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コロナの第5波はようやく下火に向かいつつあるなか、大相撲秋場所が無事終わった。最近の目新しい取り組みのひとつに、さる8月17日、大相撲公式ファンクラブの開設が発表された。

会員限定の本場所チケットの先行販売やグッズ販売、VIPイベントの参加権などの特典や会員コンテンツがコースに従って用意され、会費も月500円からと手ごろだ。コースによっては力士や親方から直筆年賀状が届いたり、毎場所の番付が送られてきたりする。

しかし、似たような取り組みは以前から部屋単位の後援会のファンクラブでもやっている。今のところは、予約がとりにくいチケット先行抽選申し込み権が付いている他は目新しい企画も見当たらず、従来の後援会のファンクラブと何が違うのか、いまひとつ見えにくい。

2年近くコロナ禍が続くと興行界の優良企業といわれる相撲協会の経営状況も相当大変なはずだ。相撲協会がこの3月に発表した決算報告によると、新型コロナウイルス感染拡大の影響で令和2年度は過去最大の50億円の赤字となった。そして今年もコロナ禍による本場所の入場制限は相変わらず続いており令和3年度の赤字も30億円が見込まれる。するとこの12月で計80億円の赤字を抱えることになる。
(参考 相撲協会の赤字50億円 20年度、コロナ響き過去最大 2021/03/29 日本経済新聞)

相撲協会の年間売上(公益財団法人なので収益)は120億円程度である。これに対して2年間で赤字80億円というのは、先行きどうなってしまうのか大変心配になってくる。ひょっとするとファンクラブの開設はコロナ禍で興行収入減に苦しむ大相撲の新たな増収策なのだろうか。

40年来の観戦ファンでMBAを持つ社会保険労務士として、コロナ禍の相撲協会が抱える赤字の課題をどう乗り越えればいいのか? 考えてみたい。

■コロナ禍で相撲協会の財産はどうなったか
財団法人は会社と異なり、株主が存在しないので売上が増えて利益が出ても株主に分配するわけにはいかない。そこで利益(正味財産増)は将来に備えて積み立てることになる。
積み立てた利益をどう使うかであるが、相撲協会であれば建設からすでに36年が経過した両国国技館の建て替え費用に充てるはずだ。

ここ2年はコロナ禍の影響で大幅な赤字なので、赤字分が積み立てから減っていくことになる。令和元年12月にあった積立合計額(正味財産合計)380億円は令和2年12月で330億円に、今年は赤字30億円が見込まれるので、積立金はさらに減って、この12月には300億円になってしまう。1985年に完成した両国国技館の建設費用が150億円といわれているので、コロナ禍の2年で建設費用の半分以上が吹っ飛ぶことになる。

■相撲協会の売上と費用を考える
相撲協会の巨額赤字はどうして発生したのか。毎年相撲協会が公表している決算書の内容から考えてみたい。

相撲協会の大まかな収支はコロナ禍の令和2年度は別として、令和元年度までの5年間、平均して毎年の売上(収益)約120億円、利益(正味財産増)約5億円を維持している。

令和元年度売上124億円の内訳は年6場所の本場所の入場券収入約60億円、NHKからの放送料収入約30億円、巡業収入等約19億円、国技館の賃貸収入他15億円程度と推定される。つまり本場所のチケット代と放送料だけで収入の7割以上を賄っているのだ。

一方支出の内訳は力士、親方、行司、呼出、協会職員等に支払う給料・賞与・幕下以下の力士養成費用等の人件費が約86億円、その他固定費等が34億円合計120億円になる。人件費は令和2年度でも84億円とコロナ前に比べて大きな差はない。

■50億円の赤字の内容
令和2年度の相撲協会は50億円という巨額赤字を計上した。本場所のチケット代と放送料が売上の75%を占め、経費はほとんど変わらなかったのであれば、コロナ禍で無観客や開催中止が重なり入場者が大幅に減った昨年、巨額赤字が出ても不思議ではない。

入場者が減ってどれくらい赤字が出たかというと、昨年3月場所は無観客、5月場所は開催中止、7月場所、9月場所を定員の4分の1で開催、11月場所を定員の2分の1で開催しかできなかったのだ。年間入場者数は例年の3分の1にまで激減してしまった。

例年の年間入場券収入を60億円、NHKからの放送料収入を30億円とすると入場券収入減で40億円減、放送料収入5億円の減収となり、この2つの減収分だけで50億円の赤字の9割を占めることになる。

これだけの巨額赤字が出ても、昨年12月には相撲協会にはまだ330億円の積立金が残っていたのだが、今年の赤字額30億円を含めると積立金は300億円にまで減少する。

■2年分の赤字からの回復は容易でない
さしあたって経営に困る状況にはないといわれているが、相撲協会が毎年5億円の利益を確保するには、コロナ禍前と同様に毎場所ほぼ満員になるくらいの観客に来てもらわなければならない。すると、一日も早く入場制限が解除されなければならず、これは相撲協会の経営努力だけではなんともならない。

