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先日「2019年版世界幸福度報告書(World Happiness Report 2019)」が発表された。初めて発表された2012年に44位だった日本の幸福度は、最新版では58位と過去最低、先進7か国では最下位だ。(国連「持続可能な開発ソリューションズ・ネットワーク」より)

この結果をどう見るかはさておき、そもそも幸福度とは一体何なのだろうか?

■幸福度とは何か
国連版幸福度について、時事通信はこう報じている。
報告書は各国の1人当たりの国内総生産(GDP)や社会支援、健康寿命、寛容さなどを基準に16~18年の幸福度を数値化し、順位付けした。
日本の幸福度58位に低下=首位は2年連続フィンランド-国連報告書 時事通信 2019/03/21

だが、これは説明不足だ。実際には、アンケート(※)で得た主観的幸福度に関する回答を、国ごとに平均したのが国連版幸福度だ。主観的幸福度とは、本人が感じる幸福感を何らかの方法で測定したものである。(※ 各国各年の調査対象は約1000人で、前年までの3年間が集計の対象となる。)

報告書で主観的幸福度の測定に用いたのが、「キャントリルの梯子(the Cantril ladder)」の質問だ。回答者は、「ありうる最悪の人生」を梯子の0段目、「ありうる最高の人生」を梯子の10段目と考え、現在自分がその梯子の何段目にいるのかを答える。「理想の人生」の現在の達成度を問う質問だ。評価の“ものさし”となる最悪や最高は、回答者自身が設定する。

その上で報告書は、 (1)一人当たりGDP、(2)社会的支援、(3)健康寿命、(4)人生選択の自由度、(5)寛容さ、(6)腐敗認知度等との関係を分析し、幸福度がそれぞれの指標によってどのくらい影響されるのかを示している。各指標を基準に幸福度を数値化したのではなく、アンケート調査によって与えられた幸福度という指標を、他の6つの指標を使ってどうにか分解してみました、というわけだ。(各指標の内容については、記事末尾の文末注を参照。)

■足を引っ張ったのは「人生選択の自由度」と「寛容さ」なのか
6つの指標に関して、日本の評価はそれほど悪くはない。健康寿命は世界最高水準で、一人当たりGDPも上位だ。腐敗認知度と社会的支援も幸福度の順位よりは良い。それ以外の2つ、人生選択の自由度と寛容さが足を引っ張った、というのがもっぱらの評価だ(参照・日本の幸福度、過去最低の58位 「寛容さ」足引っ張る 朝日新聞デジタル 2019/03/20)。

だが、こうした見方には疑問が残る。

表1では、2年連続幸福度1位となったフィンランドと日本について、幸福度への各指標の影響度を比べている。両者の差を見ると、確かに人生選択の自由度と寛容さは足を引っ張っているのだが、そのレベルは6つの指標の中で特に際立つものではない。では一体なにが、フィンランドと日本の幸福度に大きな違いをもたらしているのだろうか?

0410_本田康博_表1


報告書の分析を信じるなら、その差の大部分は、実際に測定された幸福度とその推計値との誤差だ。この誤差を残差という。表に示すとおり、両者の「残差」の差は、幸福度の差の約7割(=1.315÷1.883)に相当する。

アンケート調査で得られた幸福度と、それを回帰分析と呼ばれる方法で推計した推計値の間には、この残差と呼ばれる誤差が必ず生まれる。一般的な推計の手法では、「残差」の二乗を合計した値が最も小さくなるように、各指標の係数を調整する。調整した結果、すべての国について「残差」がほとんどなくなれば話は簡単なのだが、そうはならないのが普通だ。国連版幸福度のように、他の指標の影響度と比べ相対的に大きくなる場合もある。

幸福度が58位だった日本は、推計値で見れば26位になる。何らかの要因で、推計値よりも幸福度が低くなっているわけだ。こうした傾向は今回に限らず、少なくとも2016年版以降は毎年同じ偏りがある。逆にフィンランドは、幸福度が推計値を常に大きく上回る。

残差の偏りは、幸福度と推計値との関係に偏りがあることを意味している。

■幸福度と推計値の関係は偏っている
日本とフィンランド以外にも、幸福度と推計値に“常に”大きな乖離が見られる国は少なくない。これを一覧にしたのが表2である。国ごとの偏りに加え、西欧、北米、中南米、オセアニア等で幸福度が推計値より大きく、逆にアジアや中東では幸福度の方が小さく測定されるという、地域ごとの偏りもありそうだ。

0410_本田康博_表2


こうした偏りが生まれる要因としては、
(1)6つの指標以外の他の要因が幸福感に大きく影響している
(2)6つの指標の中に特定の国・地域でだけ幸福感への影響度が異なるものがある
(3)国・地域特有の要因が幸福感に大きく影響している
(4)幸福感とは無関係な理由で「キャントリルの梯子」の質問への回答が偏る国・地域がある
等が考えられよう。

これらの要因を具体的に明らかにするのは簡単ではないが、偏りの主因は(4)の「幸福感とは無関係な理由」ではないかと筆者は考えている。質問の内容にかかわらず採点方式アンケートへの回答に現れる傾向が、国や地域ごとにあるのではないだろうか。

