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■プロスポーツの引退と会社の定年
大リーグのイチロー選手の居場所が微妙だ。この執筆時点で契約先が決まっていない。イチローに限ったことではなく、まだほかの大物選手の契約が残っているためらしい。

2012年、すでに超大物選手だったイチローはマリナーズからヤンキースへ移籍以降、レギュラーとしては打席に立っていない。イチローの能力が急激に落ちたわけではない。その選手能力の高い維持力に対して畏敬と驚異の念を抱かれているにもかかわらずだ。これはヤンキース、その後のマーリンズでも言えることだが、若手を育てる、高年俸で獲得した若手を使わざるを得ないというチーム事情があるからだ。

こうした状況をみると、プロスポーツの世界でも単に能力減退による現役引退というのではなく、サラリーマンの定年みたいなしがらみがあるのか、と思えてしまう。無能力者が居残るのは論外だが、並外れた実力のある者が羽根をもがれつつあるのは、見ていてつらい。球団にすれば未来を見据えて、若い選手にチャンスを与えキャリアを積ませる、そのことにほかならない。では、定年で引退する高齢社員の処遇はどうなのか。大多数の者はイチローの才能の足元にも及ばない。飛べない羽根をばたつかせ、それさえもむしり取られたらどうなるか。

■やがて高齢労働者となる現役世代の問題でもある
この2月、政府は「高齢社会対策大綱」(厚生労働省)を発表した。そこでは65歳以上を高齢者とする画一的な年齢区分の見直しが強調されている。ありていに言えば、65歳はもはや高齢者ではないということだ。したがって公的年金は、現行の70歳よりあとの繰下げ受給も選択肢に入れていくという。ということは、60歳からの繰上げ受給は活かされているので、年金の受給開始は60歳から70歳超の年齢(上限年齢は未定)の間で選べることになる。

「大綱」によれば、60歳から64歳の就業率は2016年では63.6%、これを2020年には67.0%に引き上げていく方針だという。働き続ける年齢が高くなれば、年金をもらう年齢が上がるのは自然だ。問題は、60歳以上となる高齢者が自分の希望通りの職に就けるかである。いくら就業率を上げても、本人の意思や能力に関係なく画一的で単純作業の仕事ばかりでは、適性や能力に合わない者にとっては苦痛でしかないだろう。「高齢労働者が多くのことを望むな」と言われるかもしれない。だが、これは今の高齢者だけの問題ではなく、やがて高齢者となる現役世代の問題でもある。

■高齢労働者にもそれなりの役割はある
「大綱」には、次のようにある。
65 歳以上を一律に「高齢者」と見る一般的な傾向が現実的なものでなくなりつつあることを踏まえ、年齢区分で人々のライフステージを画一化することを見直すことが必要である。年齢や性別にかかわらず、個々人の意欲や能力に応じた対応を基本とする必要がある。

また、
「全世代による全世代に適した持続可能なエイジレス社会の構築を進めながら、誰もが安心できる「全世代型の社会保障」への転換も見据え、全ての人が社会保障の支え手であると同時に社会保障の受益者であることを実感できる制度の運営を図る。

詳細は全文を読んでもらうとして、通しで読んでいるうちに、バラ色とは言わないが半ば夢のような世界が描かれていると思えてしまう。「全世代型」―、ここにある理念が実現するならば、国民が普通に働いてさえいれば老後は何ら不安も不自由もなく過ごすことができるだろう。しかし、どこまで実現するか。「大綱」は今のところ、案でしかない。ゆえに理念はあれど、具体策はまだない。

一律に年齢で区切った単純・単一作業にしか従事できないというのでは、逆に高齢者の生き方を阻害しかねない。確かに会社では、60歳を過ぎた役職社員がいつまでも部下の社員を仕切っているようでは、未来はない。だから権限はできるだけ後進に委譲し、チャンスも若い社員に与えることが必要だ。それを承知で、高齢社員には高齢の者にだけ任せられる役割というものがそれなりにあるはずなのだ。

■定年引退にさしかかった「老境」とは
イチロー選手は、ヤンキース移籍の際の心境として記者会見でこう語った。「20代前半の選手が多いこのチーム(マリナーズ)の未来に、来年以降僕がいるべきではないのではないか。また、僕自身環境を変えて刺激を求めたい、という強い思いが芽生えた」。

まさに、定年引退の「老境」にさしかかったサラリーマンの心境に通じるだろう。若い社員のために、自分がこのままいるべきではない、つまり、自分がいることで若い社員の成長の芽を摘んでしまうのではないかという危惧感、それに加えて、まだ力のあるうちに新たな刺激も求めたいというサラリーマンの淡い期待感。しかし、この「老境」は理想だ。ほとんどの退職者は、イチローのようにずば抜けた能力は持たない。自力で環境を切り開く術もない。できるなら会社に残り続けて、今の高収入と権限を誇示していたい、後進にはまだ道を譲りたくない。それが本音だろう。

とはいえ、60歳過ぎて「オレが、オレが」、というのはないだろう。なにより現実は、高齢労働者はそれほど期待されていない。能力があろうとなかろうと、邪魔なのだ。本当は、いつまでもバリバリのレギュラーを張れるなどとは本人も思っていないはずである。それでも、これまでの経験を活かした雇用の仕方がないものか、ということである。

■反旗を翻すかもしれない高齢者予備軍世代
高齢者(近い将来そうなる人も含めて)が、これからも現状に甘んじるか。「大綱」に謳われていることが現実となっていくならば、やがて快適な高齢者社会が実現する。が、単なる理念だけなら、高齢者及びその予備軍は反旗を翻すことになるかもしれない。職務機会が均等に開かれていない、同一労働なのに同一賃金ではない、能力や意欲を無視した単一労働の雇用だ―、これらはいずれ未払残業代に見られるように、訴訟につながることも十分考えられる。

かつて、世界のホームラン王ベーブルースは、そのキャリアを終えようとしていた頃、満塁で打席に立った。その時、若手のチームメートから罵声があった。「老いぼれ、さっさと引退しろ!」 味方にやじられながらも、ルースは黙々とバットを振った。ボールはフェンスを越えた。こんなのは、マグレでできるものではない。

イチローとベーブ・ルース。大天才たちと比較するなと言われるかもしれない。それでも、これは言える。
――人には、その年齢や経験、能力、そして風格にあった居場所というものがあるものなのだ。

【参考記事】
■鑑定番組に見る骨董収集家と投資家のこころ (野口俊晴 ファイナンシャル・プランナー)http://sharescafe.net/52864156-20180130.html
■今さら聞けない退職金 「今」もらうか、「後」でもらうか (野口俊晴 ファイナンシャル・プランナー)
http://sharescafe.net/52674052-20171226.html
■ノーベル経済学者に学ぶ年金のもらい方 (野口俊晴 ファイナンシャル・プランナー)
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■転職貧乏で老後を枯れさせないために個人型DCを勧める理由(野口俊晴 ファイナンシャル・プランナー)
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■税の優遇だけでは語れない確定拠出年金のメリット(野口俊晴 ファイナンシャル・プランナー)
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野口俊晴 ファイナンシャル・プランナー TFICS(ティーフィクス)代表





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