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全日空(ANA)や日本航空(JAL)が今、コロナ禍で多くの社員を他の会社に出向させている。JALは2021年4月から1日当たり1000人程度だった出向者を約1400人に拡大した。ANAでは2020年10月以降、当初は延べ400人程度を見込んでいた出向者が累計約750人に達した。

接客能力を見込まれてホテルやコールセンターなど民間企業を中心に出向しており、JALでは客室乗務員らが鹿児島県や家電量販店大手のノジマなど約120の企業・団体に出向している。ANAでも兵庫県姫路市や沖縄県浦添市、スーパーの成城石井など約200の企業・団体に出向した。

ANAの社員もJALの社員も、まさか自分が自治体や家電量販店で働くことになるとは夢にも思わなかっただろう。会社員にとって人事異動は、人生を大きく左右する大きな関心事だ。

昨年放送されたTBS系ドラマ「半沢直樹」は最終回の視聴率が30%を超えたが、これも主人公の勤める銀行内の人事や派閥争いのストーリーが大きな注目を集めた。なかでも出向は、会社に逆らったり不祥事を起こしたりすると命じられるなどドラマ内でも一種の罰のように描かれており、ネガティブなイメージを持っている方も多いかもしれない。

出向とは実際どんな制度なのか? 出向を受けるとどんな変化が起きるのか? 大手企業の人事部で実際に出向業務に携わった立場から、意外と知らない出向の制度について改めて考えてみたい。

■そもそも出向とは?
そもそも出向とはどういった制度なのか。ひとことで言うと人事異動のひとつだ。一般的に同じ企業のなかで職種や職務に変更を加えることを、配置転換という。この配置転換のうち、勤務地を長期間にわたって変更することを転勤と呼ぶ。

一方、今の企業に在籍したまま、他の企業で長期間にわたって業務に従事することを出向という。在籍したまま他社で勤務するため、在籍型出向と呼ぶことも多い。

他の会社で働くというと、最近では副業や兼業も近いように思うかもしれないが、副業や兼業と出向の違いは何か。大きな違いは、労働者自身の判断で行うのかどうかだ。

例えば、ロート製薬では「社外チャレンジワーク制度」を作り正社員の副業を認めているが、これはあくまで社員自身が制度を使うかどうか判断できる。

一方、在籍型出向は会社が労働者に命令して行う。ただし「労働者の個別的な同意を得る」、または「出向先企業での賃金・労働条件、出向の期間、復帰の仕方などが就業規則等によって労働者の利益に配慮して整備されている必要がある」と厚生労働省がガイドラインを設けているので、労働者の意思や利益が無視されて下されるものではない。

■なぜ会社は出向させるのか
自社に在籍しながら他社で働く、なぜ企業は一見ややこしく思える出向を実施するのか。一般的には次の4つの理由が考えられる。

1つ目は、能力開発が目的のケース。自社ではできない経験を積んでもらうために出向させる。例えば、大企業だと同じ人事業務でも中途採用専任担当といった具合に職務が限定的になりがちである。これに対して子会社だと、比較的に事業規模が小さいため中途採用だけでなく新卒採用やアルバイト採用も担当する場合もある。

2つ目は、経営あるいは人事戦略からである。グループ会社の強化を目的に、指導者として出向させる。親会社が持つ良い仕組みやノウハウを子会社に移植するのだ。

子会社としては、イチから仕組みを構築する必要がないため最小の力で親会社と同じ仕組みやノウハウを享受できるメリットがある。

3つ目は、企業間交流だ。取引先との良好な関係維持を目的として出向させる。企業文化の違いを取り入れ、企業風土を変革することなどが期待される。例えば、生産性を改善するためにトヨタの生産方式として有名な「カンバン」を導入するといったものだ。

4つ目は、雇用機会の確保である。なんらかの理由により自社で雇用し続けるのが厳しい場合、事業の継続と雇用の維持を両立させるために、出向を実施する。ANAやJALはコロナ禍での業績落ち込みを引き金とした出向と考えられるので、この4つ目に該当すると思われる。

雇用調整することで人件費を減らすことができ、利益を増やせるのがメリットなのだが、自社に在籍する社員の人件費なのになぜ「減らす」ことができるのか。

実は税務上、出向では出向者から「労務の提供」を受けているのは出向先であるため、出向先がその出向者の給与を負担すべきである、と考えるのが原則だ。よって、出向した社員の給与は原則負担しなくてよくなる。

■出向すると給与は上がるのか下がるのか
出向を命じられて最も気になるのは、やはり給与面ではないだろうか。出向先の会社が出向元の会社と全く同じ給与水準であることはほぼない。すると、やはり給与は下がるのか? 不安に思うだろうが、実はそれはない。

労働契約法では「給与減額等労働条件の不利益変更」という定めがある。簡単に言うと、労働者の合意なしに給料などを変更してはいけません、という意味だ。

この定めにより、原則出向元の会社で支払われている給与額を変わらず受け取れる。これはボーナスや通勤手当など、他の諸手当についても同じだ。

一方、就業時間や昼休みの時間、残業時間は出向先に合わせて変わることになる。

■出向は断れるのか
最後に気になる疑問として、出向の命令が出た場合、断ることはできるのか。これはその時々の状況次第になる。仮に出向の制度が整備されているとしても、出向の必要性や対象者の選定に係る事情等に照らすことが必要というのが厚生労働省のガイドである。その権利を濫用したものと認められる場合、出向命令は無効となる可能性がある(労働契約法第14条)。

厚生労働省の調べでは、大企業の59%、社員100名程度の企業でも23%が出向を実施している。(厚生労働省「令和元年就業形態の多様化に関する総合実態調査の概況」より)。出向は半沢直樹のような罰でもレアケースでもなく、実は普通に行われていることなのだ。

出向を言い渡されたとき、一時的に感情的な不満が起こるかもしれないが、与えられた環境に適応し、引き続き出向先でも力を発揮していくことが、変化の早い現代での生き残り策かもしれない。

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阿部圭一(人事課長)

【プロフィール】
大手自動車部品メーカー勤務。製造部門と連携し、陸海空の輸送費用低減を実現するなどバイヤー業務を経験、その後本社人事へ移り4年間で200名ほどの大卒採用を実施。現在は製造部門の人事業務全般を担当。伸びる需要に生産が追いつくよう、製造人員の採用などを行う。休日には自然の中を10kmほどジョギングしたり、白米を玄米に替えたりして健康を気遣いながら楽しんでいる。

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