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 2017年度に三井物産が社内で新しいコーポレートベンチャー制度を発表した。近年、大企業において新規事業を推進しようとする動きはすでに珍しいことではないが、成功事例を探そうとすると、それほど多くの事例があるわけではない。新規事業を推進する部署を設置したのみで、何も生まれないケースや、新しい部署が実行するアイディアは、既存部署でもできたような持続的イノベーションのみとなるケースはよく耳にする。また、結局自らが新しい事業を作り出すことができず、ファンドへ資金を提供するような結末となるケースも存在する。これらの原因はどこにあるのか、また、大企業が新規事業を進めるにあたっては何が必要なのかを、三井物産の新制度に対する期待とともに検証してみたい。

■大企業内で新規事業が進まない理由
 まず、大企業で新規事業が進まないひとつ目の理由としては、各企業の価値基準に基づくアイディアの取捨選択があげられる。企業が新しいアイディアの採用を検討する際、往々にして既存事業の価値基準に当てはめて判断を行う。それは、自社にって必要な市場規模であったり、利益基準等が代表的である。しかしながら、これら既存事業に求めるものと新規事業に求めるものを同等に扱うと、いくらイノベーティブなアイディアがあったとしても、大企業の価値基準の下ではなかなか採用に至らない。加えて、一番知見のある既存業界や関連事業への参入について、カニバリを恐れてそれを制限すると、更なる足枷を加えることになる。

 この既存事業における価値基準に加え、既存事業に用いる判断プロセス(稟議制度等)を組み合わせると、稟議に組み込まれた決裁者全ての利害が一致しなければ承認されることはなく、新規事業が陽の目を浴びる可能性は非常に低くなるのである。

 二つ目の理由は、人事制度上のリスクとリターンの不整合である。
既存事業に対応する形で作られ運用されている現行の人事制度は、比較的低リスクに対応した制度である。これまで何期もの間の実績やノウハウを元に来期に臨むため、既存事業の予測はある程度の見通しが立てやすい。それは社員個々人のパフォーマンス結果についても同様であり、来期の目標を達成することの蓋然性はある程度見えていることが前提となっている。

 一方、新規事業の企画・推進を任命された社員が、既存の人事制度のもとで、既存事業に従事する社員と比較されるケースを想定した場合、アイディア自体の収益性や将来性の優劣の前に、社員は自身の評価を見据えて、自分にとって確実性の高い事業のみを選定し企画・提案してくるであろう。つまり、既存の人事制度のまま、社員のリスクとリターンを考慮せずに新規事業を進めることは、投入したリソースに期待される効果を発揮できないことにつながり、新規事業推進の妨げともなりうるのである。

 三つ目の理由としては、社員本人の覚悟とその能力があげられる。既存企業、特に大企業に就職を求める人材は、積極的なリスクを取るためにその道を選んだわけではない。どちらかというと安定的または保守的であり、リスクコントロールに長けていることが多いのではないだろうか。大企業においては、その企業内における出世ルールを理解し、できる限り失敗をしない選択肢を合理的に判断していく能力が求められるため、大きなリスクをできる限り取らずに無難にこなす能力に磨きがかかる。そのような環境で育てられた社員が、相対的にリスクの高い新規事業に従事するということは、いくら社内公募で本人のやる気があるとはいえ、能力的な不足感は否めない。
 
 また、社内公募で選ばれた社員であれば意欲は十分に高いと考えられがちであるが、資本主義社会の競争市場に存在するアントレプレナーが取るリスクと覚悟に対し、社内公募に応募する社員が取るであろうリスクと覚悟を比較した場合、どちらのモチベーションが高いかは火を見るよりも明らかであろう。

■三井物産の新制度とは
 前述の通り、大企業の新規事業が進まない3つの理由について考察したが、これに対し本年度に三井物産が興味深い制度を発表した。その内容は、入社7年目以降の社員を対象に企業アイディアを受付け、選考を通過した事業アイディアに対して社員自身が数百万円、会社が3億円以内で出資を行い、発案者が社長を務めるというものである。また、事業の立ち上げから3年後にその事業性について、継続・撤退・売却の判断を下すとともに、発案者はその会社に転籍または会社に戻る選択肢を持つという。

 この制度の中で、社員の出資で行われ、事業性判断の際に社員には転籍または会社に戻る選択肢が残されていることは非常に特徴的である。
まず、大企業の新規事業が進まない理由として、先ほどリスクとリターンの不整合を上げたが、三井物産の新制度では、社員自らが出資することが前提であり、事業性判断時に社員がその事業に残ることも選択肢として認めている。これは、出資というリスクを取った社員に対し、リスクに見合うだけのリターンを約束しており、一歩踏み込んだ制度となっている。

 また、社員自身の資金をつぎ込むからこそ、その社員には通常の会社員とは比べ物にならない程の覚悟を持たせることができるため、競争市場のアントレプレナーに勝るとは言わないまでも、ある程度対抗できる仕組みとなっている。このようにリスクとリターンをある程度バランスさせる一方で、最終的に会社に戻る選択肢を用意することで、事業が失敗に終わった際のセーフティーネットも用意されていることは、新しいことにチャレンジする姿勢を後押しする。

 その他、入社7年目以降から対象ということで、若いうちから経営経験を積むことができ、会社としても社内の子会社や関連会社のポスト数にとらわれることなく、将来の経営人材を早期から育成することができる。また、会社のバックアップにより、起業時の法務・財務面における負担を軽減することができ、事業の推進に集中する環境も整えられている。加えて、3年後に事業性を判断することで、スピード感を持った経営を促している。

 本制度の唯一の懸念は、アイディアの選考がどのような観点で行われるかという点にある。前述の通り、既存事業と同様の価値基準と選定プロセスを新しい事業選定に適用すれば、せっかくの新制度も入り口から崩壊しかねない。本制度を立ち上げる高いイノベーションリテラシーに期待して、今後、三井物産からどんな素晴らしい事業が生まれていくのか、大きな期待とともに見守っていきたい。

【参考記事】
■新規事業の推進に経営者のイノベーションリテラシーが必要な理由(森山祐樹 中小企業診断士)
http://sharescafe.net/51979260-20170831.html
■地域航空が国鉄に学ぶべき理由(森山祐樹 中小企業診断士)
http://sharescafe.net/49893178-20161031.html
■優秀が故のジレンマ「大企業のイノベーションへの挑戦」(森山祐樹 中小企業診断士)
http://sharescafe.net/50115391-20161130.html
■星野リゾートとリッツカールトンの戦略の違いとは(森山祐樹 中小企業診断士)
http://sharescafe.net/49185987-20160729.html
■フェラーリの戦略にみる企業価値経営(森山祐樹 中小企業診断士)
http://sharescafe.net/47203706-20151215.html



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