0723_野口俊晴

老後設計に関する制度の見直しで、「在職老齢年金」の廃止が検討されている。稼ぐほど年金を減らされてしまうこの制度については高齢者の働く意欲を削ぐという声が以前からある。

現在、定年退職後は年金と給与の額を調整して働くことが必要だ。働きすぎて収入が一定の基準を超えた場合、在職老齢年金の支給停止があるからだ。

本来は同じ年金額でも働く収入によって年金が削られるかどうか、社会保険料・税金控除後の手取額ではいくらの給与が損得の分岐になるかが変わってくる。制度が廃止された場合に受給者にとってどういうメリットがあるかを考えてみたい。

■働きすぎると削られる年金
在職老齢年金の仕組みとはどんなものか。 この制度は受給者の年齢によって2段階に分かれる。

1つ目は、60歳台前半(60歳以上65歳未満)の人。この年代で働く人は「年金+給与」(正確には「基本月額+総報酬月額相当額」)の合計額が28万円を超えると、超えた分の2分の1の年金が支給停止となる。

例えば「年金10万円+給与20万円」であれば年金が1万円{(30万円-28万円) × 1/2}削られる。

上記の支給停止は一例で、計算式は「年金+給与」の金額の組合せによって複数ある。複雑になるので省略するが(日本年金機構などのサイト参照)、60歳以降も働く人が働き損にならないように「給料が少なくなるけど、年金(在職老齢年金)の範囲内で働けばいい」と考えるのはこういう事情からだ。

もう1つの年代は、60歳台後半以後(65歳以上。70歳以降も含む)の人。この年代では「年金+給与」が47万円(2019年4月改定)を超えると年金の一部が削られる。

例えば「年金+給与」が50万円だと、削られる額は1万5千円{(50万円-47万円) × 1/2}。

ただしいずれの年齢も支給停止となるのは報酬比例部分(厚生年金)で、基礎年金は満額受給となる。

■60歳からの働き方への影響
こうしてみると在職老齢年金が廃止されてよりメリットがあるのは、60歳台前半の人たちだ。この年代の支給停止者の割合は在職受給権者の57%で、60歳台後半の18%よりも多い(「第6回社会保障審議会年金部会」厚生労働省資料 2018年11月)。

これは「年金+給与」の基準が28万円と比較的壁が低いからだ。こういう人たちは、支給停止される年金を気にして収入、つまり働き方を調整してきたことになる。

ただし60歳台前半については、「年金+給与」のうち削られる対象となる「年金」はあと数年でなくなる。現行は「特別支給の老齢厚生年金」(部分年金)が支給されているが、厚生年金の支給開始年齢65歳への段階的引上げが完了する2025年(女性は2030年)以降、部分年金の対象がなくなる。

年齢でいうと現在、男性が58歳未満、女性で53歳未満の人(2019年4月2日基準)は、65歳になるまで厚生年金は原則支給されなくなる。削られる対象となる年金自体がすでになくなりつつあるので、この年代では在職老齢年金廃止による影響は現状と変わらないように思われている。

そうだろうか。「特別支給」の制度が終了した後、これからの受給者の中には65歳を待たずに厚生年金を繰り上げる人が増えるのではないか。部分年金があるうちは制度上、老齢厚生年金も老齢基礎年金同様に繰上げ可能だが、在職老齢年金が廃止されれば厚生年金を繰り上げる人はもっと出てくる可能性がある。

ここ数年、65歳雇用が保障されたといっても、給与は一般的に大幅に下がる。それでも年金を減らしたくないという心理から、今まで「28万円」という比較的高くない壁を超えないよう働き方を自制しなければならなかった。その壁がなくなることで働き方の選択肢が増えることになる。収入が足りない、もっと収入が欲しいという人は繰上受給した上で、気力・体力があるうちに収入を増やすという働き方も出てくるだろう。

60歳台からの年金繰上げが増えると、支給停止分の財源を見込んで60歳台前半のみ在職老齢年金制度が維持されるとか、何らかの財源確保の調整がなされるかもしれない。つまりこの年代に限っては、年金の支給停止はまだどうなるかわからないということだ。

これまで支給停止となる人と年金額は、60歳台前半の方が60歳台後半よりも多かった。前者は約88万人で約7000億円、後者は約36万人で約4000億円である(前掲資料より)。今のところ在職老齢年金廃止による財源不足分の年約1兆1000億円の穴埋めをどうするか、それによって制度見直しの内容や時期が変わってくるだろう。

■65歳からの年金のもらい方と働き方
一方で、65歳からの受給者について考えてみる。政府は、この年代の受給者の生活に及ぼす影響面から在職老齢年金を見直す面もあるが、年金財源のそのものを増やすことに重点を置いている。それは制度を廃止する理由を考えてみればわかる。

確かに、働いても年金が減ってしまう今のような働き損をなくして、収入を増やし老後を不安なく暮らしたいという高齢者の声を拾っているように思える。だが実際は、70歳以上までの就業機会を拡大することによって厚生年金保険料を徴収し、年金財源を確保する狙いがあるのは明白だ。

政府の方針自体は誤っていない。人生80年を前提にした年金制度が現在も通用するはずがないことは誰でもわかる。そこで年金受給開始年齢の引上げ、繰下受給の年齢拡充とセットにして、年金が削られるのを気にせず、70歳以降も働けるだけ働こうという政府の旗振りとなるのはしかたない。

現行の制度では、65歳以降の「47万円」基準を超える人が年金を繰り下げると、いったん年金の一部が支給停止された上で、その削られた後の年金額を対象に繰下げ加算率を上乗せする仕組みである。つまり年金を繰り下げると、それだけもらえる年金も二重引きで損している。その損もなくなるというわけだ。

そういうことで、政府の思惑のように65歳以降も働いて年金を繰り下げる人も増えると思われる。70歳雇用が広まると、給与収入を当面の生活費に当てて年金は繰り下げ、増額された年金を後からもらいたいという人がもっと出てくるだろう。そうなれば60歳台後半の在職老齢年金の必要性がなくなる。

■老後資金づくりの一歩として
ここまで見てきたように、在職老齢年金の廃止は60歳台前半及び後半の受給者いずれにとってもメリットがある。これから定年退職を迎える世代にとっても働き方が変わることになるだろう。

問題は、財源の埋め合わせでどういう適用になるかだ。政府がことさらに65歳以降の人の年金や働き方に重きを置くのもわかるが、会社員が先に直面する年代は60歳からである。この年代への影響を考慮して制度の見直しを検討してもらいたい。

これから受給者となる人は、制度の行方に左右されないためにも、まずは老後資金づくりの第一歩として60歳からの年金額を早いうちに把握しておきたい。それと併せて65歳からの年金のもらい方と働き方を今から考えたらどうだろうか。

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野口俊晴 ファイナンシャル・プランナー TFICS(ティーフィクス)代表

【プロフィール】
個別の金融資産の推奨・販売をしないアドバイザリー型のFP。個人のリタイアメントプランを実現するための運用設計およびトータルなライフプランの提案。ほかに働き方、お金に関するアドバイスの提供。

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