03_26 野口俊晴

証券会社が株売買の委託手数料を稼ぐため、顧客に株を短期間で売買させる「回転売買」が横行し、問題になっている。顧客の対象は高齢者が目立ち、高額の損失を出している(株「回転売買」横行…手数料総額6400万円も 読売新聞 2019/01/20)。このような手数料ビジネスに証券取引等監視委員会も警告を出しているが、一向になくならない。

なぜ回転売買はなくならないのか? 投資者の心理から分析しつつ、運用にはどこまでリアル感覚を持てばいいか、イメージ感覚でやってはだめなのか、を問い掛けてみたい。

■金融リテラシーの不足からくるのか
資産があれば有効活用した方がいい。しかし損しないためにはリスクを把握しておくことが必要だ。それができない原因の一つに金融リテラシーの不足が挙げられる。ではなぜ金融リテラシー、平たく言えばお金についての知識が欠けてしまうのか。

今の高齢者には十分な金融教育がなされてこなかった面がある。「お金の教育」が学校で行われるようになったのはつい最近のことだ。

そして高齢者層にかぎらないが、これまで会社員でいれば長く勤めることで昇給が続き、それなりの退職金も手に入る時代だった。特に高齢世代が現役の頃は金利も高かったから、運用の知識もさほど必要なく資産が増えた。しかし今では雇用の形はずっと多様化し、社員も正規だけではなくなっている。金利もほぼゼロに近い。

会社を離れて高齢となった者が、今になって自分の力で老後の設計を考えるとなると現実のお金をどう扱っていいかわからない。いくらお金があっても生きていく以上は資産が減り続けていく。そこで老後不安を煽られ手元のお金では足りないと言われると、もっと増やさなければと動揺する。その心理は保有資産の額に関係ない。「金持ち」も不安なのだ。

■お金は血肉の通った生(ナマ)のもの
一般に、人はお金を「現実」(リアル)なものとして見ている。食べるものも着るものも住むことも、皆リアルである。その元になるお金もまたリアル、つまり「血肉の通った生(ナマ)」のものであるはずだ。

シェイクスピアの有名な作品に『ベニスの商人』がある。登場人物のユダヤ商人は、借金のカタに「肉1ポンド」と証文に書いて金貸しをした。紙の上では「1ポンド」という数字でしかないが、1ポンドの肉は心臓1個分の重さである。すなわち、返済が出来なかった時の担保は「死」を意味する。お金は数字ではなく、血肉である。

これを前提にした上であえて言うと、お金はリアル感覚でいては増やすことができないのでは、ということだ。例えば1000万円で株を買うと、その日からリアルな値動きが気になってくる。お金はリアルに値動きしていく。だから、ある日金融機関の担当者から「値を上げていますよ」と言われれば喜ぶし、反面「下がっていますね」と言われれば不安になる。そして「こちらの株の方がいい」と言われれば、鵜呑みにしてしまう人もいる。

■投資の満足度は逓減していく
このように投資する者の心理が動かされるのは、値動きそのものをお金としてリアルにとらえているからだ。と同時に、一種のバイアス(心理的な錯誤)がかかっている。人の心理は、プラスの効用(利益が出ている時の満足度)よりもマイナスの効用(損失が出ている時の不満足度)の方に大きく影響されやすい。特に損失が現実になると思うと、マイナスの効用はより肥大化していき「もっと利益を!」となり、リスクが見えなくなっていく。

さらに、効用(プラスもマイナスも)は逓減していくものだ。最初の利益1万円の満足度に対して次の利益1万円の満足度は少し下がる。さらに次の1万円ではより満足度が下がる。これはお金としてのリアル感があればあるほど顕著に現れる。そして金額が大きいほど人の心は動かされていく。加えて満足度も逓減していくので、より大きな金額でないと今度は結果に満足できなくなる。だから担当者の声にすぐに乗ってしまい、何度も商品を買い替えることになる。

■イメージ感覚による運用とは
ここで最初の問い掛けに戻る。リアル感覚かイメージ感覚か。これはあくまで運用時のお金についての感覚であって、お金は常に現実の生活にリアルな重みを持っている前提は変わりない。

その上で問う。リアルの逆とは何か。イメージである。運用をイメージで考える。これは個別銘柄運用というより、性格の異なる複数銘柄を組み合わせたポートフォリオ運用に当てはまる。ポートフォリオ運用では、リスクを定めてそれに見合う目標リターンを決める。あるいは目標リターンに対してどれくらいのリスクが取れるかを決める。想定より利益が出ることもあれば、損失が出ることもある。大事なことは目標リターンを維持し修正しつつ、リバランス(配分調整)していくことだ。

投資家はこのようにプロによってデータ処理されたものをイメージ感覚でとらえればいい。運用実績を図やグラフ、チャートでイメージ化されたものを見て(思い浮かべて)投資行動を考える。投資銘柄ごとに損得の数字が出るつど金額のリアル感にとらわれていては、適正な投資行動は取りにくい。

ポートフォリオ運用では過去データを元にして、複数銘柄を効率的な配分比率により組み合わせているので、個別銘柄での運用に比べて目標値から外れる可能性は低い。いわゆる「リターン何%、リスク何%」で組まれたポートフォリオをイメージ(表、図、チャートグラフなど)としてとらえていく。これがイメージ感覚による運用である。

■運用の3つの考え方「長期」「遠く」「イメージ」
この考え方による運用法は、(1)「短期で見るな、長期で見る」(2)「近くで見るな、遠くで見る」(3)「リアルに見るな、イメージで見る」である。

(1)の「短期で見るな」というのは、短期間では値の動きが激しいものに映るからだ。1年
の動きより1日の間の方が動きはめまぐるしい。このブレの中で「もっと良い商品があります」と言われると、人の心はころっと動いてしまう。老後資金ともなると、短期の値動きはそのつど本当のお金が動いていると思えて、じっとしていられなくなる。せめて半年より1年、1年より3年の「長期で見る」と(これとて長期とは言えないが)、値動きは意外となだらかなものである。

(2)の「近くで見るな」も、(1)と同義である。近くに寄ってみるほど現象は粗く見える。離れて立つことで全体が見えてくる。「近く」で見える利益や損失を口実に売り買いを迫られても、一歩下がって見ればすぐに行動を移さなくてもいいことがある。これはイメージというフィルターを通すことにより、心理的に冷静さを取り戻すことができるからだろう。理想的には近視眼と遠視眼を交互にして見るといい。

(3)の「リアルで見るな」というのは、たとえ目の前に札束を積んで運用するにしても動揺するなということである。目の前にある自分の札束から数枚抜かれたら誰しも泡を食う。お金は現実の重みが違う。だからリアル感は人の心を揺すぶる。それゆえ、お金の動きをイメージとして見た方がいい。

ただし繰り返すが、お金の本当のリアルさは常に見失ってはいけない。イメージ感覚だけに浸かっていると、現実の損失に対するリアル感が鈍っていき、どんどん負けゲームにはまっていく。それが大損につながる。お金には血肉の付いた生々しさがあるからこそ、それに動揺しない平静さが必要だ。


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野口俊晴 ファイナンシャル・プランナー TFICS(ティーフィクス)代表

【プロフィール】
個別の金融資産の推奨・販売をしないアドバイザリー型のFP。個人のリタイアメントプランを実現するための運用設計およびトータルなライフプランの提案。ほかに働き方、お金に関するアドバイスの提供。

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