html
■ブルーボトルコーヒーに見る戦略ストーリー「人気のブルーボトルコーヒーは何を捨てたのか!?」(森山祐樹 中小企業診断士)
http://sharescafe.net/45855247-20150808.html



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