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先日、コロナ禍を原因とした業績悪化により、日本を代表する航空会社のJAL・ANAから大量の人員が出向されたと大きく話題となった。出向先で働く人たちの様子も多数のメディアで報じられたが、まったく畑違いの仕事に従事する人も多かったようだ。

解雇を避けるための措置として行われたが、多くの人はそれだけ業績が悪化しているのかと感じたことだろう。

JAL・ANAの出向は異常事態で発生した特殊な事例と言えるかもしれないが、大企業の会社員なら定年まで出向という言葉とは無縁でありたい、新入社員であれば同じ会社で課長、部長、役員と出世したい、あるいは安定して働きたいと思う人が多数ではないかと思う。

出向を圧倒的なマイナスイメージで世間に広めたのは、2013年に放映された銀行を舞台にしたTVドラマ「半沢直樹」ではないだろうか。

「半沢直樹」の劇中、舞台となる東京中央銀行の取引先に出向し、出世コースから外されたのが近藤直弼(滝藤賢一)だ。これは出向=左遷(させん)、というマイナスイメージで描かれた。最近では公務員の世界でも「総理に逆らった官僚が左遷(出向)された」といった話が報じられることもある。

現実にはこうしたマイナスの意味での出向もあれば、そうでない出向もある。端的に言えば出向は多くの会社員が経験する「人事異動」の一つだ。

本稿では30年以上大手企業に在職し、自身も約15年出向を経験した立場から、そして社会保険労務士としての立場から出向について考えてみたい。

■給与が変わらない「在籍出向」と、給与が大きく変わる「転籍出向」
出向には二つの種類がある。それが在籍出向と転籍出向だ。

在籍出向の場合は原則的に給与は変わらない。ドラマで取引先のタミヤ電機に出向した近藤直弼や、不正融資がバレてマニラの会社に出向した浅野支店長(石丸幹二)は東京中央銀行に在籍する行員のままである。

出向中であっても在籍する東京中央銀行の労働条件に守られるので、本人の同意がないかぎり給与ダウンのような生活に著しい不利益を強いるような変更は通常認められない。

一方で転籍出向の場合は給与が大きくダウンすることが多い。転籍出向は現在の職場を退職して新しい会社に就職することなので、事実上の転職といってもよい。

退職すれば元の職場の給与も含めた労働条件は一切関係がなくなる。転籍先で提示された給与や条件が気に入れば転籍すればいいし、そうでなければ銀行を退職するほかない。

転籍出向は本人の同意が必要だが、どうしても同意しなければ企業側は過去の不祥事や能力不足を並べたて、無理やり同意させることもある。社労士の視点から見れば相当に問題があると言えるが、現実にそのような拒否できない形で転籍出向が行われることも珍しくない。

東京中央銀行では「(懲罰的な=筆者補足)片道切符の出向を言い渡された行員は3年が過ぎたころ、それまでより遥かに低い出向先の給与に変更され、経済的にも深い傷を受ける」という人事ルールになっている。

わざわざ「懲罰的な」と補足したのは、こうした出向はもはや懲戒処分に近く、後述する俗にいう片道切符の出向とはまったく異なるからだ。実際の人事でここまで強引かつ条件の悪化する出向が行われた場合、違法とされる可能性が高い。

ドラマに従えば在籍出向をさせて、3年後に給与ダウンを伴う転籍出向することになる。現実には在籍出向を経ずに転籍出向することも当然あり得る。

では在籍出向と転籍出向は、給与や所属先以外に何が違うのだろうか?

■往復切符の在籍出向 半沢直樹(堺雅人)
本部営業第二部次長の半沢直樹は、首尾よく金融庁の黒崎主任検査官(片岡愛之助)が行った検査を乗り切ったが、中野渡頭取(北大路欣也)から子会社の東京セントラル証券への出向を命じられた。
 
一見出世コースを外された左遷のように見えなくもないが、能力開発・キャリア形成のための出向であることは間違いない。中野渡頭取が最後に語ったように、半沢には将来の銀行の頭取として証券業の世界も経験させることが目的だからだ。もちろんこれが現実の世界で行われる出向であれば、本音と建て前、虚実が交錯する部分であることは間違いない。

出向の辞令を受けた半沢の本音は伺い知れないが、すぐに応諾しその後は再び営業第二部次長に復帰した。一定の期間が経過した後、再び銀行に復帰することを前提とした出向を俗に「往復切符の出向」ともいう。在籍出向であることから、東京セントラル証券に出向したときの給与も前職の銀行のときの給与と大差ないはずだ。

■片道切符の在籍出向 近藤直弼(滝藤賢一)
近藤は上司のパワハラでストレス性の統合失調症になり半年間休職の後、本部の人事部の一部屋で、毎日名簿作りなどをさせられたのち東京中央銀行の取引先、タミヤ電機に出向して経理部長となった。

