10月26日に開かれた財政諮問会議で、安倍総理は3%の賃金アップを経済界に求めた。

官製春闘などとも揶揄されているが、それなりに好意的に受け入れられているようだ。給料が増えて困る人は居ないので当然、ということになるのかもしれないが、果たして賃金が増えて消費が増え、そして景気が回復する、という好循環につながるのだろうか。

■賃金アップで増える社会保険料収入。
総理の賃上げ要請は5年連続となっており、それに応じた結果なのかは不明だが僅かながらではあるものの平均給与も上がっている(民間給与実態統計調査 国税庁 平成28年データより)。景気回復を実感できないという声も多いが、単純に上昇の幅がわずかだからということになるが、少なくとも給料が減るよりはマシだろう。

では手放しで喜べる状況かというと決してそうではなく、それどころか給与アップの要請は国が抱える問題を先送りするためでしかない。それが年間100兆円を超えてなお膨張する社会保障費の負担だ。

先日行われた衆院選挙では消費税の増税も一つの争点となった。8%から10%へのアップが予定されているが、それによって増える税収は4兆円程度だ。現在消費税による税収は8%で年間16~17兆円程度、つまり1%あたり2兆円程度となる。

では年金・健康保険等の社会保険料による収入はいくらか。2015年の従業員負担(被保険者拠出)は年間で約35.3兆円と、消費税の2倍以上となっている。事業主負担は31.5兆円、両方合わせて66.9兆円と、税収の8割を占める所得税・法人税・消費税の合計額46兆円を大きく上回る。

これだけ多額の保険料であっても年金・医療・介護等の支出である社会保障費には全く足りない。図を見るとバブル崩壊以降、生産年齢人口が増え続ける人口ボーナスが終わったことにより、保険料収入と給付のバランスが崩れ、給付額を保険料で賄えなくなったことが一目で分かる。社会保障の費用は年間で114兆円に上り、差額の46兆円は当然のことながら税金によって穴埋めされる(2015年のデータ。図参照)。

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3%の給与アップは従業員のために善意でなされているわけではなく、膨張する社会保障費を賄うために保険料収入を増やすことが主たる目的だろう。

社会保障費の負担を考えれば消費税2%程度の引き上げは誤差の範囲でしかない。本来は消費税20%アップと社会保障費40兆円のカットとどっちが良いですか?というのが正しい選挙の争点だったはずだ。

■社会保険料の負担は消費税に直せば33%分にあたる。
国全体の話をしてもぴんと来ない人もいるかもしれないため、より身近な給料からどれだけ社会保険料が取られているか考えてみたい。

月収40万円、年収480万円の会社員を例に計算をすると、手取り額はおよそ373万円、差額の約106万円は社会保険料と所得税・住民税となる。内訳は社会保険料が約71万円で、所得税・住民税の合計額より2倍も取られている。社会保険料は前述の通りほぼ同額の企業負担分もあり、これは払う相手が従業員か国かの違いだけで、企業にとっては給料の一部だ。

つまり実質的には給料が551万円、社会保険料が142万円、そして税金が35万円、手取り額が差額の373万円……これが年収480万円で働く人の実態だ。保険料の名目でこれだけ多額の負担が課されていると考えれば腰を抜かす人もいるのではないか。

消費税のアップは景気悪化につながるから辞めた方が良いと主張する人もいる。いわゆる「痛税感」、税金の負担を強く感じる心理的なマイナス効果が景気に与える影響を心配してのことだと思うが、社会保険料の負担額35.3兆円を消費税に直せば18%、企業負担分も含めた66.9%で考えれば消費税は33%のアップとなる。現在の8%に上乗せすれば41%だ(図は2016年度分)。

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年金・医療・介護の負担はこれだけ重く、それでもなお必要な額が賄えずに税金が投じられる。消費税のような分かりやすい税金から受ける痛税感を避けるということは、その分だけこっそり分かりにくい形で税金を徴収されていることを意味する。

■厚生年金の保険料率は2017年で引き揚げ停止。
給与アップの要請は5年連続とのことだが、今年の要請額が3%と大きいことも社会保険料と無関係ではない。2004年から続いていた厚生年金保険料の引き上げが2017年で一旦終わる。13.93%だった保険料は毎年段階的に引き上げられ、18.3%となった。

これだけ引き上げてもなお社会保障費の急増には全く追いつかず、にもかかわらず引き上げは今年で終わってしまう。つまり保険料率の引き揚げが出来ないのであれば収入を無理やりにでもあげさせて保険料収入を増やすしかない、ということだ。

これほど酷い数合わせは無い。社会保障費の根本的な問題に手を付けず、小手先のつじつま合わせに終始しているからだ。結局やるべきことは医療費の抑制と年金支給額のカットだ。現実的に考えれば高齢者の医療費は全て現役世代と同じく3割負担、年金も一律で一定割合をカット、それで生活に困る人は差額を生活保護で穴埋め、という形になるだろう。

すでに高齢者の医療費負担は段階的に引き上げられ、年金も一部でカットされており、上記の通りの方向になりつつある。しかし高齢者の急激な増加によりほんのわずかな節約では焼け石に水だ。その穴埋めに使われるのが給与アップによる保険料増加ということになる。

もちろん、3%アップで得られる保険料程度で46兆円も不足する社会保険料を賄うことが出来るわけもなく、全てはその場しのぎ、数合わせのいい加減な対応ということになる。

本当に賃金を3%あげたいのであれば、企業に要請するまでもなく手取り額が3%増えるように保険料率か税率を下げれば良い。企業が総理の要請を聞くかどうかは分からないが、政策として決定されれば確実に手取り額は増える。

■子供向けにお金が使えない理由は高齢者を支える負担が重すぎるから。
奨学金を返せない女性が風俗で働いている、といったセンセーショナルな報道から大学の無償化、教育費の無償化が突然話題に上ったが、その財源として出てきたものがこども保険だ。社会保険料をさらに増やす、お金持ちには年金を返上してもらう、といった呆れてしまうような内容だ。子育てや教育にお金を振り向けられない根本的な原因は、高齢者向けの医療・年金・介護に100兆円近くのお金をつぎ込んでいるからだ。

そしてそのお金が、無ければ生きていけない本当に困っている人に使われているのなら問題は無いが、国内の金融資産を60歳以上の世帯が6割を保有、50歳以上ならば8割を保有する状況で、一律に優遇する必然性はゼロだ。

自分は普段から住宅購入など家計に関する相談に乗っているが、老後に年金が貰えないと若い人に思わせていることが決定的に消費へマイナスのダメージを与えていると強く感じる。今やるべきことは年金・医療をカットすることで、現在の高齢者と将来の高齢者(=現在の若者)を公平に扱い、なおかつ年金の継続性をはっきりと示すことだ。

地獄への道は善意で塗り固められているというが、給与アップの要請はまさにそれにあたる。そして先日の衆院選では100兆円を超す社会保険料の給付と負担が争点になることは無く、喜劇のようなドタバタ騒動に終始した。

日本の場合、地獄への道は善意と喜劇で塗り固められていた……将来そんな風に今の時代を振り返るようなことが無いように祈るばかりだ。

シェアーズカフェ・オンラインの社説 その1

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中嶋よしふみ  ファイナンシャルプランナー シェアーズカフェ・オンライン編集長


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