0217_榊裕葵

先日、中日ドラゴンズに所属する松坂大輔投手がファンサービスとしてハイタッチを行っていた最中に、ファンから右腕を引っ張られ、右肩を負傷したという衝撃的な事件が発生しました。

松坂選手は沖縄で行われている春季キャンプを離脱して治療と調整を行うものの、開幕戦には間に合わないということです。

握手会など、ファンと直接触れ合う機会を提供するビジネスは少なくありません。その課題について考えたいと思います。

■プロ野球選手がファンと直接接触する危険性
ファンとの接触による危険性は以前からも懸念されています。たとえば西武ライオンズでは、ホーム球場であるメットライフドームでの勝利後に、選手が観客席の間の「ビクトリーロード」を通り、選手とファンがハイタッチできる機会を設けています。その際、選手の手を握ったり引っ張ったりしないよう、球団のホームページ等で繰り返し呼びかけています。

しかし、ファンに呼びかけて自主規制を求めるだけで、本当に安全を確保し、選手を守ることができるかということには疑問があります。現地に警備員を配置していたとしても、試合後の興奮や熱狂、群集心理などの影響で、ハイタッチの瞬間に突発的に起こったアクシデントへの対応は難しいでしょう。

プロ野球の球団としては、ファンサービスの充実は営業活動の一環として重要です。しかし、そのために選手に過度の負担を与えたり、危険にさらしたりしていないか、今一度考えてみるべきかもしれません。

私のような社労士が専門としている労働法の分野においても、会社は利益を追求して営業活動を行うことは当然ですが、そのために労働者に過重労働をさせたり、労働者を病気や怪我の危険にさらしたりしてはならないという考え方を基本にしています。

■ファンとの接触はスポーツ選手にとってハイリスク
この点、プロ野球選手は法的には労働者ではありませんが、生身の人間であることには変わりありません。選手の安全は労働者と同じく、しっかりと守られるべきです。もっと言えば、プロ野球の選手は自分自身の身体が生活の糧を得るための商売道具であるわけですから、むしろ一般の労働者以上に安全に配慮されるべきです。

そのことは、球団関係者も重々分かっているはずです。しかし、ファンサービスを考えるあまり、選手の安全がおろそかになってしまう場面が生じているのかもしれません。

確かに、プロ野球のファン離れに歯止めをかけたり、球団の売上を伸ばしたりしていくことは、選手への年俸の支払いにも直結することですから、非常に大切です。しかし、選手を危険にさらしてでも、ファンと選手が接触する機会を増やしたり、接触距離を縮めたりすることが最善の施策なのかは一考の余地があると筆者は考えます。

実際、プロ野球選手に限らず、スポーツ選手の身体は非常にデリケートなものだと思います。選手は、最善のパフォーマンスを発揮できるよう、入念な調整をしているでしょう。人によっては高い費用を自腹で負担してパーソナルトレーナーを雇っているほどです。そのような選手の身体を安易にファンに触れさせること自体が、いくらファンサービスとはいえ、本当に必要なことなのでしょうか。

身体の直接の接触を禁止したとしても、他の形でファンサービスのイベントを充実させることや、試合のテレビ中継の工夫やインターネットコンテンツを充実させるなど、打てる手は色々とあるのではないでしょうか。

仮にファンと直接接触するイベントを行うにしても、無秩序にサインや握手を求めるような状況を避け、球団主催のサイン会などコントロールされた状況下での接触イベントを充実させ、球場から宿舎までは選手が安全に移動できるように配慮するなど、メリハリをつけた対応が必要でしょう。

■「会いに行けるアイドルス」にも再考の余地
ファンとの接触という意味においては、アイドルの世界のビジネスモデルにも再考の余地があります。

AKB48が「会いに行けるアイドル」というコンセプトで人気が爆発したのは周知のとおりです。そのビジネスモデルは、乃木坂46や欅坂46といった姉妹グループ、さらには他のアイドルグループにも広がっています。

アイドルがファンと接触するイベントである握手会には大勢のファンが押し寄せます。握手会は厳重な警備のもと行われますが、それでも2014年にAKB48の川栄李奈さんと入山杏奈さんがのこぎりを持った男によって負傷させられた事件を筆頭に、2017年の欅坂46握手会での発煙事件など、アイドルを危険にさらす事件がたびたび発生しています。

私自身も何度かアイドルの握手会に足を運んだことがありますが、大半のファンは危険行為をしないのはもちろんのこと、ルールを守って握手会に臨んでいます。しかし、数万人の中に1人でも危険行為をするファンがいたらアイドルの生命や身体にリスクが生じます。危険行為とまでは言わずとも、暴言によりアイドルが精神的なダメージを受けて握手会が中断されることもしばしばあります。

筆者自身も乃木坂46のファンなので、もし握手会が無くなったら寂しいと思うかもしれません。しかし、アイドルの安全にはかえられないという気もします。

■過酷な握手会の実態。
また、乃木坂46のような人気グループでは、握手会は丸1日行われますから、アイドルの疲労や健康面の問題も心配されます。プロ野球選手と同じ話になりますが、やはりアイドルも生身の人間です。

プロ野球選手のように、握手で肩を痛めてピッチングができなくなるというリスクは無いかもしれませんが、コンサートやテレビ出演、ミュージックビデオの撮影などの合間を縫って握手会が詰め込まれているなど、握手会がハードスケジュールの一因となっていることは否定できません。

もちろん握手会だけを悪者にするわけではありませんが、松田聖子さんや広末涼子さんといったAKB48ブレイク前の時代のアイドルには握手会が日常的にあったわけではありませんので、現代のアイドルは心身の負担が増えていると言えます。

実際、AKB48や乃木坂46の握手会でも、直前や当日に体調不良で欠席をするメンバーは珍しくなく、明らかに体調不良をおして握手会に参加しているメンバーもいます。中には心無い暴言をアイドルにぶつける人もいて、そういった面でも度々トラブルが起きてはアイドルの負担になっています。

健康を害してまで握手会を行うことは、アイドル本人もファンも望んではいないでしょう。しかし、握手会の人気が総選挙の順位やCDの選抜入りに直結するというビジネスモデルが、アイドルに無理を強いる構造になっているのではと懸念します。

■まとめ
アイドルやプロ野球選手の安全を守るためにも、ファンとの距離について今一度見直すことが必要です。過重労働にならないよう、労働者に対する国の過労死基準を鑑み、1ヶ月の活動が260時間(8時間×20日+残業100時間で換算)を上回らない程度にはスケジュールの調整をしてほしいものです。

労働者の場合は、過重労働や労災で働くことができなくなった 際は、労災保険から一生補償が受けられます。しかし、独立した事業者である多くのアイドルやプロ野球選手は体調不良や怪我で引退しても何の保証もありません。より一層、健康や安全への配慮は必要なのです。

プロ野球球団経営者や、アイドルグループの運営者は、ファンを増やし、収益を確保することはもちろん大切ですが、プロ野球選手やアイドルに身体面・精神面で無理をさせず、安心してフィールドやステージで輝けるよう配慮を尽くしてほしいものです。

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榊裕葵 ポライト社会保険労務士法人 マネージング・パートナー 特定社会保険労務士・CFP

【プロフィール】
上場企業の経営企画室等に約8年間勤務。独立後、ポライト社会保険労務士法人を設立。勤務時代の経験も生かしながら、経営分析に強い社労士として顧問先の支援や執筆活動に従事。近年はHRテック普及支援にも注力。

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