0925_野口俊晴

先日、日本銀行が9月に発表したデータによると、個人が保有する「現金・預金」は過去最高を更新し、依然として金融資産全体の半分以上(53.3%)を占めているという。「保険」は20.1%、「株式等」および「投資信託」は合わせて13.4%にすぎない。(「資金循環統計」2019年4~6月速報)

これを見ると、日本人の金融体質は「貯蓄から投資へ」と言われ始めた20年前からあまり変わっていない。では、日本人の多くは投資にまったく向いていないのか。言い換えれば、どういう資産状況を前提にした場合に投資を始めようと思うか。 老後を十分豊かに過ごせるなら、個人の投資趣向は別として、無理に投資行動を煽るものではない。ここでは自分の死亡時にいくらの資産額を下回るとわかったら、現時点から運用しようと判断するか。それを考えてみたい。

■ 今ある資産と死ぬ時の資産、どちらが基準か
例えば「老後のお金がいくら不足するか」という議論は、60歳など会社員の定年退職時点を基準に寿命を設定して試算するものだ。これだと、仮に設定寿命が100歳なら100歳時点で資産がなくなっていてもいいと判断されかねない。

だが、寿命100歳までに2000万円不足する、だからあと2000万円の手だてを講ずればよいという単純な話とはならないだろう。問題は自分の死亡予測時にいくらのお金が残っていれば安心か、ということになる。逆に言うと、100歳まで生きると予測して100歳の死亡時点で資産がいくら以下だと不安になり、「もっとお金を増やさなければ」と思うか。
これは「老後生活スタート時」にいくらあればいいか?ということではなく、「老後生活ゴール時」にいくらあればいいか?という発想である。

■死ぬ時のお金はいくらあれば安心か
60歳であと2000万円あれば100歳で死ぬ時に0円でいいか、それとも100歳で死ぬ時にまだ2000万円残っていればいいか、という問題提起である。

お金は死ぬ直前でも、あればあるだけ多く持っていた方がいいとなるが、そうそう資産は簡単につくれるものではない。仮につくれたとしても、お金への執着は人さまざまだ。富裕者であっても死期が近づくと1円でも減っていくのは不安になるというから、人のお金への価値観は皆違う。

死ぬ時に余分な資産がそんなに必要なのか、あったらあったで遺産でもめごとになるのでは、と思われるかもしれない。それも一概には言えない。

自分の人生だけで収支ゼロの帳尻が合えばいいという人もいれば、妻子や孫に少しでも多く資産を遺したいと思う人もいる。それも含めて、人それぞれ身の丈にあった「死亡予測時資産」はいくらあればいいか、ということになる。

個人にもよるが一般的な収入を得てきた人は、死亡時に残るお金が2000万円以下なら不安になり、3000万円以上あればとりあえず運用せずにすむと思うのではないだろうか。

今年、厚生労働省が金融審議会の作業部会に提出したいわゆる「老後2000万円」問題のもとになったデータによると、65歳以降の夫婦の生活費不足額は月額約5.5万円(年額66万円)である。仮に自身の寿命予測より10年先まで生き永らえてしまったとしても単純計算で死亡時におよそ660万円(66万円×10年)あればいいことになる。

そう考えると、突発の予備費込みで死亡時に1000万円あれば一応は安心できそうである。だが実際には、自分の死亡予測年齢が近くなると人間の不安心理は3倍にも4倍にも膨れ上がるだろう。つまり、資産によほど余裕がある人は別として、1000万円の3倍で3000万円、これが上述の根拠となる。

■「貯蓄から投資へ」と体質が変わっていく時とは
もちろん、以上は統計を取ったわけではないので、明確な根拠ではない。あくまで60歳時点で40年後(100歳)時点の資産額をキャッシュフローで試算した時の心情から筆者が推測したものである。貯蓄体質の人が運用体質に転換しうる時の状況であると言ってもいい。

もちろん、人それぞれ人生観や価値観が違う。だから寿命や資産額については、自身に当てはめて投資行動を始めるかどうかを考えたらいい。自分の死亡予測時にお金が足りないとわかれば、まずは働けるまで働いて節約し、貯蓄を増やす。それでも不足しそうなら、「貯蓄から投資へ」と金融体質が変わっていくのではないだろうか。

定年近くともなるとお金への不安が数倍の大きさで現実になりつつあるのを実感するだろう。老後に入る前から運用を始めれば30年、40年先の自分の寿命年齢までに投資リスクを回避できるのではないか、という気持ちも起きる。

■保険商品から投資商品へ
いきなり運用に踏み込めない人は、保険商品を考えてもいい。先の日銀データでも投資商品よりも個人保有率は高い。ただ個人年金保険などは、「損失」のリスクはないが「早死」のリスクがある。年金受取開始後に、数年中の死亡だと、そこまでの年金受取分では元さえ取れないケースもある。

個人年金保険の商品では、100歳生存時の返還率(100歳で解約した時の返戻金が契約で払い込んだ額の何%になって戻ってくるかという割合)、運用でいうところの収益率が一般に160%前後である。少しでも投資経験のある人は、これなら投資運用した方ほうがもっと効率的な場合もあると考えるだろう。

複利運用では年利5%で10年運用すると、リターンは160%になる。これに対し個人年金では返還率が160%になるのに30~40年かかる。明らかに投資運用した方が収益的には有利といえる。しかし言うまでもなく、年金保険の場合、契約中の受取額はずっと変わらないが投資運用は損失のリスクがある。

■死亡予測時の資産額で運用体質を変えていく
そもそも保険と投資を比較する方が無理と言われるだろう。両者では商品の性質もリスクも違う。それをあえて比較したのは、日本人の貯蓄体質と運用体質の分岐点となる資産額はいくらか、貯蓄から投資へと移る橋渡しの方法はあるか、それを考えたかったからだ。

死の間際に枕元(箪笥でも金庫でも銀行でもいい)にいくらあれば安心して死ねるか。自分の代でお金がゼロになればいいのか、家族にいくら遺せれば安心か。先に挙げたように3000万円を切ったら、今のうちにもっと増やしておこうと思うか、である。

相談者の中には、自分の寿命が尽きる時にお金が2000万円を切るシミュレーションを見せられると、少なからず不安な心情となるようだ。投資経験がない人でも「今のうちからもっと投資運用しなければ」と思う人もいる。その時、本人の心情を察して適切なアドバイスが必要となってくる。

そこですぐに「投資しましょう、投資商品はこれです」となると、余計に不安を煽ることになる。あえてリスクを取ってでも、と望む人には投資運用を勧めてもいい。そうでなければ死亡時の予測資産に合わせて勤労から貯蓄、貯蓄から保険、保険から運用へとお金に対する体質を徐々に変えていくのがいいのではないだろうか。

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野口俊晴 ファイナンシャル・プランナー TFICS(ティーフィクス)代表

【プロフィール】
個別の金融資産の推奨・販売をしないアドバイザリー型のFP。個人のリタイアメントプランを実現するための運用設計およびトータルなライフプランの提案。ほかに働き方、お金に関するアドバイスの提供。

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