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芸術の秋の真っ只中に、東京・天王洲の寺田倉庫にて大規模なバンクシーの展覧会「バンクシーって誰?」展が開催されている。

バンクシーはイギリスを拠点に活躍する人気の現代アーティストだ。その名を世界的に知らしめた事件として、2018年にイギリス・ロンドンで開催されたオークションが挙げられる。このオークションに出品されたバンクシーの作品は高額で落札されたその瞬間、額に仕込まれたシュレッダーにより裁断されてしまった。このニュースはアートとオークションの歴史の中で類のない事件として世界中で大きく報道された。

2019年には小池百合子都知事が、ゆりかもめの日の出駅近くで発見されたネズミの絵と一緒に映った写真をツイッターに掲載した。これをメディアが取り上げて大きな話題となったこともある。

こうした報道でアートに関心のなかった人たちの間でも、バンクシーの名前は知られるようになった。バンクシーは近年見られつつあるアートの民主化・大衆化の傾向に大きく貢献したといえるが、名前は知っていても作品やなぜ人気があるのか知らない人も多いのではないだろうか。

そこでアートエデュケーターとして、バンクシーの作品を紹介しつつ、バンクシーの魅力や人気のワケを解説してみたい。

■バンクシーって誰?
バンクシーはイギリス西部の港町・ブリストル出身のアーティストだ。本名や顔は公開されていない。その正体をめぐっては、ブリストル出身のロビン・ガニンガムという男性とする説、イギリスの人気バンド、マッシヴ・アタックのメンバーであるロバート・デル・ナジャとする説など、諸説ある。しかし、世界的に有名になった今でもその正体は不明のままだ。

なぜバンクシーは匿名で活動を続けるのか。それはストリートアートという作品の特性による。ストリートアートは都市の壁や道路など公共空間にペンキやスプレーで描かれた表現の総称で、グラフィティーとも呼ばれる。一般的には器物破損や建造物破損などに該当するため犯罪として取締りの対象となる。

所有者や管理者の許可を得ずにゲリラ的に描かれることも多いため、損害賠償を請求されることもある。こうした法的問題からストリートアーティストは匿名で活動を続ける者が多く、バンクシーも例外ではない。

■バンクシーは違法か合法か?
所有者や管理者の許可を得て合法的に描かれる場合を除き、ストリートアートは原則、違法である。だが作品の芸術的価値が認められて事後的に合法となるケースもある。

例えば2006年にバンクシーがブリストルにある性医療クリニックのビル壁面に描いた「The Well Hung Lover(見事にぶら下がった愛人)」は、公開されるや否や作品の保存をめぐって議論が起こった。

当初市議会はこれを消そうとしたが反対運動が起こり、オンライン投票によりその保存の是非について市民の意見を聞くことになった。その結果97%という圧倒的多数の賛成を得て作品を残すことが決まった。違法な作品が事後的に合法と認められたイギリス初の事例として知られている。

アメリカではストリートアートが描かれた建物の所有者が、逆にアーティストから訴えられる事件も起きている。ニューヨーク市にあった「ファイブ・ポインツ(5points)」はグラフィティーの名所として国際的に称賛され観光名所にもなっていた。所有者であり開発業者でもあるジェリー・ウォルコフ氏が、再開発のためにこれを取り壊したところ、アーティストから損害賠償を請求されたのだ。

米連邦地裁は2018年2月、ウォルコフ氏に7億円超えの損害賠償を支払うよう命じた。アメリカでは「視覚芸術家権利法(VARA)」により、アーティストにも作品を守る権利が認められている。そのため、価値ある芸術作品を破壊したという理由でウォルコフ氏側が敗訴した。

アメリカにおいてストリートアートがこの法律で保護されたことはこれが初となる。アーティスト側の弁護士は、ストリートアートが他の美術作品と同様に価値があることを明確にした重要な判決である、と語っている。

違法か合法かの判断は作家の著名性や作品のクオリティだけではなく、アートや景観に関するその国の法律によっても異なり、最終的には司法や行政の判断に委ねられる。このようにストリートアートには常に法律にまつわる複雑な問題が内在している。

■バンクシー人気のワケ
バンクシーはなぜ人気があるのか? その理由として話題を呼ぶパフォーマンスとわかりやすいメッセージこの2つが挙げられる。

冒頭で紹介したシュレッダー事件をはじめ、バンクシーは型破りな行動で度々メディアの注目を集めている。例えば2006年にロサンゼルスで開催された「ベアリーリーガル(かろうじて合法)」展では、派手な赤地に金の花柄模様を全身にペイントした象が登場して会場内を歩き回った。生きた象を用いたことから動物虐待であると物議を醸した。

タイトルは「Elephant in the room(部屋にいる象)」。これは英語の慣用句で「見て見ぬふり」を意味する。貧困など世界中に問題があるとわかっているのに、多くの人がそれらの問題に対して見て見ぬふりをしている状況を揶揄している。このような派手なパフォーマンスに加えて、多くの人の共感を呼ぶメッセージがバンクシーの人気につながっていると考えられる。

■シュレッダー事件とはなんだったのか?
では、とくに有名なシュレッダー事件にはどのようなメッセージが込められているのだろうか。シュレッダー事件のあらましを整理すると次のとおりだ。

少女と風船が描かれた作品は、2018年にロンドンで老舗オークション会社のサザビーズが開催したオークションに出品され、およそ1億5000万円で落札された。そして落札の合図であるハンマーが打たれたその瞬間、額縁に仕込まれていたシュレッダーが作動し作品が裁断され始めたのだ。思わぬ出来事に驚愕する人々の姿が、バンクシーの公式インスタグラムに掲載されている。


(出典:Banksy公式インスタグラム 2018/10/06)

