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ANAホールディングス (以下、ANA)は、2018年3月に、「AVATAR(アバター)の基礎技術を集約・発展させ、AVATARで人々を繋ぎ、世界をより良くすべくイノベーションを加速させていくこと」を目的として、「ANA AVATAR VISION」を発表した。

AVATARは、その場に行くことができない人と遠く離れた場や人をつなぐ技術であるが、ANAの航空事業からすれば、飛行機を利用せずとも旅行気分が味わえてしまう疑似体験技術は脅威でしかないはずである。通常の企業であれば、自社内の他事業部の脅威になるような商品やサービスアイディアが企画されたとしても、日の目を見ることはない。ましてや、その企業の創業事業や、企業の屋台骨を支えてきたメイン事業と競合するのであれば尚更であるが、ANAがこの技術を推進する目的を探ってみたい。

■AVATAR PRIZEへの取り組み
ANAは超スマート社会の実現に向けた取り組みの1つに掲げる瞬間移動手段を実用化するため、XPRIZE財団とのパートナー契約を2016年に締結しており、同財団が主催する国際賞金レースに採用されている。賞金総額は日本円にしておよそ10億円で、100を超えるチームがAVATAR技術の開発に取り組むことで、その技術進歩を加速させている。

ANAが目指すものとは以下の通りであるという。
時間、距離、文化、年齢、身体能力など様々な制限に関わらず「移動」できる技術を通し、例えば医師や教員が不足している地域や、人間が立ち入れない災害現場等でのアバターの活用等を通じて社会的な課題解決への貢献を目指す。VR、ロボティクス、センサー等、最先端のテクノロジーを用いて、異なる複数の場所にあたかも自分が存在し、物理的に物を動かしたり触ったりできるテクノロジーの実現(『ANA AVATAR VISION』が始動します! ANAグループ企業情報 2018/03/13) 

 
すでにANAは、最初のステップとして、遠隔地での釣りやダイビング体験を可能にしている。釣りでは、手元で操作した竿の動きが遠隔地に設置された釣り竿に同期し、現地の釣り竿にかかった魚の力がユーザーの手元にリアルに伝えられるという。釣りあげた魚をユーザーの元へ配送するサービスも検討されているという。また、沖縄県の美ら海水族館の大水槽と羽田空港をつないで遠隔地からの鑑賞も可能にした。

これら技術の進歩にも驚くばかりであるが、このような技術を開発し世の中に浸透すれば、実際に現地に行かずともこれらの技術を利用して旅行気分を満喫してしまう層が生まれて来る可能性がある。そうなれば、ANAの沖縄路線の収益に少なからず影響がでることも懸念される、と考え、通常このような技術の推進は積極的には行われない。実際にある国内航空会社の新規事業開発では、同様の技術に関してのアイディアはあったが、自社事業への影響を懸念して検討を見送ったという話もあるようだ。

■盟友JALとの体制の違い
JALは単一の航空運送業であるため、その事業を毀損するような商品・サービスへの着手は、社内的に非常に困難であろう。その点、ANAはホールディングス化しているため、航空運送事業を行う全日空の事業が一部毀損しようとも、ANAホールディングス全体として利益が得られるのであれば良しと考える体制を築いている。

これは、LCC事業についても言えることで、子会社であるPeachやバニラが国内線でシェアを高めていくことで、一部全日空の航空事業の成長が滞ったとしても、ホールディングスとしての全体利益に寄与していれば良いという判断が可能となる。(そのため、ANAが行うLCC事業は、顧客ニーズや競争から生まれた生粋のものではないため、LCCとしては常にANA HDを見据えた事業となっており、国内の航空市場に風穴をあける存在としてはあまり期待できないのだが)

■JALとANAが見据える未来の違い
一方のJALは、アメリカのベンチャー企業に出資し、マッハ2を超える超音速旅客機の開発を後押ししている。(「ゲームチェンジャーとして加速するJAL」参照)航空運送業をあくまでも人やモノの「移動」と捉え、その移動を更に早くすることで、顧客の利便性を向上させる未来を創ろうとするJALに対し、AVATAR技術を推進し、瞬間移動を確立することで、そもそも移動する必要がなくなるような未来を築こうとするANA。これまで市場に出回る航空機を使い、機内サービスの多少の違いで差別化を図ってくるのみであった両社が、航空運送業に対する考え方に大きな違いが生じた瞬間が、ここに垣間見えたのではないだろうか。

大企業である両社にとっては、これらの事業にかける10億円程度の金額は軽微なものではあるが、いまは小さいながらも、新しい技術を選択したその背景には、大きく異なる未来を描く両社が存在している。記憶にも残らない小さなサービスやイベントの企画等よりも、日本の空にはこのような顧客価値を大きく変化させる競争を、これからも大いに期待していきたい。

【参考記事】
■スキー場の競争戦略~生き残りをかけた戦い~(森山祐樹 中小企業診断士)
http://sharescafe.net/52532940-20171130.html
■ゲームチェンジャーとして加速するJAL(森山祐樹 中小企業診断士)
http://sharescafe.net/52699273-20171229.html
■アメリカン航空に学ぶ「捨てる」勇気(森山祐樹 中小企業診断士)
http://sharescafe.net/50552975-20170131.html
■地域航空が国鉄に学ぶべき理由(森山祐樹 中小企業診断士)
http://sharescafe.net/49893178-20161031.html
■星野リゾートとリッツカールトンの戦略の違いとは(森山祐樹 中小企業診断士)
http://sharescafe.net/49185987-20160729.html

森山祐樹 中小企業診断士


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