なんらかの事情があって銀行で働けなくなった優秀な人材が取引先で働くことになったのだが、銀行への復帰は予定していない。こうした出向は子会社や取引先の経営指導や雇用機会の確保を目的とするもので片道切符の出向ともいう。

近藤はのちに、本部の広報部に復帰し、その後シンガポールに長期出張中なので、半沢同様「往復切符の出向」だが、これは結果論ということになる。

取引先のタミヤ電機に在籍出向した近藤は1970年生まれの半沢と同期なのでドラマが放映された2013年頃には40才を少し超えたくらいだろうか。

浅野支店長のような懲罰的な出向とは異なるので、銀行の行員が役職定年を迎える50才から55才くらいまでの約10~15年間?は、役職の無い平の行員並みに給与が下がる。その間本部に戻ることがなければ、本部の行員の役職定年年齢に合わせて銀行を退職しタミヤ電機に転籍出向するのだろう。

■懲罰的な転籍出向 3年後の浅野支店長(石丸幹二)
半沢直樹に不正融資の責任を押し付けたとバレてしまった浅野支店長は、懲戒解雇では世間体が悪いので、人事異動に紛れこませてマニラの取引先に出向させることとなった。

懲罰的な出向でも出向には変わらないので、3年間は本部行員並みの高額給与が浅野元支店長に支払われる。銀行の人事ルールに従い3年が経過したのち銀行を自主的に退職し、銀行より遥かに低い給与のマニラの会社に転籍出向し、そのまま仕事を続けるのだろう。

もっとも最近は、転籍出向先の給与のほうが、銀行より高い場合も珍しくない。要は会社の業績により高くもなれば、低くもなる。

■在籍出向した近藤や浅野の給与が減らないしくみ
劇中では業績不振の企業として描かれるタミヤ電機が近藤にメガバンクの東京中央銀行並みの高額給与を支払えるのか?と不思議に思う方もいるかもしれない。

そのカラクリは、出向元の給与補填でまかなわれる。例えば銀行で近藤の給与が年700万円、タミヤ電機経理部長の給与が年500万円だとする。差額の200万円は銀行が補填する。浅野元支店長もマニラの会社へ出向して給与に差額があれば同じように銀行が補填しているはずだ。また、税も会社の出向制度を後押しする意味か、出向時の差額補填額は全額損金参入が認められる。

■会社のサラリーマンが在籍出向を命じられたら
冒頭に書いた通り、出向を命じられても必ずしも給与が下がるわけではない。

例えば日本経済新聞の「私の履歴書」を読むと、出向を経て会社トップに上り詰めた経営者はいくらでもいる。特に在籍出向の場合は「介護が必要な母親がいる」など、よほどの事情がない限り、出向の辞令を受けたら応諾することをお薦めする。

もちろん、出向の辞令を拒否したり、場合によっては転職をして他の職場を探しても問題はないが、出向=左遷という思い込みから安易に拒否することは新しい経験を積むという側面から考えても必ずしもプラスではない。そして出向を命じる側も、左遷と誤解されないように出向の意図や出向に関する社内規定の説明など、丁寧な対応が必要だろう。

気をつけなければならないのが、給与ダウンを伴う出向である。半沢直樹の内容を誤解して、気に入らない社員は給与ダウンで出向させてもいいと勘違いしている経営者も少なくない。これは違法なので経営者の側は当然やるべきではなく、従業員の立場でこのような話があった場合は、「少し考えさせてください。」といったん保留し、労働者に味方をしてくれる弁護士等をみつけて相談するのがよい。

■会社のサラリーマンが転籍出向を命じられたら
在籍出向後数年たつと、出向を解除され、給与大幅ダウンのうえ転籍出向を言い渡されるかもしれない。こうした場合は以下のいずれかになる。

1.会社から言われた条件で、承諾する、
2.給与大幅ダウンの理由が納得いかなければ、労働審判や訴訟も含めて会社と争う、
3.承諾せずさっさと退職する

きちんとした理由もなく会社が大幅給与ダウンのような生活に著しい不利益を強いるような転籍出向もまた違法だ。

会社と争って勝訴するのは現実的には難しいだろうが、弁護士等の専門家に頼ることで、争いの過程でまとまった解決金が得られることもある。

社員に転籍出向を命じる会社であれば、理不尽な給与ダウンの場合、社員に訴えられることがあることは肝に銘じるべきだ。少なくとも、社員を納得させることはもちろん、裁判沙汰になるリスクも考慮して、法的に筋の通った理由を用意したうえで条件を提示すべきことは言うまでもない。

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河野創 青山人事労務代表/社会保険労務士

【プロフィール】
MBAを持つ社会保険労務士。大手企業で社内起業し自らも14年間海外子会社を経営。中小企業社長の気持ちや悩みがわかるコンサルタント。海外人事労務のほか、採用、教育、人事評価制度構築や資金繰りまで幅広くアドバイスを行う。説明調になりがちな人事労務をわかりやすく解説。趣味は10代からの大相撲観戦で、親しみやすさが魅力の照ノ富士のファン。

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