幸い作品はシュレッダーが途中で止まったため、下半分のみが裁断された状態となったが、本来であれば最後までシュレッダーにかかり細断されるはずだったという。これはバンクシー本人が後にネットで完全に絵が裁断される様子の動画と共に明らかにしている。

当初「girl with balloon(少女と風船)」というタイトルがつけられていたこの作品は、事件後に「Love is in the bin(愛はごみ箱の中に)」と改名された。美術史上、初めてオークション会場で誕生した作品と評されている。この事件により、バンクシーの知名度と共に作品の価格も高騰し、同じ作品が2021年10月15日にロンドンで開催された最新のオークションでは、バンクシー作品としては最高額の約25億円で落札された。

バンクシーはなぜ、自身の作品を裁断するようなことをしたのか。不可解な行動の裏には、既存のアート業界やオークションに対する反骨心がある。先述した「ベアリーリーガル」展では、オークション会場をモチーフにした版画が販売され、そこには「こんなゴミ作品を実際に買うお前たちみたいなばか者たちがいるなんて信じられない」とのメッセージが添えられていたという。

このメッセージからバンクシーがオークションに対して否定的な姿勢であったことがわかる。多くの専門家もこの事件は巧妙なPR活動であると同時に、一部の富裕層が富を独占している資本主義経済やこれに支えられたオークションビジネスに対する批判の表れであると見解を示している。
(参考:細断されたバンクシーの絵画、再び競売へ 価値は6倍に? CNN.co.jp 2021/09/13)

■アートテロリスト
バンクシーは元々、故郷のブリストルで活躍するローカルなアーティストだったが、2000年初頭から活動の拠点をロンドンに移す。その後2003年以降はイギリスに限らずニューヨーク、パレスチナなど、世界中に活動の場を広げた。扱うテーマも社会問題やアート業界に対する批判に止まらず、難民、反戦、パレスチナ問題、反資本主義、反権力など多岐にわたる。

物理的な暴力や恐怖によらず、アートを介して自らの主張を強引に知らしめようとするバンクシーの活動は、しばしばメディアから「アートテロリスト」と呼ばれている。アートテロリストとしてのバンクシーの活動を象徴するのが、2017年にオープンしたホテル「The Walled Off Hotel(壁で分断されたホテル)」だ。

このホテルはヨルダン川西岸のイスラエルとパレスチナを分ける分離壁の前に建てられ、窓からの眺望は壁により完全に遮られている。そのため世界一眺めの悪いホテルとも呼ばれている。

分離壁は2000年代にイスラエル政府により、自爆テロを防ぐ名目でパレスチナの領域に大きくせり出すように建設された。全長780kmにも渡って今も両国を分断している。壁を隔ててイスラエル側では豊かさを享受する人々がいる一方、パレスチナ側では多くの人々が故郷を追われ難民として暮らしている。このホテルは、経済格差を生み出すと共に民族自決の妨げにもなっている分離壁に対し、バンクシーならではのユニークな方法でアンチテーゼを具現化したものといえる。

ホテルの他にもインティファーダ(イスラエルによる占領への抵抗運動)をモチーフに、投石するパレスチナの若者の手に花束を持たせた「Flower Thrower(花を投げる人)」(2003年)、平和の象徴であるオリーブをくわえたハトが防弾チョッキを着てライフル銃の的にされている「Armored Dove of Peace(ターゲットにされた鳩)」(2005年)など、反戦や平和を訴える多くの作品をパレスチナに残している。

■バンクシーの功績
これまで紹介したとおり、バンクシーの作品はユーモアの効いた皮肉や明快でわかりやすいメッセージが込められていることが多い。こうしたわかりやすさは多くの人々の共感を得て、バンクシーの人気やアートに対する関心を喚起することにつながっている。

バンクシー研究で知られている東京藝術大学教授の毛利嘉孝氏は、バンクシーの功績について次のように評価する。

アートにまったく興味のなかった人に、一般にはほとんど知られていなかったバンクシーやストリート・アートに対して関心を持たせるきっかけになったことは、きちんと評価すべきでしょう。
バンクシー アート・テロリスト 毛利 嘉孝 2019年 光文社新書


また、現代アート販売の経営者・徳光健治氏によると、これまで一部の美術評論家により作品の評価が決められていたが、アートの評価軸が大衆化しつつあるとして次のように述べている。

最近では、多くのアートファンに感動や共感を与えることによって評価されるという方向に軸が変わり始めています。(中略)コンセプトが難解であることや、複雑なコンセプトを重ねることで意味を深めることだけが評価される時代はいずれ終焉を迎えることになるでしょう。
教養としてのアート 投資としてのアート 徳光 健治 2019年 クロスメディア・パブリッシング


バンクシーの作品は、こうしたアートの評価軸の転換に大きな役割を果たしているといえる。従来の現代アートは、専門家でなければ理解が困難なものも多かった。コンセプトの難解さに加えて、アート業界の敷居の高さも相まって、アートに馴染みがなかった人たちの中にはアートに対して障壁を感じる人もいた。バンクシー展を通じてこうした障壁が取り除かれ、アートの裾野が広がることを期待したい。

※「バンクシーって誰?展」は12月5日(日)まで開催予定。

【参考文献】
■毛利 嘉孝『バンクシー アート・テロリスト』、2019年、光文社新書

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八重田季江 アートエデュケーター

【プロフィール】
関西大学大学院、日本美術史修士課程修了。文学修士。第19回鹿島美術財団賞、日本・東洋美術部門受賞。現在は小さな子供連れでも気軽にアートを楽しめるワークショップ『移動美術館』を無料で企画・運営中。一児の母。旧姓、谿季江(たにときえ)。

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