今年末までに見込まれる赤字額80億円を短期間で取り返すのは相当難しい。相撲協会はコロナ禍の2年間で発生するであろう80億円の赤字を毎年の利益5億円で回収して、令和元年3月時点の積立金額380億円に戻すには16年かかることになる。

回収期間を短くしようとすれば、観客数を減らさない程度に入場料を値上げすること、あるいは力士、親方、協会員の人件費を下げることしかなくなる。

大相撲に限らずコロナ禍で興行界は大打撃を受けているが、安定的にNHKからの放送収入があり恵まれた経営環境にある大相撲ですらこれだけの損失が生じている。改めてコロナ禍の興行界に与える影響に嘆息せざるを得ない。

大相撲は年6場所に限られており、観客の収容人数も増やすわけにはいかない。コロナ禍前以上に売上を増やす要素がほとんどないのだ。一方人件費を削減するようなコストダウンを行えば提供するクオリテイを損ないかねず、おそらくこうしたリストラを行ってまで利益を確保しようとはしないだろう。

■ポストコロナに向けて必要なこと
そうなると、相撲協会がとりうる増益策は観客数を減らさない程度に入場料を値上げすることしかなくなってしまう。入場料の値上げによる増益策は非常に手堅く、年6場所の入場券収入を60億円とすれば平均1割値上げするだけで6億円の増益が見込める。この結果16年の回収年数は7年にまで短縮できることになる。

当然、デフレ下で値上げしようとすれば、入場者数の減少リスクに直面する。入場料を1割値上げして1割以上入場者が少なくなれば、値上げした意味がなくなってしまう。

今後も大相撲人気が続くことが前提であるが、赤字の回収に16年かかろうが7年かかろうが、相撲協会がコストに手を付けず安定的な利益を維持するには年6場所の入場料収入をなるべく高いレベルで維持していくしかない。

そのためには、なるべくたくさんの人に本場所に来てもらう工夫も必要になってくる。

■実はファン精神にあふれている本場所
実際に本場所に足を運ばれた方は実感されていると思うが、本場所には観戦に来てもらったファンを楽しませる様々な工夫がされている。

コロナ禍以前は、入館するときに切符を切るのは現役の親方だ。名前は思い出せないが確かに昔テレビで見た有名力士から直接切符を切ってもらいプログラム表を渡してもらえるだけでも楽しい。

東京場所であればワンコインで各相撲部屋の様々なちゃんこ鍋も食べられるし、通常なら、国技館の中にある相撲博物館は場所ごとに特集展示も行われる。過去には先着順でカレンダー配布があったり、行司が相撲字でお客の名前を書いてくれたり、抽選に当たれば力士のお嬢様抱っこがあったりという企画もあった。

この秋場所では、スイーツで有名な芝田山親方(元横綱大乃国)がプロデュースしたお菓子やパンの出店も出ていて親方といっしょに記念撮影もできた。こうした工夫は、一度本場所へやってきた観客に、機会があればもう一度訪れたいと思わせるリピーター作りとして大いに貢献していることは確かだ。

しかしながら、新たに本場所へ行ってみようというファンの確保にはつながっていないかもしれない。

■本場所に行ってみようとするファンを増やす工夫
本場所を見たことのないファンであろうと、リピーターであろうと大相撲の内容そのものが面白くない限り、本場所に足を運ぶようなことはしないだろう。本場所に来てもらうためには、いわゆる「土俵の充実」が前提なのはもちろんのことだ。

そのうえで、本場所の入場者数を収容人員いっぱいに確保する取り組みも必要になるだろう。

ファンに本場所へ来てもらいたければ、まずは本場所にやってきそうなファンのリストを作ることである。そしてファンに本場所の魅力を伝え、来場をアピールしていくのだ。いわゆるダイレクトリスポンスマーケティングといわれる集客手法のことである。

こうした集客手法を相撲協会が行おうとすれば、まずはファンのデータベース化が必要になる。いままでも、相撲部屋ごとのファンのデータベースは存在したし、活用もされていただろうが「大相撲公式ファンクラブの開設」は、相撲協会がファンのデータベース化を試みているという意味で画期的な取り組みではなかろうか。

大相撲公式ファンクラブは始まったばかりで、今後どのように展開していくのかわからない。しかし公式ファンクラブをきっかけに大相撲のすそ野が今以上に広がり、連日満員御礼が続いて一刻も早くコロナ禍の損失が解消されることを相撲ファンとして切に望みたい。

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河野創 青山人事労務代表/社会保険労務士

【プロフィール】
MBAを持つ社会保険労務士。大手企業で社内起業し自らも14年間海外子会社を経営。中小企業社長の気持ちや悩みがわかるコンサルタント。海外人事労務のほか、採用、教育、人事評価制度構築や資金繰りまで幅広くアドバイスを行う。説明調になりがちな人事労務をわかりやすく解説。趣味は10代からの大相撲観戦で、親しみやすさが魅力の照ノ富士のファン。

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