0123_榊裕葵

インフルエンザが猛威をふるっています。先日は駅のホームから利用客が転落死した事件が発生しました。その原因がインフルエンザではないかとも言われています。

社労士である筆者もインフルエンザによる欠勤に関する相談を受けることが少なくありません。


今回はインフルエンザで会社を休む場合、有給扱いになるのか、無給扱いになるのか考えてみたいと思います。

■原則は「ノーワーク・ノーペイ」
最初に確認しておきたいことは、労働基準法は「ノーワーク・ノーペイ」の原則があるということです。賃金は労働の対価として支払われるべきものであり、労働の提供が無かった日は賃金が支払われないことが大原則です。

この原則を踏まえるとインフルエンザで欠勤した日は賃金が支払われない、すなわち「無給扱い」が法的には出発点になります。

しかし、インフルエンザで欠勤しても「有給扱い」となる場合がいくつかあります。働く人は自分の権利を守るため、どのような場合に有給扱いになるのかを覚えておいてください。具体的に有給扱いになる場合は3つあります。

■「有給扱い」となる3つのケース
第1は、有給休暇を申請した場合です。

有給休暇は、働く人が好きなときに取得できることが原則であり、取得の理由や目的も自由です。有給休暇の残日数があればインフルエンザで勤務できない期間を有給休暇で処理することが可能です。

ただし有給休暇は遅くとも前日までの事前申請が原則です。当日の申請や事後申請は会社が恩恵的に認めた場合を除き認められません。ですからインフルエンザにかかって有給休暇を使用したい場合は迅速に会社へ申し出るようにしましょう。

逆に会社がインフルエンザで休んだ日を、本人に確認せず勝手に有給休暇消化日扱いにすることもできません。

また、有給休暇は企業規模に関わらず、勤続6か月以上で出勤率が80%以上なら必ず発生します。筆者は個人の方から「うちの会社は零細だから有給休暇の制度は無い」と事業主に言われたという労務相談を受けたことがありますが、勘違いか確信犯かは別にしても、事業主が間違っています。

第2は、就業規則等に「インフルエンザ休暇」の定めがある場合です。

就業規則に「インフルエンザ休暇」が規定されていることがあります。会社によって内容は様々ですが、「インフルエンザの診断書に基づいて休む場合は有給扱いにする」「インフルエンザによる欠勤○日までは賃金を支払う」等と定められていることがあります。

上司や給与計算担当者が規定失念している場合もありますので、何らかのルールがないか確認しておきましょう。

第3は、完全月給制や満額保証の年俸制で雇用契約をしている場合です。

通常はあまり意識されていませんが、月給制の給与形態は厳密に言うと「日給月給制」と「完全月給制」の2種類が含まれています。

日給月給制は、欠勤をした場合に日割りでの欠勤控除が認められます。完全月給制は、就労時間数や就労日数に関わらず満額を保証する月給制ですので、インフルエンザによる欠勤を含め、欠勤控除は許されません。

年俸制においても、年俸を分割して毎月支払われることになります。退職するようなことが無い限り満額保証が前提の年俸制であれば、インフルエンザによる欠勤控除は許されません。

一般的に従業員に適用されているのは「日給月給制」または「欠勤控除ありの年俸制」、管理職やプロフェッショナル職に適用されているのは「完全月給制」または「満額が保証されている年俸制」です。

ただし雇用契約書や就業規則から読み取れず曖昧になっていることも少なくありません。どちらの制度が適用されるか不明な場合は、会社の労務担当者等に聞いて確認しておきましょう。

■無給扱いでも一定の補償を受けられる場合
上記に加え無給扱いでも一定額の補償を受けられるケースが2つあります。

第1は「休業手当」の支払いを受けられる場合です。

労働基準法第26条には「休業手当」という制度が定められています。働く人が会社側の責任によって就労できなかった場合まで「ノーワーク・ノーペイ」の原則が貫かれると、常識的に考えても不公平です。したがって、会社は平均賃金(過去3か月の賃金を平均して日給換算した額)の60%以上を休業手当として支払わなければなりません。典型的な事例としては、機械の故障のため工場が操業停止となり従業員に自宅待機を命じるような場合です。

インフルエンザのケースにおいては、「鳥インフルエンザ」のように法律上の就業制限があるインフルエンザに感染していれば、会社の責任を論ずるまでもなく当然に自宅静養が必要になります。会社が出勤停止を命じたとしても、本人は会社に休業手当を請求することはできません。

これに対して季節性のインフルエンザでは自宅待機を命じる法的根拠がありません。したがって会社の判断で出勤停止を命じた場合、休業手当の受け取りが認められることもあります。

具体的には医師から出社可能の診断書が出ているにもかかわらず、会社からなお自宅待機を命じられた場合、家族がインフルエンザに感染していることを理由に従業員本人も念のため自宅待機を命じられたというような場合です(経営者側の人は納得できないかもしれませんが)。

ただし、医師の診断書に反して出社しようとしたり、高熱で正常な労働を提供できないにも関わらず無理に出社をしようとしたりする場合は別です。会社は「不完全な」労働の提供を受領する義務はありませんので、従業員に自宅待機を命じても、これに対する休業手当は発生しないことには注意が必要です。

このようなケースは雇用契約に付随する使用者の「安全配慮義務」の観点からも、体調不良の社員を会社が働かせてはならない法律上の正当性が説明できますので、やはり休業手当の支払いは発生しないということになります。

■公的保証が受けられる場合も
第2は、健康保険から「傷病手当金」が支払われる場合です。

傷病手当金とは、私傷病により勤務ができず、これに対する賃金が支払われない状況が3日以上連続して続いた場合に4日目以降、最大1年6か月まで元の賃金の約3分の2が支払われる制度です。

インフルエンザによる就労不能が4日以上になった場合は、加入している健康保険制度に対し、傷病手当金の請求をすることができます。傷病手当金の対象とならない1日目~3日目までは有給休暇を利用し、4日目以降は傷病手当金を申請するという「合わせ技」も可能です。

人それぞれ生活がありますので、減給を避けるために無理を承知で出勤をするという考え方も全否定はできません。しかしインフルエンザを悪化させてしまったり、同僚にうつしてしまったりすることは望ましくありませんから、金銭面においては、この傷病手当金があることも忘れないようにしてください。

冒頭で紹介したインフルエンザによる体調不良で駅のホームから転落したようなケースもありますので※、通勤途中の安全確保という観点からも無理な出勤は控えるべきです。
※執筆時点ではインフルエンザの罹患は確認出来ているものの、転落の原因かどうかは未確定のようです。

■まとめ
インフルエンザにかかってしまった場合、無理をせず、まずは体調の回復を最優先すべきであることはいうまでもありません。その際、金銭面での心配をしないで療養に集中できるよう、有給扱いにできる場合や、傷病手当金などで補償を受けられることを覚えておくと良いでしょう。

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榊裕葵 ポライト社会保険労務士法人 マネージング・パートナー 特定社会保険労務士・CFP

【プロフィール】
上場企業の経営企画室等に約8年間勤務。独立後、ポライト社会保険労務士法人を設立。勤務時代の経験も生かしながら、経営分析に強い社労士として顧問先の支援や執筆活動に従事。近年はHRテック普及支援にも注力。

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