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「偽装請負」という言葉をテレビやインターネットなどで見聞きしたことがある方は多いだろう。昨夜放送されたダンダリン第9話でも、ホテルの清掃スタッフの女性たちが半ば騙されるような形で偽装請負契約を結ばされ苦しむ姿が描かれていた。

今後雇用スタイルの多様化、複雑化がさらに進むことにより、偽装請負の被害者には誰もがなりうる可能性があると思うので、知らず知らずのうちに偽装請負の契約を結んでしまわないよう、また、万一、偽装請負契約を結んでしまった場合には、どのような法的救済を受けることができるかについてもまとめてみたので、ご高覧いただきたい。

そもそも「偽装請負」とは何か

最初に「偽装請負」とはどのような状態のことを指すのかであるが、それを説明するための前段として、「雇用契約」と「請負契約」は何が同じで、何が違うのか、から説明を始めたい。

実は、雇用契約も請負契約も、「他人のために何らかの労務を提供する」という意味では同じである。

例えば、IT企業のA株式会社が、プログラマーのBさんに、「C社のホームページを作って欲しい」と依頼した場合、「ホームページを作る」という作業自体は同じでも、これは雇用契約にも請負契約にもなりうる。

では何によって雇用契約と請負契約に分かれるかであるが、ポイントは、そのホームページを作る「過程」において、BさんがA株式会社からどのような条件を示されるかである。

もしBさんが、A株式会社から「毎朝8時から17時まで勤務してください」とか「随時、○○部長のチェックを受けながら作業をしてください」とか「帰る前には必ず日報を提出してください」とか、勤務時間や勤務条件などを拘束する条件が出されたら、それは雇用契約である。

逆にBさんが、A株式会社から「○月○日までにC社のホームページを完成させてください。やり方は任せますので期限までにヨロシク!」というような条件を出されているならば、請負契約である。

一言でまとめれば、「その仕事を完成させるために、逐一発注者の指示を受けるか否か」が雇用契約と請負契約の分かれ目ということである。

雇用契約であれば、Bさんは労働者となるので、労働基準法が適用されて賃金の支払や労働時間の制限などの保護を受けることができる。雇用契約の本質は、自分の働く時間や働く条件を使用者に委ねるかわりに、働いた分はキッチリ給料が支払われるという、交換条件で成り立っているからだ。

請負契約であれば、Bさんは個人事業主という立場になり、働く条件は自由であるが、もしホームページを完成させられなかったら、三日三晩徹夜で頑張ったとしても、報酬は請求できない。請負契約の本質は、自分の仕事の進め方に自由が与えられるかわり、相手が求める結果を出さなければ報酬は請求できないという、交換条件で成り立っているからだ。

さて、ここから「偽装請負」の話に入っていくが、端的に言えば「偽装請負」とは、働く条件は雇用契約なのに、報酬の支払い方は請負契約という、事業主側が両方の契約のいいとこ取りをした、労働者にとって極めて不利な契約の形態のことである。ダンダリン第9話の中でも述べられていたが、このような不公平な契約は労働者の無知に付け込んで結ばれることが多い。

先ほどのA株式会社とプログラマーのBさんの話に戻れば、この両者間に偽装請負の契約が結ばれるとしたら、「BさんはA社の指示する労働条件に従ってC社のホームページを作ってください。しかし、きちんと完成させなければ報酬は支払いませんよ。」というような契約内容になるであろう。

別の例を挙げるならば、営業系の会社が、「フルコミッションの営業です。但し、8時に朝礼、19時に終礼を行いますので、直行直帰は認めません。必ず朝夕会社に顔を出してください。」というような条件で求人を出していた場合、偽装請負の可能性が高い。働き方を拘束しているにも関わらず、労働時間に応じた給料を補償する形の契約になっていないからである。

以上で説明したよう、自分の働き方が偽装請負に該当していないかは、「働き方の自由度」と「賃金の支払われ方」、2つの観点でおおよそ判別がつくと思うので、気になる方は是非セルフチェックをして頂きたい。

なぜ事業主は「偽装請負」に手を染めるのか

次に、事業主側の「手の内」を知るためにも、なぜ事業主は偽装請負に手を染めるのかという背景を説明しておきたい。

まず、やはり最も大きな理由は賃金の支払である。単に労働者からの搾取のため、というのは問題外だが、法的に通るかは別として、会社側にも一応、理屈はある。

例えば、IT系の会社であれば、プログラミングが早くて正確な労働者を求めている。ところが、労働時間に対して賃金を支払うとなると、スピードが遅くてミスが多い人ほど残業代を多くもらうことになってしまう。営業系の会社でも、長時間売り歩いても成果が出ない人に対して、多額の残業代を支払わなければならなくなってしまいかねない。

このような逆転現象を防ぐための一つの手段として、偽装請負が用いられる。請負契約であれば、労働時間に対してではなく、成果物そのものに対して報酬を定められるからである。

また、社会保険や労働保険に加入する負担を免れるための目的で偽装請負が使われる場合も少なくない。雇用契約の場合は、一部の例外を除き、労働者を社会保険と労働保険へ加入させなければならないが、その負担は事業主に重くのしかかる。労働者に支払う賃金の額面に対し、さらに20%近くが、労働保険、社会保険による事業主の追加負担となるのだ。これが請負契約であれば、労働者扱いをしなくてよいから、労働保険料、社会保険料の負担はマルマル無くなる。