■「どちらでもない」「わからない」が多い国、日本
他国と比べ「どちらでもない」や「わからない」といったハッキリ白黒をつけない回答を好む人が多いのは、国際比較調査等で頻繁に見られる日本の特徴だ。こうした傾向を、ここでは「どちらでもないバイアス(偏り)」と呼ぶ。

一例として、ギャラップ・インターナショナル・アソシエーションが毎年末に発表している「グローバル・エンド・オブ・イヤー・サーベイ」から、「自分自身に関して、今年と比べ来年はどうなると思うか?」という選択式アンケートの調査結果を見てみよう。

0410_本田康博_グラフ


グラフは、「良い/悪い/変わらない/わからない」の4つの選択肢について、その比率を国ごとに集計した結果から「変わらない」と「わからない」だけを抜き出し、日本とその他の調査対象(50か国)を比較したものだ。日本は「わからない」の比率が他のどの国よりも高く、全体平均の3倍超だった。「変わらない」も多い。グラフの右上隅に近いほど「どちらでもないバイアス」が強いと言えるのだが、そこがまさに日本の定位置となっている。

また、ある顧客満足度の国際比較調査では、「満足」でも「不満」でもなく、「どちらでもない」と答えた比率が他国の約2倍だった。この調査では、国民性等に由来するバイアスによって生ずる回答の偏りを「補正」した上で、国際比較を行っている。そうした「補正」は、学術論文等でアンケート結果の比較を行う場合には、度々行われている。

「どちらでもない」や「わからない」と選択しがちな人が、自身の人生の達成度について0~10で採点するよう問われたとき、どのように回答するか想像してみてほしい。彼らにとって最も答えやすい無難な回答は、おそらくちょうど真ん中の「5」ではないだろうか。

そう考えれば、幸福度調査で日本人の回答が「どちらでもないバイアス」によって中間付近に寄っていると推測するのは、あながち間違いではないはずだ。

■アンケート結果が偏るのは、当たり前
昨年、国内約2万人へのアンケート調査の結果として、日本人の主観的幸福度が「所得」よりも「自己決定」に影響されていると結論づけた研究結果が報道されたことを覚えているだろうか。この調査では、国連版幸福度とは異なる質問ではあるが、主観的幸福度を0~10の採点式アンケートの回答により測定している。(参照・幸福感と自己決定-日本における実証研究 RIETI Discussion Paper Series 18-J-026 2018/9)

「自己決定」を「選択の自由」のように意訳して報じるメディアも多かったが、これはミスリーディングだった。この調査で言う「自己決定」は、高校進学・大学進学・新卒就職の3時点それぞれで、自分の意思で進路を決めたのかを評価した指標である。当然、3時点すべてで自分の意思で進路を決めた場合に最高評価となる。「選択の自由」があったかどうか以上に、「自己決定」する意思の強さが問われる指標だと見るべきだろう。

一方、「どちらでもない」や「わからない」と選択しがちな人たちの「自己決定」は低評価に違いない。となると「自己決定」が低い人の主観的幸福度が低いのか、はたまた「自己決定」が低い人が中間点に近い回答を好んでいるだけなのか、異なる解釈ができてしまう。この興味深い研究結果もまた「どちらでもないバイアス」の影響を受けているのである。

結局のところ、日本でアンケート調査を行えば、調査対象や設問の設定がよほど偏っていない限り、「どちらでもないバイアス」の影響を受けてしまうわけだ。「どちらでもないバイアス」以外の偏りがある場合も当然あるだろう。

今後アンケート結果を見たときは、その中のどこにどのような偏りがあるのか、注意してほしい。それが習慣として身につけば、必ず、どのような問いにも自分の考えを述べられるようになるはずだ。そして、それがきっと、未来のあなた自身の幸福度を高めてくれるだろう。

<文末注>
幸福度を説明するパラメーターとして採用された6つの指標は、それぞれ以下のように決められている。
(1) 一人当たりGDP: 一人当たりGDPの自然対数。GDPは世界銀行「World Development Indicators」から取得。
(2) 社会的支援: 二者択一「困った時にいつでも頼れる友人や親類はいますか?」への回答を平均。
(3) 健康寿命: 世界保健機関(WHO)「Global Health Observatory Data Repository」から取得した健康寿命データを、調査対象期間(2019年版の場合、2016年~2018年)に対応するよう調整。健康寿命とは、生まれてから健康な生活を維持できなくなるまでの期間をいう。
(4) 人生選択の自由度: 二者択一「人生で何かを選択する際の自由度について満足していますか?」への回答を平均。
(5) 寛容さ: 二者択一「先月、寄付をしましたか?」への回答の平均について一人当たりGDPを説明変数とした回帰式で得られた残差。
(6) 腐敗認知度: 2つの二者択一「政府に腐敗が蔓延していますか?」と「ビジネスに腐敗が蔓延していますか?」への回答を平均。

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本田康博 証券アナリスト・馬主

【プロフィール】
現役JRA馬主の証券アナリスト。米系金融グループの統計・データ分析スペシャリストとして、投資の評価やリスク推計を担う。日本初の住宅ローン担保証券等、組成した案件の受賞歴多数。京都大学MBA首席。

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