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経団連会長が、現行の採用選考に関する指針(就活ルール)を将来的に廃止する意向を示した。

経団連の中西宏明会長は3日の記者会見で、2021年春以降入社の学生の採用活動に関し、大企業が中心の会員各社を対象に面接の解禁時期などを定めた就職活動ルール(採用選考に関する指針)を廃止する意向を表明した。
~中略~
現在の就活ルールは、3月に会社説明会、6月に面接をそれぞれ解禁し、20年春入社まではこれを適用することが決まっている。
就活ルール廃止を=21年春以降入社から―経団連会長 2018/09/03 時事通信


記事によれば、経団連会長は同時に「新卒者の一括採用など現在の雇用慣行に疑問を呈した」という。

筆者は前職にて人事・採用の担当者として新卒採用の業務に携わっていたほか、現在はキャリア担当の大学教員として学生と社会との橋渡しを行っている。その双方の立場や経験を踏まえながら、本件を考えてみたい。

■「まじめな企業がバカを見る」現在の就活ルールとは
前掲記事の通り、現在の就活は実質3年生の3月にスタートし、同時にリクルートやマイナビが主催する合同企業説明会が開始される。就活生の多くはそこで複数の企業と接点を持ち、6月から面接等の実質的な選考が開始される、という名目だ。

「名目」という言い回しをしたのには理由がある。第1には「現在の就活ルールは経団連が指針として定めたものであり、経団連未加盟の企業には拘束力がない」こと。第2には「現在の就活ルールが一部形骸化している」ことである。

前者について、経団連に未加盟の企業(例えばベンチャー企業や外資系の企業等)は、就活ルールにとらわれずに様々な機会を設けて優秀な学生と接点を持っている。ある企業では、優秀な学生に1年生のうちから卒業時まで有効の「内定パス」を進呈するという。就活ルールを順守すれば、こうした企業に優秀な学生を奪われてしまう、というわけだ。

後者については、経団連加盟の企業でも、例えば「企業研究セミナー」や「企業研究会」などと銘打つことで、面接選考解禁前に学生と接点を持つ企業が多く存在するという指摘がある。「これはは選考の場ではなく、情報提供の場ですよ」というロジックだが「6月の選考解禁日当日に内定」という現象から、これらが実質的な選考の一環となっていることは明らかだ。現在の就活ルールがザルである、と言われる所以でもあり、本件は形骸化しているルールを廃止して現状を追認する意味合いが強い、と言えるだろう。

■就活ルールは、目安としては十分に機能していたのではないか
とはいえ就活ルールの日程は、企業・学生双方にとって「大まかな目安」として十分に機能していた。多くの大企業は、3月の就活解禁を目標に自社の採用戦略を練り、関係部署や役員等の日程調整を行ったうえで6月以降の選考開始に臨むことができた。中小企業では、6月以降大企業の選考に漏れた学生をターゲットに採用活動を行えることから、大企業との日程的なバッティングを避けるとともに、採用におけるコストを最小限に抑えることができた。

同様に学生も、特に売り手市場である昨今は、就活ルールの日程にさえ乗り遅れなければ内定を得ることは十分可能であった。就活ルールについては極力学生の学業に影響を与えないよう、大学や国の要請により設定されていたという事情もある。

以上のように現在の就活ルールは、企業側からすれば限られたリソースを効率的に投資する目安ととしては十分に機能しており、学生側からすれば将来的な無職無収入を避けるための仕掛けでもあったと言えるだろう。学生を社会人として就職させることは、税収の確保や治安の維持などの面からも必要不可欠だ。もちろん最初からルールに乗らない企業や、ルールを無視する企業が得をしうる欠陥があったわけであるが。

■採用の多様化と学生への支援が求められている
それでは就活ルールを廃止することで、当事者である企業(人事担当者)や学生にはどのような影響があるのだろうか。

まず元人事・採用担当者の目線から言えば、単なる就活ルールの撤廃だけでは混乱を招く恐れがある。特に大企業であればあるほど採用に投資するコストは膨大である。採用日程がフリーハンドになるということを、各企業が通年採用を行うことと定義すれば、これまで限られた期間でよかった採用の業務を常時行わなければならない。採用に関する戦略をゼロベースで再構築する必要に迫られる。

とは言え、現行も中・長期のインターンシップを経ての採用を行う企業も多くある。要は採用活動の多様化という点で、企業側には多くの先進事例に学ぶ姿勢が求められる、ということに尽きるのではないか。加えて、労働環境の整備や福利厚生の充実などのPRも欠かせなくなるだろう。採用プロセスや自社の制度面で独自のウリを探し出す努力が必要だ。

人材難にあえぐ中小企業も、これまで以上に採用活動が難航することは必至だろう。大企業が通年採用を行うとすれば、これまでのように時系列で採用活動を展開できなくなる一方、採用担当者が他の業務も兼務している状況が想定されるからだ。大企業以上に、多様で機動的な採用活動が求められるが、言うは易し、行うは難し、といったところか。

採用の多様化と言えば聞こえはいいが、各社が独自の採用活動を展開する以上、キャリア意識の低い学生ほど、就活に翻弄される恐れがあるのは言うまでもない。これまで敷かれていたレールが複線化するのだから、ただぼーっと乗っかればいいというわけにはいかず、放っておけば職にあふれる学生も少なからず出てしまうだろう。これまで以上に支援が必要だ。

■誰もが「働く経験」をできる仕掛けづくりが必要だ
経団連会長は「新卒者の一括採用など現在の雇用慣行に疑問を呈した」という(参照 前掲記事)。

新卒一括採用を前提として現在の採用においては、多くの学生は実際に働くことなく就職先を決定することとなる。企業側も面接等の極めて短時間で、一緒に働く仲間を決定せざるを得ない。これは1回のお見合いのみで結婚を決めるようなもので、新人が入社後ギャップに悩んだり「なんでこんなやつを採用したんだ」という現場からクレームが発生するのもやむを得ないだろう。

現在の就活ルールの大前提である新卒一括採用等の雇用慣行にメスを入れる、ということであれば、例えば学生に中長期のインターンシップを義務化する等の大学教育改革とつなげてはどうだろうか。これは、教員を目指す学生が必ず教育実習を行うのと同様の発想だ。大多数の学生が企業や官公庁に就職するのだから、実際に職場で働くという体験は、学生のキャリア形成上極めて重要で教育的であると言えるのではないか。

もちろん大前提として、学生の本文である学業に悪影響を与えないための制度設計が必要なことは言うまでもない。もっとも上述の通り現在でも長期休暇等を利用したインターンシップは行われており、教育実習が学業に悪影響を与えるということもないのだから、やり方次第であることは間違いないはずだ。

学生に社会の実態を知らせずして実社会に送り出していた現在の就活が、異常と言えば異常であったのだ。本件の就活ルール撤廃を企業における採用活動や学生へのキャリア支援を再考するうえでの契機としたい。

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後藤和也 大学教員 キャリアコンサルタント

【プロフィール】
人事部門で勤務する傍ら、産業カウンセラー、キャリアコンサルタントを取得。現在は実務経験を活かして大学で教鞭を握る。専門はキャリア教育、人材マネジメント、人事労務政策。「働くこと」に関する論説多数。

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