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3月の民間企業の就活解禁と同時に、公務員採用試験についても採用広報が開始された。

そんな中、奈良県生駒市がユニークな募集ポスターを作製したという。

安定だけを求める「終身雇用熱望型」はエントリーしないで-。奈良県生駒市は1日、そんな思いを込めた職員採用試験のポスターを公開した。求めざる人材は他に「机椅子一体型」「思考停止型」「税金泥棒型」。
~中略~
担当者は「市民と一緒に課題を解決していける人材が欲しい。」
「終身雇用熱望型」はごめん 奈良県生駒市がユニークな募集ポスター 産経新聞 2019/03/01


ポスターのデザインは洗剤の使用上の注意を模しており、上記の他にも「安全・安心・安定だけを求める人」には「やけどの危険」などの記載がある。

いわば「公務員らしくない」人材を募っていると言えるが、自治体がこのようなポスターを作製するのにはどのような背景があるのだろうか。かつて試験運営を担当した経験から、変わりつつある公務員試験について考えたい。

■公務員が「公務員らしくない人」を求める理由。
学生を対象にした調査によれば、公務員になりたいと思う理由を聞いたところ、1位が「安定している(79.5%)」、2位が「休日や福利厚生が充実している(66.9%)」、3位が「社会的貢献度が高い(47.9%)」という結果だったという(マイナビ 19卒公務員イメージ調査 2018年1月)。

上記調査では、そのほかの理由でも安定性や待遇の良さが挙げられており、公務員受験生の多くが安定・安心を志向していることがわかる。

一方、公務員の職場では財政難による定員削減や業務の多様化・複雑化により一人一人の負荷は確実に増大している。例えば児童虐待対応で話題となっている児童相談所の現場で働くのも公務員だ。現状では明らかに仕事ができない人や意欲に乏しい人もおいそれとは解雇できないため、仕事ができる人ほど疲弊するという事情もあるだろう。

精神的にタフで、前向きな改善意欲のある人材。現状を打破するには、そのようなスペシャルな人材を投入する必要があり、そのために従来公務員試験を受験しなかった層に何とかして振り向いてもらいたい。上記のポスターにはそんな自治体側の思惑があるのだ。

■ほかの自治体でも進む公務員試験改革
そうした事情は他の自治体でも同様だ。公務員試験は以前から1次試験(筆記試験)が難関であることが有名だが、人材難から筆記試験を廃止する自治体もある。

前掲調査によれば、「公務員になりたいと思ったが、その後志望しなくなった理由」で多かったのが「十分な試験対策ができないと思ったから(50.4%)」が第1位だ。そのほかの回答も「試験の難易度や倍率が高く受からないと思ったから(39.3%)」や「スケジュール上、民間企業への就職と両立できないと思ったから(39.2%)」といった結果で、筆記試験が原因で公務員試験を敬遠している人が多いのは明らかだ。

かねて「筆記試験のウエイトが高ければ頭でっかちな受験生しか集まらない」という批判もあったことから、筆記試験に代わり民間企業の就活でも広く利用されているSPI試験などの導入が広まっているという。

筆者はかつて公務員の筆記試験を経験した。公務員試験運営を担当した経験からも、上記のような公務員試験改革の意図は理解できる。ただし、そこに「戦略性があるならば」というのが大前提だ。人の採用とは組織経営に直結する問題だからだ。

■公務員試験改革に戦略性はあるのか?
冒頭のポスターや筆記試験廃止などの公務員試験改革は「従来公務員試験を受験しない層を取り込む」ねらいがある。シンプルな発想だが、一方で高度な戦略性が求められる。

公務員の仕事は、その殆どが法令や規則に基づいた業務遂行が求められる。難解な筆記試験には批判が多いのは事実としても、それを突破する過程に「コツコツ目標に向かって精緻な業務遂行ができる人材」のスクリーニング機能があったとは言えまいか。

もちろんSPIなどの適性試験でもそうした業務適性などの能力を測ることはできるが、従来の筆記試験合格者とSPI高得点者とでは諸々の志向や潜在能力が大きく異なる可能性がある。果たしてこの点について十分な検討は行われたのだろうか。

これは「新しい酒を古い酒袋に入れる」議論だ。今までと全く違うタイプの若手が増大する可能性があることをリアルに想像したのだろうか。官僚組織にバイタリティ溢れる若者を投入しても、いずれ組織に染まってしまうだけにならないのか。さらに言えば、彼らをうまく使いこなせる人材が組織内にどれだけ存在するのだろうか。

公務員の職場から、法律・規則に従って着実に処理すべき業務がなくなったわけではない。むしろ、スポットライトを浴びるような華やかな仕事はごく一部であり、ほとんどが日の当たらない、地味だが失敗の許されないような仕事だと言えるかもしれない。

そうした職場で活躍する人材と、民間企業で活躍する人材の間に本当に違いはないのか。言い換えれば、単純に民間企業で活躍するタイプの人材を採用すれば職場は変わるのか。

そもそもこうした採用改革は目の前の経営課題に対してどのような人材をもって解決にあたるのかといった話が出発点となり、当該人材確保のためにどのような手段が最適なのか、という議論のはずだ。「まず入り口から変えてしまえ」という発想は雑ではないか。

■「職場を変える」のは現職者の仕事であり、丸投げは許されない。
また、冒頭記事の自治体では「終身雇用熱望型」や「思考停止型」の職員は皆無なのだろうか。

もちろん企業が求める人材像は、多くの場合当該企業に欠けている人材が設定されがちだ。そもそも公務員らしくない人が多い職場であれば、ことさらにそうした人材像を掲げる必要はないはずだ。離職率などは外部から知りようがないが、安心・安定を求める現職者が多いからこそ冒頭のようなキャッチコピーが生まれているとも解釈できよう。

しかし、本来職場の風土改善や職員の意識改革のような大きな仕事は、現にその職場にいる人たちが担うべき仕事ではないのか。その議論をすっ飛ばしてハードルの高い人材像を若者に求めるのは、職場環境改善の若者への丸投げではなかろうか。

将来を担う若者にのみ高いハードルを課すのだとすれば、それは必ずブーメランとなって上司や管理職に返ってくる。むしろ、「安心・安定」を求めて就職してきた若者がいつの間にか、公務員らしからぬバイタリティ溢れる仕事師になるような職場を目指して欲しい。相手に変わることを求めるならば、まず自分から変わるべきだ。

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後藤和也 大学教員 キャリアコンサルタント

【プロフィール】
人事部門で勤務する傍ら、産業カウンセラー、キャリアコンサルタントを取得。現在は実務経験を活かして大学で教鞭を握る。専門はキャリア教育、人材マネジメント、人事労務政策。「働くこと」に関する論説多数。

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