さらには、解雇に関わる問題もある。雇用契約であれば労働基準法で保護されるので、解雇規制も厳しい。しかし、請負契約であれば、契約の解除については契約書でいかようにも定められる。

「偽装請負」の被害者にならないために

以上を踏まえ、偽装請負で起こりうる代表的なトラブルに対し、対応策を示したい。

まず説明をしたいのは、会社の指揮命令を受けながら働いたにもかかわらず、フルコミッションとして給料が1円も支払われなかった場合である。このとき、実態は雇用契約である以上、働いた時間分の賃金が支払われなければならないことは明白であるが、それでは具体的にどのような金額が支払われるべきかに関しては、最低賃金法第4条2項に目を通していただきたい。

条文を下記に紹介すると、

「最低賃金の適用を受ける労働者と使用者との間の労働契約で最低賃金額に達しない賃金を定めるものは、その部分については無効とする。この場合において、無効となつた部分は、最低賃金と同様の定をしたものとみなす。」

という記載になっていて、「成果が無ければ1円も支払わない」という定めは、最低賃金法違反で無効あるから、最低賃金法の定めに従い、「最低賃金×実際に働いた時間」の賃金を労働者は受け取ることができる。例えば東京ならば、最低賃金は869円だ(平成25年11月現在)。いくらかの報酬が支払われていた場合であっても、その支払われた額が最低賃金法で計算された額に満たなければ、差額を請求することができる。

未払い賃金は本人が内容証明等で請求することも可能であるが、すんなり支払われないようであれば、労基署に相談して動いてもらったり、弁護士や特定社会保険労務士に相談するなど、権利を実現するためのステップを踏んでいくことになるであろう。

さて、次に説明をしたい事例は、偽装請負の労働者が労災にあった場合である。表面上は請負契約とされているので、当然、労災保険の加入手続はされていない。しかし、実態が雇用契約あれば、被災労働者には遡って労災保険が適用され、労災保険上の給付を受けることができる。労災保険の未加入につき、労働者には何の罪もないからだ。ペナルティを受けるのは事業主側で、保険給付に要した費用の負担等が労災法に定められている。

しかしながら、このような金銭的ペナルティの負担や、芋づる式に偽装請負が発覚することを避けるため、偽装請負を行っている会社では、事業主が労災を隠したがることが多く、労災を申請するための書類の作成に協力してもらえない可能性が高い。このような場合も諦めずに、労基署や社会保険労務士に相談をしてほしい。会社が協力をしてくれない旨を申し添え、労災を適用させることもできるのだ。

また、事業主が「見舞金」なるものを支払うことを条件に、労災の申請を思いとどまるよう説得されることがあるが、これは受け入れるべきではない。労災は後遺障害が発生した場合などにも手厚い補償があるが、そのような権利を放棄することになるからである。また、実際は労災なのに健康保険を使って治療を受けることは、健保協会(または健保組合)に対する詐欺なので、不正行為の片棒を担ぐべきではない。

3つ目に説明したいのは、偽装請負の労働者が契約を打ち切られた場合である。偽装請負の打切りは解雇と同視されるものなので、労働基準法上の権利として、30日前の解雇予告又は30日分の解雇予告手当の支払を求めることが可能だ。更には契約の打ち切り自体を違法解雇であることとして争うこともできる場合もあるだろう。解雇回避義務を果たしていない安易な解雇は認めないのが日本の裁判所のスタンスである。

仮に解雇を受け入れる場合でも、偽装請負の労働者は雇用保険にも遡って加入することが可能である。最大2年前まで遡ることができる。遡って加入した結果、事業主都合の解雇であれば、直近の1年間に被保険者期間が6ヵ月以上あれば、失業期間中に基本手当を受ける権利が生じる。

このように、泣き寝入りをしなければ、権利を実現する手段は様々残されている。自分がどのような権利を持っているのかを認識し、自分自身や愛する家族の生活を守ってほしい。

ダンダリンの補足については以下の記事も参考にされたい。
美容師さんが夜遅くまでカット練習しているのはサービス残業なのか? ~ダンダリン第8話の補足
労災保険で通勤災害の認定を受けたければカフェではなく牛丼屋に寄りましょう。 ~ダンダリン第7話の補足
トヨタ自動車が過去最高の生産台数を達成しようとしているのに、何故中小零細企業は景気が良くならないのか ~ダンダリン第6話の補足
退職したら損害賠償で訴えるぞ!は法律上の根拠があるのか単なる脅し文句なのか? ~ダンダリン第5話の補足
女子大生が妊娠したら内定を取消されるって本当!? ~ダンダリン第4話の補足

最後に補足であるが、契約書のタイトルが「雇用契約」になっていようが、「請負契約」になっていようが、それは全く関係ない。裁判所や労働基準監督署はあくまで、「実態」で判断をすることを覚えておいてほしい。契約書の表紙にいくら「請負契約」と書かれていても、日々使用者から指示を受け、時間的拘束もなされていた、ということが実態であれば、それは「雇用契約」に他ならないのだから、労働基準法に基づいた権利を行使することができるのである。

特定社会保険労務士・CFP 榊 裕葵

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