0521_野口俊晴

■年金のもらい方はどう変わるか
政府は70歳までの定年延長と継続雇用など法改正案(高年齢者雇用安定法改正)の方針のポイントを決めた(5月15日「未来投資会議」)。この方針では年金改正に直接言及していないが、今年は財政検証の年でもあり、年金支給の70歳引上げ、75歳までの繰下げ幅の拡大、75歳までの厚生年金保険料徴収なども現実味を帯びてきそうだ。

これからの長寿社会では75歳まで働くことの是非が問題ではなく、その年齢まで働かざるを得ないことで、様々な要素が個人生活に絡む。当然、年金をもらう時期も大きな関心事と言える。

その関心事の中でも年金の「繰上げ・繰下げ」の損得がある。簡単に言えば、早めに貰うか遅く貰い始めるか自身で決めること出来る仕組みにおいて、どちらが得かということだ。単純に金額上の損得から言えば長生きをすれば繰下げが得と言える。それも、受給が遅ければ遅いほど得となる。しかし問題はそう簡単ではない。だから受給者の多くが悩むのだろう。なぜ金額の損得で解決できないか見てみたい。

■得なのに繰下げ受給者は少ない
まず、簡単に年金の繰上げ・繰下げについて説明しておく。標準受給資格年齢(現行65歳)を基準に受給を繰上げて早くもらうと1カ月につき0.5%(年6.0%)が本来の受給額より少なくなる。反対に繰下げて遅くもらうと1カ月につき0.7%(年8.4%)が受給額に上乗せされ、それぞれの額が亡くなるまでもらえる。

こうしたことから「人生100年時代」と言われる昨今、長生きをする前提ならば繰下げて多く長くもらう方が得、という結論が一般的だ。それなのになぜ、繰下げ受給者が少なかったのか。厚生労働省資料によると、繰上げ受給者(受給者全体の11.90%)に比べ繰下げ受給者(同1.26%)の方がはるかに少ない(「老齢年金受給者実態調査」平成29年)。

これはどういうことか。繰下げが得だと知らないのか。あるいは年金の仕組みがよくわからないのか。それともわかった上で繰下げないのか。

同省の今年3月の年金部会資料(社会保障審議会)でも、60歳以降の年金のもらい方について、モデルケースとして数パターンが金額入りで図解されている。これを見ると、確かに金額的には「このパターンならこのもらい方がいい」と選択するための一つの指針となっている。だがそれは、どれも標準的な受給額と収入支出で生活するパターンである。標準パターンだから、圧倒的多数の標準以外の人は迷うのである。

■単純な損得では決められない要因がある
金額的な有利さ、つまり金額が得か損かでは解答が出ない。繰下げより繰上げの方が多いという事実を見ても、受給者が迷っているのがわかる。そこには以下のような単純に「損得」では測れない事情がある。

・金額的要因
これはここまで書いたことと重なるが、一般的に年金は65歳を基準として、早くもらうか、遅くもらうか、それとも今もらうか、金額の上でどれが得かというものだ。働き方や世帯収入も絡んでくるが、端的に言えば、上述したように遅くもらった方が得だ。それも寿命が長ければ長いほど得する。

・心理的要因
65歳より早くもらうと、金額が少なくなるのになぜ先にもらいたがるのか。それは損得を実際にもらう年齢から見ているからだ。例えば60歳に繰上げると、実際に60歳でもらう人はその時点での心理が基準となる。つまり標準受給65歳から見て得か損かではなく、60歳の「今」において得か損かという心理でお金をもらいたがる。

これは先の「実態調査」で繰上げ理由の上位にある「減額されても早く受給する方が得だと思った」という心理である。同じ心理で繰下げは金額が増えるが、繰下げ年齢までは1円ももらえないし「今」使えないから得ではないということになる。そう考えると、標準受給65歳の「今」もらう人が圧倒的に多い(86.8%)のもうなずける。
 
・生活的要因
今もらうと得だと思うのは、別の言い方をすれば、今すぐ必要だということでもある。上の同資料では、繰上げの理由として「年金を繰上げしないと生活ができなかったため」、「生活費の足しにしたかったため」なども上位にある。これは実際の生活が切迫していて「後」より「今」を優先するという現実的な生活事情からくるもので致し方ない面もある。

ただし、このことは増減額の割合にもよる。1年前倒しでもらうと50%減額となるが、1年待てば50%増額の年金がもらえるとなると、誰もあせって「今」もらおうとは思わないかもしれない。増減額の大きさと生活切迫性の重さが秤にかけられるからだ。

・個別的要因
これは、生活の収支状況とは別に個人の事情で早く受給したり遅く受給したりする。収入に不足はないので今やりたいことに年金を使いたい、先のことはわからないので健康な今のうちにもらいたい、あるいは70歳で引退して好きなことに使うので後で多めにもらいたい、などである。

■それでも迷う複雑な事情がある
これらのうち、受給資格者が本当に迷っているのは「生活的要因」の比重が大きいからだろう。これに個人の事情が加わるともっと迷いが出てくる。最終的には、このもらい方が得なのか損なのかと、金額的にも心理的にも複雑な事情が絡んできて自分では決められなくなる。

では、どんな事情で迷うのか? それは、いつまで生きられるか (健康度)、いくらで生活できるか(生活度)、何を生きがいに生きられるか (幸福度)、などが挙げられる。

「健康度」では、「人生100年時代」と言われても実際に自分がいつまで生きられるか、仮に100歳まで生きられたとして健康でいられる寿命はいくつなのかがわからない。70歳で寝たきりになり100歳まで生きてしまうかもしれない、という不安がある。

「生活度」では、毎月いくらで生活できるか、逆に言えば毎月いくらの収入があればいいのか、あるいは将来取り崩していけるだけの資産があるか、それがわからない。

「幸福度」では、生きがいより裕福度(リッチさ、金銭的な余裕)を優先するか、逆に生きがいを優先して生活していけるか、仕事より体と心の健康を優先したらいいのか。このうち何を優先したいか、また何を優先せざるを得ないかわからない、という迷いがある。

■老後をどう生きるか?が年金に直結する。
これらのことは自分の希望する生き方に直結してくる。つまり私たちは60歳を過ぎたところで、「これから死ぬまでどういう生活をしたらいいのか(できるか)」を初めて突き付けらる。それに答えるためには、「年金はいつからもらうと得か」という問いが先にくるのではない。これまで深く考えてこなかったところへ、いよいよ年金がもらえる年齢に達して初めて難題を出されたようなものである。

結局、どの要因を優先して考え、どの迷いを重視するかにかかってくる。単に金額的に有利か、心理的に納得できるかでは解決できない。そこで「要因」と「迷い」を総合的に見て、一つずつ潰していくしかない。それに合わせて年金のもらい方も見えてくる。受給時期も5年単位ではなく1年単位、1カ月単位で考える。それと同時にいつまで働くかも考える。この作業が自分で難しいなら第三者のアドバイザーに相談してもいいだろう。

年金のもらい方を含めた生き方の課題は、60歳過ぎて突然訪れるものではない。顕在化した問題に修正を加えるのは容易ではない。できれば顕在化する前に課題を意識化し、よく考えておくのが望ましいだろう

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野口俊晴 ファイナンシャル・プランナー TFICS(ティーフィクス)代表

【プロフィール】
個別の金融資産の推奨・販売をしないアドバイザリー型のFP。個人のリタイアメントプランを実現するための運用設計およびトータルなライフプランの提案。ほかに働き方、お金に関するアドバイスの提供。

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