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ヤマト運輸は、一昨年秋に値上げをしました。その結果、利益を稼いで従業員の待遇を改善にも成功。宅配便業界のライバルたちも、この動きに追随しました。皆が値上げをしたので各社とも客数の激減に見舞われず、順調に利益を稼いで従業員の待遇を改善できているわけです。

筆者は、こうした動きが遠からず他の業界にも広がると考えていましたが、現在までのところ、なかなか広がっていません。思った以上に値上げの広がりに時間がかかっている理由を考えてみました。

コスト構造の違い、ビジネスの性格の違い、競合他社の違い、といった要因に分けて考えてみましょう。

■宅配便は人件費の比率が高く、飲食店は変動費率が低い
ヤマトホールディングスの2018年3月期の連結決算を見ると、デリバリー事業の営業収益の6割弱は人件費であり、1割強の「委託費」にも実質的な人件費が相当含まれている模様です。一方で、飲食店の人件費は売上高の3割を目安とせよ、と言われています。

したがって、労働力不足による賃金上昇の影響を大きく受けるのは飲食店よりも宅配便であると言えるでしょう。これは、宅配便に比べて飲食店は賃金上昇によるコストプッシュ・インフレが起きにくいということを示唆しています。

今ひとつ、飲食店は客が減ることを大変恐れます。宅配便は客が減って収入が減ったら雇っているドライバーの数を減らしてコストを減らせば良いので、客数の減少をそれほど恐れませんが、飲食店は売り上げに占める変動費の割合が低いので、客が減って売り上げが減ってもコストがあまり減らず、利益が減りやすいのです。ちなみに飲食店の材料費(変動費)は売上の30%が目処だと言われているようです。

そうしたコスト構造の差を考えると、「宅配便が賃金上昇で値上げをしたから、飲食店も真似するはず」と考えるのは、少し気が早いかも知れませんね。もちろん「背に腹は代えられない」と考えた飲食店が遠からず値上げをせざるを得なくなるという大筋の考え方は変わりませんが。

■客を断れないという宅配便の苦しさが値上げを可能に
宅配便と飲食店の大きな違いは、宅配便は客を断れない、ということです。法律的には断れるのかも知れませんが、実際問題としては、客が持ち込んだ荷物や集荷依頼の電話に対し「忙しいから受け付けません」とは言いにくいでしょう。

したがって、労働力不足で荷物が運びきれない時には、値上げするしか選択肢が無いわけです。「来た客は断れないのだから、客に来ないでもらうしかない。値上げをして客が減るなら、有難い」というわけですね。他業種から見れば贅沢な話に聞こえますが(笑)。

値上げすれば収入が増えて高いバイト代が払えるから他社から労働力を奪い取って来られます。需要が減って供給力が増えれば、労働力不足の問題は簡単に解決できるわけです。

飲食店は事情が異なります。「スミマセン。満席です。少々お待ちください」と言えば良いのです。客が待つか帰るかは客次第ですから、客に帰られてしまうリスクはありますが、それさえ我慢すれば、値上げをする「必要性」は無いわけです。

一方で、飲食店が値上げをすると、客が逃げます。飲食店はピーク時だけが忙しいので、ピーク時でない時の客には逃げて欲しくないのです。なぜなら、上記のように変動費が低いため、反対の視点から見ると固定費の負担が重いため客が減ると利益が減りやすいからです。

したがって、値上げをしてピーク時でない時の客を逃してしまうくらいなら、値上げをせずにピーク時の客を取り逃がす方がマシなのです。

宅配便には時間指定の無い荷物が多いので、原則としてピーク時が無く、いつでも忙しいため、「とにかく客の総数を減らす」ことが重要なのですが、飲食店は事情が異なるのです。理論的には「値上げをするのではなく、ピーク時だけ割増料金を取る」のが良いのでしょうが、実際には難しいでしょうから。

■実際には報道が飲食店をビビらせている面も
飲食店にとっては、自社の値上げを検討する際に最重要な情報が「他社が値上げをした時に何が起きたのか」です。そこで問題なのが報道です。最近の例では、「焼き鳥チェーン店の鳥貴族が値上げをして客足が遠のいた」という報道が目につきます。

鳥貴族は1昨年の10月に値上げをしましたが、実際の鳥貴族の既存店の来店客数を見ると、値上げ直後はそれほど減っておらず、次第に前年比の減少率が高くなっています。そして、値上げ後1年を経過した昨年10月以降も、前年比のマイナスが続いているのです。

これは値上げが来店客数の減少の主因では無い、ということを示唆しているように思えてなりません。たとえば、鳥貴族の成功を見てライバルたちが真似をしたために客を奪い合う、といったことも起きていますが、そちらの方がより強い原因かもしれません。

にもかかわらず、「値上げは怖い。鳥貴族の失速を見よ」といった報道が数多く見られるわけで、これが他の飲食店の値上げ恐怖症を深刻化させているのだとしたら、とても残念なことだと言えるでしょう。

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塚崎公義 久留米大学商学部教授

【プロフィール】
日本興業銀行(現みずほ銀行)にて、主に経済関連の調査に従事した後、久留米大学に転職。趣味は、難しい事を平易に解説する文章を書く事。SCOL、Facebook、ブログ等への執筆のほか、著書も多数。

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