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「紳士淑女をおもてなしする私たちもまた紳士淑女です」

高級ホテルを展開するザ・リッツ・カールトンでは、クレドと呼ばれるサービス哲学にこのような記述がある。ザ・リッツ・カールトン大阪で行われた偽装表示の謝罪会見でも、総支配人は従業員を紳士淑女と呼んだ。しかし、総支配人の受け答えや彼らのやってきた事は果たして紳士淑女といえるのだろうか?

ミスか?偽装か?

10月22日、阪急阪神ホテルズは運営している傘下のホテルのレストランで、メニュー表示と異なる食材を使った料理を約79000人に提供していたと公表した。その後、24日には同じく阪急阪神ホテルズが経営するザ・リッツ・カールトン大阪でも同様の問題が報じられた。謝罪会見に登場した阪急阪神ホテルズ社長と、ザ・リッツ・カールトン大阪の総支配人には、出席した記者から繰り返し「ミスか?偽装か?」という質問が飛んだ。

価格ではなくブランド価値で勝負をするホテルにとって今回のような問題は致命的だ。これらのホテルは偽装をした時点で「高級なフリをした値段が高いだけのホテル」になってしまうわけで、一体誰が利用するのか?という事になる。

特にリッツカールトンは高度なサービス・ホスピタリティで顧客の高い期待に応えるという「予告ホームラン」を確実に実現する事でブランド価値を高めて顧客を集めてきた。本国のリッツカールトンでは従業員は顧客のために2000ドルまでなら自由に使えるルールがあるという。こういった話とコスト削減のために表示と異なる食材を使うという偽装はあまりにかけ離れている。

「リッツカールトンが大切にするサービスを越える瞬間」という書籍では次のようなエピソードが紹介されている。サンフランシスコのリッツカールトン開業時には、面接に訪れた入社希望者をドアマンが出迎え、ピアノ演奏でもてなし、面接になるとウェイターがドリンクを運んだという。応募者はこれを見て「もっと普通のホテルで働いたほうが気が楽だ」と、半数が帰ってしまったという。顧客のみならず入社希望者にも徹底してホスピタリティを提供するリッツカールトンがなぜ大阪では今回のような問題を起こしてしまったのか、何とも不可解だ。

そしてホテルのような固定費ビジネスでは稼働率が命だ。稼働率が高ければ利益を維持できるが、固定費を賄うだけの売上が無ければあっという間に赤字に陥る。これは同じく固定費ビジネスである結婚式場や航空会社でも同じで、いずれもアップダウンの激しいビジネスだ。今回のダメージに阪急阪神ホテルズは果たして耐えられるのか?

ブランド価値を毀損する謝罪会見。

謝罪会見では社長、総支配人ともミスであることを強調した。実際の会見を最初から最後まで通しで見ればそのような場面ばかりではないのかもしれないが、報道では言い訳をしているような映像が繰り返し流された。企業の危機管理として、このような姿を経営者は一瞬たりとも見せるべきではなかった。謝罪会見について一体どのような準備をしていたのか。

過去には謝罪会見の対応ミスで会社が一つ潰れている。ユッケの食中毒で5人の死者を出してしまった焼肉屋の事件だ。この時、会見で社長が反論したり、死者が出たと聞かされて土下座をした場面が何度も報道された。後にその社長は「会見の一部で記者に反論をした場面や、気が動転して土下座をした映像が繰り返し放送され、逆切れするなんて反省していないとか土下座がわざとらしいと批判された」と発言している。これが最後の止めとなって焼肉屋は潰れた。

辞任した阪急阪神ホテルズの社長は、偽装といわれても仕方ないという表現をしている。仕方ない、というのは認めたくないという事だが、表示と違う食材を使った事に間違いは無い。この状態で仕方ないという表現はあまりに不適切だ。

記者は絵になる質問を得るために質問をしている。不祥事を起こした企業のトップが苦しい言い訳をしている映像や不適切で矛盾した回答内容……これほど格好の材料は無いだろう。経営者はそういった姿をわずかでも見せた時点で負けだ。謝罪会見にあたって言い訳の想定問答を一生懸命作っていたとしたら、これはとんでもない勘違いだ。

危機管理でブランド価値を損なわないために。

謝罪会見では、しっかり謝り、いい加減な事は言わず、なおかつ付け入る隙を与えずにブランド価値を保つ必要がある。阪急阪神ホテルズとザ・リッツ・カールトン大阪の謝罪会見では、これが全くできていなかった。

社長と総支配人の二人は、個人的に自身の身を守ろうとするあまり、よけた弾が会社を直撃して、ブランドの価値を、企業価値を壊している事に気づいていない。この会見では企業側の価値だけではなく、これまで信頼して利用してきた顧客の想いまで壊した。彼らはどんなにしつこく偽装か?ミスか?と問われても明確に答えるべきではなかった。

