0625_野口俊晴

「老後2000万円不足」騒動で年金が話題となっている。

年金だけで老後生活は厳しい、かといって多額の貯金を貯めることも難しい。……そうであれば支出を減らすか、収入を増やしていまから貯蓄するしかない。しかし収入はそう簡単に増やせるものではない。いまと同じ働き方で収入が増えないなら、大多数の人は働く期間を延長することになる。

そんな話が今回の未来投資会議に盛り込まれた。定年廃止、70歳まで定年延長、70歳まで継続雇用など、70歳までの就業機会確保の計画案だ(「成長戦略実行計画案」令和元年6月21日)。

高齢化する社会で、健康であれば長く働くこと自体は悪いことではない。しかし、働く期間を長くするだけで働き方改革の問題がすべて解決されるのか。その1つが「同一労働 同一賃金」(※)である。

(※)「同一労働 同一賃金」(令和2年4月1日施行)については厚生労働省のガイドライン「短時間・有期雇用労働者及び派遣労働者に対する不合理な待遇の禁止等に関する指針」(平成30年12月28日)に解説されている。本稿では以下、「短時間・有期雇用労働者及び派遣労働者」を「非正規社員」と呼ぶ。

■待遇格差に問題が起きないか
心配となるのは、定年退職者が雇用継続または他社に再就職する場合、非正規社員となってほとんど単調で低賃金な仕事しかないことだ。あるいは30~40代に転職した者がそのまま非正規社員でずっと働かざるをえなくなった場合も同じである。先行きの長さを考えると、後者の方がずっと深刻になるだろう。

懸念されることは、本当に正社員以外の労働者が待遇差別もなくこれまで以上に長く働いていけるかということだ。特に若年時に正社員に就けなかった人が「70歳まで雇用」と言われても、法令の運用がうまく回らないと何十年も待遇格差に苦しめられるのではないか。

もちろん会社も努力義務として法令に則って雇用していくだろうが、そこに疑問が残る。ひとくちに「同一労働 同一賃金」といっても、労働者の待遇には「均等」と「均衡」がある。簡単に言うと「均等待遇」というのは同一の業務(責任も含む) に対しては、正社員も非正規社員も同一の賃金でなくてはならない。「均衡待遇」というのは、同一業務において待遇格差がある場合には合理的な理由がなければならないというものである。

例えばA業務の基本給が月額20万円、B業務は月額25万円だとして、2つの業務内容を比較し賃金の差が合理的な理由によるものであれば問題ない。またA業務を正社員と非正規社員が担当していたとする。2人とも基本給20万円であるが、正社員がA業務の管理責任も任されたら、これは同一の職務内容ではなくなるので正社員が22万円もらっても賃金の差は問題とならない。

次に、1年経ってこの正社員は研修を受けB業務に移った。B業務はA業務より高度で責任度合いが上がるので基本給25万円である。他方、1年前この正社員と同時にA業務に就いた非正規社員はA業務担当のままである。もちろん将来の幹部として雇われたわけではないので、この待遇はしかたないものだ。だが、その後5年経ってもこの非正規社員はA業務担当のままであればどうだろう。しかも賃金は時給レベルほどのアップでしかなかったとしたら。

「非正規だから」と諦めるしかないのか。確かにA業務は単調で高度な作業ではないので、高賃金は望めない。しかし、この非正規社員はその後A業務に精通し経験を重ね、正規の社員より数倍の速さで正確に業務を完了し、管理能力も身に付いたとする。それでもこの業務そのものの評価レベルが上がるわけではないとして、このベテラン労働者の待遇が変わらないとなるとどうだろうか?。

■待遇の均等と均衡が問われる
会社としては、A業務は単調で特別の能力が必要とされない業務なので、賃金を抑えられる非正規社員の担当で十分とする。こういうことはどの業態でも見られる。1日8時間の中で同一の労働であれば同一の賃金で誰をも「均等」に抑えておけば問題にならない、また作業が速い者と遅い者、仕事が上質な者とそうでない者がいても、賃金を均等に抑えておく方がコスト(人件費等)はかからない、と雇う側が考えてもおかしくない。

10年経っても、A業務担当者が月給20万円(プラス少額時給アップ)のままなので賃上げ要求をしたとして「この仕事は非正規社員の担当だから、正社員の賃金と違うのは当然、待遇の差別ではない」―、会社側はそう言えばOKか? 

正規と非正規の社員では職務の責任も違うし、そもそもA業務とB業務は職務内容が違うのだから、2つの業務に待遇格差があるのはやむを得ない。それにA業務のようなルーティン業務には非正規社員を固定しておくことは、会社としても確かに問題とならないだろう。

だが、論点はそこではない。同一業務をずっと任せるのはかまわない、任せるのなら能力・経験に合わせ職務権限を与えるなどして正社員同様にその分の賃金アップをはかる。そうでなければ本人の能力・経験に見合うよう正社員並みに配置転換しその分の賃金アップを行う、そういう意味での待遇の「均衡」が必要となってくる。これらはガイドラインに労働関連法令のもとに規定しているところでもある。

■非正規社員を1つの業務に縛り付ける
「同一労働 同一賃金」の名のもとに、こうした非正規社員の必要以上の業務張り付けが強制力のない努力義務で常態化しなければいいと思う。「この業務はパート時給1,000円」と、同じ非正規社員を何年も縛り付けるのは酷だし、今後は明らかに努力義務そして法令義務として企業責任が問われるようになるだろう。

また働く側も、非正規雇用ゆえに同じ業務だから同じ給料、違う業務への転換は無理などと決めつけずに、正当な待遇を要求していきたい。待遇昇格にあたって「能力・経験・技量に達していない」という査定に合理的な根拠が見当たらないなら、会社側に説明を求めることも非正規社員の権利として認められる。ただし、1つの業務を続けることを否定するものではなく、正当な待遇を求めることを言っているので誤解のないようにしてもらいたい。

付け加えると、今回の未来投資会議で追加された再就職や起業、フリーランスなど新たな選択肢も当然視野に入れておいた方がいい。同じ企業に納得いかないままずっと縛られることはない。ただ、会社雇用の「外」に出るには、準備もなく高齢になってからでは、かなりハードルが高くなるのも現実である。

企業によっては、パート労働者が正社員になり、役員にまで昇進したという話も聞く。それはまれな例かもしれないが、そういう格差のない労働環境で働けるならその方が望ましい。そのためには定年前や定年後の非正規社員について、働く意欲、能力、経験を正社員並みに適正に査定し、職務の機会を広く均等にかつ均衡に提供されるべきである。

「同一労働 同一賃金」の名のもとに、いま正社員でない人が70歳まで30年も40年も、少額な時給アップだけで同じ労働に縛られる、そういうことが起こらないよう働き方改革がうまく回っていくように願う。

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野口俊晴 ファイナンシャル・プランナー TFICS(ティーフィクス)代表

【プロフィール】
個別の金融資産の推奨・販売をしないアドバイザリー型のFP。個人のリタイアメントプランを実現するための運用設計およびトータルなライフプランの提案。ほかに働き方、お金に関するアドバイスの提供。

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