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ダンダリンもいよいよ最終話を迎えた。ダンダリンでは繰り返し、労働基準監督官の仕事は「労働者を救済すること」だと強調されてきたが、第1話の補足記事でも述べた通り、実際のところ労働基準監督官が行うのは、労働基準法に違反している会社を指導・是正することであって、サービス残業代の取り立て代行など、個々の労働者の直接的な救済に手を貸すことではなかった。

では、労働基準監督官は具体的に何を行っているのか

事業所に立ち入った労働基準監督官が違法状態を発見したときにまず行うのは、「是正勧告書」の交付だ。これは、労働基準監督官が指摘した違法項目に対し、経営者に自主的な改善を求める一覧表のようなものである。この是正勧告書で指摘された項目に対し、事業主は対処を行い、後日「改善報告書」で、違法状態を是正した旨を労働基準監督官へ報告することになっている。

ただし、「是正勧告書」はあくまでも行政指導の範疇であり、法的な強制力を伴うものではないから、サッカーで言えば「イエローカード」のようなものである。

法的な強制力がないならば、是正勧告書なんか無視しても良いのか、と思ってしまうかもしれないが、それは大きな間違いであって、サッカーでも「イエローカード」が累積すれば「レッドカード」になるように、労働基準監督官も「レッドカード」を切る権限を持っている。

「レッドカード」とはすなわち、司法警察権を発動して、労働基準法違反で事業所や経営者の「書類送検」を行うということである。悪質な場合には、経営者を逮捕することもできる。ダンダリン第1話でもサービス残業の是正勧告に従わない経営者に手錠をかけていた。

労働基準法違反の刑事罰は、例えば賃金未払いの場合は「30万円以下の罰金」で、罰則としてそれ自体は重くはないのかもしれないが、労働基準法違反で書類送検や経営者が逮捕されたとなれば取引先の信頼を失い、建設業であれば入札に参加できなくなったり、運送業であれば運輸局から運行停止処分を受けたりといったように、営業上の不利益にもつながりかねないから、通常の経営者であれば、レッドカードを切られる前に、イエローカードの段階で是正勧告に従うことが多い。

実務上は労働基準監督官は「手加減」してくれる?

ダンダリンのドラマを見ていると、ひとたび労働基準監督官に立ち入られると、是正勧告を無視すれば逮捕されるし、従ったとしても「ケツの毛」まで抜かれて、会社を潰すか潰さないかの瀬戸際に追い込まれかねない、という印象を感じた方も少なくないであろう。

しかしながら、あくまでもドラマ上の脚色の部分もあり、実務上は違法状態に対して、必ずしも直ちに100%の是正が求められるわけではないことは知っておいて頂きたい。

例えば、労働基準監督官が未払い残業代の是正勧告をする場合は、民法上の時効の通り、2年前まで遡って、耳を揃えて未払い残業代を払え、という指導をすることは稀である。実務上のラインで言えば、「過去3ヵ月」のサービス残業代を支払うよう指導されることが多い。会社に資力が無い場合は、労働者と合意ができれば分割払いによる是正も認められるケースがある。

また、社会保険の未加入も是正勧告を受けた場合は、入社時に遡って是正することが原則である。しかし、過去に遡って全ての保険料を納めるのは、会社も苦しいし、折半で負担しなければならない労働者も苦しい。絶対に許されるとは断言できないが、将来に向かって社会保険に加入することで実務上は切り抜けられる場合もある。

これらは、あくまでも「実務上の目安では」という観点であり、事案に応じてケースバイケースであることに留意頂きたいが、労働基準監督官がこのような柔軟な対応をしてくれる余地を残していることは、彼らが決して会社を潰すことを目的としているのではなく、そこで働く労働者のためにも、更生を求めているからだと私は理解している。

労働基準監督官が守っているものとは

このように見ていくと、逆に、労働基準監督官って意外と優しいんだな、と思ってしまうかもしれない。

しかし、これは優しいとか優しくないという話ではなく、「観点」の問題なのである。労働基準監督官が最も重視している観点とは、過去の違法を細かくほじくり返して糾弾することではなく、現在の違法状態を改善させることなのであると私は感じている。

ドラマの最終話の中で、段田凜が過去に立ち入った会社を結果的に潰してしまったが、それでも臨検の手を緩めなかった理由として、「労働者の人たちがボロボロのまま働き続けるのが見過ごせなかった」からだ、と言っていたのが印象に残っている。私は、労働基準監督官の仕事の核心はここにあると考えている。

段田凜が潰した会社の元労働者も、彼女が労働基準監督官として立ち入ってくれなかったら、過酷な労働環境から抜け出すきっかけをつかめず過労死していたかもしれない、と告白していた。

すなわち、労働基準監督官が労働基準法に違反している会社を取り締まるのは、「法律に違反しているから」ということ自体が最終目的ではなく、法律に違反した職場環境の元で労働者が働かされている結果、その職場の労働者の生命や心身に危険が生じている可能性が高いからということではないだろうか。

過去に悪質性が高いとして刑事立件され、書類送検に至っている事件も、残業代の未払い額の大きさよりも、長時間労働により過労死や事故死が発生した事件が目立っている。

また、残業の話からは逸れるが、労災事故が発生した場合には労働基準監督官は事業所に立入り調査を行い、危険な機械設備等に対しては「使用禁止命令」を発する権限を持っている。このような権限を持っていることからも、労働基準監督官の仕事の本質が垣間見えるのではないだろうか。

すなわち、労働基準監督官の仕事とは、会社に労働基準法を守らせることを通じて、その会社で働く労働者の「命」や「健康」を守ることだと私は確信している。

《参考記事》
社会保険労務士は本当に「経営者の味方」「労働者の敵」という仕事なのか? ~ダンダリン第10話の補足
偽装請負の被害者にならないために知っておきたい最低限のこと ~ダンダリン第9話の補足
美容師さんが夜遅くまでカット練習しているのはサービス残業なのか? ~ダンダリン第8話の補足
労災保険で通勤災害の認定を受けたければカフェではなく牛丼屋に寄りましょう。 ~ダンダリン第7話の補足
トヨタ自動車が過去最高の生産台数を達成しようとしているのに、何故中小零細企業は景気が良くならないのか ~ダンダリン第6話の補足

特定社会保険労務士・CFP 榊 裕葵


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