「表示に間違いがあった以上、その質問に答える資格は現在の我々には無い。しかし、我々が頂いている料金は当然の事ながらミスも偽装も許されない水準だ」

答えられるとしたらこの程度だろう。そして真相については第三者委員会等に委ねる、と答えるべきだった。それ位今回の問題は深刻で、意図的なものではなかったと自主的な調査で簡単に言い切って良い状況ではないはずだ。そして一部の偽装については現場の従業員は気づかないはずがもない。

例えば九条ネギを青ネギや白ネギで代用していたというが、見た目が全く違うのだから気づかない料理人がいるわけもないし、勝手に表記と違う食材を使う理由が料理人個人には無い。現場の責任者レベルでは意図的にやっていたか、黙認していた事は確実だ。そして現場の責任者に偽装を行うどのような理由があったのか、ここが問題になるだろう。

小さいエビは全て芝エビと認識していた、と苦しい説明をさせているのも、知らなかったで通すのは無理だと判断したからだろう。今後も誤解と認識不足で押し通すとしたら、ブランドの価値を信じて高額な料金を払ってきた客に対してあまりにも不誠実だ。

「メニュー」に縛られる飲食業。

今回の表示偽装では、ブランド食材の表記、食材の種類、栽培の場所、料理の提供方法など、ありとあらゆる部分で問題が発覚しているが、報道を確認すると管理ミスで発生していると思われる部分も散見する。例えば調達が時期的に難しかったり、量が確保できるかどうか不明な食材をメニュー名に使ってしまうといったやり方だ。確保した分が無い時は売り切れにすれば問題にならなかった所を、別の食材を使って表記はそのままに提供すればその時点で偽装だ。メニューの企画者と料理人の連携が全く取れていないという報道もある。

ソムリエとして有名な田崎真也氏は、著書の中で「ホテルのソムリエにだけはなりたくなかった」と書いている。理由はセクショナリズムが酷いからだという。自分の領分の仕事を周りの人間には一切させず、他の人の仕事にも手を出さない。例えばグラスの水が空でウェイターが水を注ぐと余計な事をするなと文句を言う、宴会のセクションでワインのイベントをやっていても一切手を出さない……という具合だったという。

田崎氏の著書で語られているのは20年以上前の話だが、ホテルや飲食では他部門には口を出さない、という空気もあるのかもしれない。本来はろくに調達も出来ない食材でメニューを考えるのは辞めてくれ、とシェフとメニュー企画の担当者が真剣に話し合うべき所を「無茶なメニューを考えているのは自分じゃない」「せっかく作ったメニュー通りに提供しないのは料理人のせい」と考えるような、無責任体質が出来上がっていたのではないか。

そしてホテルサービスは人が主役だ。モラルが低下すればすぐに形となって表れるだろう。世界最高峰と言われるリッツカールトンで働きたい!という従業員のモラルで支えられていたサービスレベルは急低下してもおかしくない。そして意識の高い従業員ほど「こんな恥ずかしいホテルで働けるか!」と辞めてしまう可能性も十分に考えられる。

顧客はどう動くか?

過去に赤福や白い恋人では賞味期限の偽装や材料再利用の問題がおきた。これらの会社は絶対に潰れるだろうと思っていたら、販売再開時には行列が出来て驚いた事を覚えている。これは本当のファンなのか、偽装を気にしていないだけなのか、騒動で話題になって思い出したように食べたくなっただけなのか……これについては何ともいえないが、こういった顧客の動きを見ると、誠実に対応すれば復活の余地はあると思われる。船場吉兆が潰れてしまったのは、問題発覚後もパート従業員に責任を押し付けるなど、いい加減な対応に終始した事も大きな原因だ。

今後、偽装ではなくミスだという言い訳は不要だ。上で書いたように奇麗事でもなんでもなく、それに答える資格が現時点の彼らには無い。自分はいずれのホテルも利用した事は無いが、過去に利用した客の中にはどうにか復活して欲しいと願う人も居るだろう。そういった顧客の離反を防ぐためにもこれ以上の余計な発言は辞めたほうが良い。

サービス・不祥事に関する記事は以下のものを参考にされたい。
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■期待値を下げて利益を出す ~スカイマークエアラインの正しい経営判断~
■学資保険なんていらない ~教育資金の貯蓄と、元本割れした人の対応策について~
■ソフトバンクのせいで家を買えなかった人がいるかもしれない件について~分割払いは借金である~

リッツカールトンというブランドは、世界的に見ても有数のブランドだったが、少なくとも日本では地に落ちた。今だに本国の経営者が謝罪しない事が不思議でしょうがないが、日本でのビジネスをあきらめていないのであれば総支配人にこれ以上言い訳をさせるのは辞めるべきだろう。

こういった問題がおきるたびに危機管理の重要性が叫ばれるが、阪急阪神のような大手企業でもそれが出来ず、リッツカールトンのようなブランドでも対応できないのかと思うと、危機管理というのはなんとも難しいのだと改めて痛感する。

中嶋よしふみ シェアーズカフェ・店長 ファイナンシャルプランナー

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