少し前の話であるが、外出先でランチを食べようと街中を歩いていると、回転寿司の店があり、「ランチタイムサービス 500円」という看板が目に付いたので、試しに入ってみた。寿司の味自体に関しては、値段に見合った満足感は得られたのだが、それ以外の部分で残念だったことがいくつかあり、社会保険労務士としての観点も交えながらそれらをまとめてみることにした。
まず感じたのは、「なんでこんなに雑なの?」ということだった。ふとカウンターの中をのぞくと、刺身を切った後、まな板や包丁を雑が放置されていたし、作り置きの巻物が適当にラップをかけられていた。衛生的に問題があるような酷さではないのだが、見ていて気持ちの良いものではなかった。 次に気になったのは、従業員間の連携の悪さだ。鮨職人は握るだけ、レジの人はレジだけ。スタッフが店全体やお客様の動きをよく見ていない。何か注文するのも、会計をお願いするのも、1つ1つ気疲れしてしまった。 また、鮨職人もスタッフも、自分の職域においては確かに仕事をしているのだが、お客様への「サービス」をしているというよりも、黙々と「作業」をしているように感じた。もっと端的に言えば、接客が機械的で、温かさを感じられなかったということだ。
極端な比較になるが、例えば、銀座久兵衛のような本格的な鮨屋のカウンターに座ると、その差がすぐに分かる。久兵衛では、どんなに若い職人でも使った道具はすぐにきれいにして、元の場所に戻すし、まな板に魚の切りかすなんかも絶対残さない。カウンターの中やまな板の上は常にピカピカである。新鮮なネタを使ったもともと美味しい鮨が、洗練された空間で一層美味しく感じられるのだ。 また、素人の私が言うのも生意気だが、鮨屋というのは、実は、結構連係プレイが重要な業種だと思う。カウンターで職人が鮨を握っているが、バックヤードでは酢飯をつくったり、魚をさばいたり、「玉」を焼いたりしている。フロアーでも、給仕係がお茶やお酒をついだり、お客様の案内や見送りなどを行っている。 銀座久兵衛の現当主、今田洋輔オーナーから直接伺った話なのだが、久兵衛では職人に、「鮨職人はマネージャーの感性を身に付けなければならない」と教育しているということだ。鮨職人というと、黙々と鮨を握っている印象があるが、最前線で接客をしている職人こそが、的確に状況を判断して、バックヤードやフロアーに指示を出さなければならないと、今田オーナーは考えているのだそうだ。実際、久兵衛のサービスには流れるようなスマートさを感じる。 また、今田オーナーは、「鮨職人はエンターティナーでなければならない」ということも指摘していた。銀座で鮨、とくに久兵衛のような高級店になると、緊張して席に着くお客様も少なくないのだそうだ。緊張したまま鮨を食べても美味しさを感じる余裕がなくなってしまうので、職人が積極的にお客さんの緊張をほぐすような接客を心がけなさい、と教育しているということを話してくれた。 これらをまとめると、今年の流行語大賞ではないが、久兵衛のサービスは、まさに「おもてなし」という言葉がピッタリではなかろうか。
私は、500円ランチの回転寿司のお店に、久兵衛と同じサービスを求めようとはまったく思っていないし、だから安い店はダメだ、と批判するつもりもない。 だが、「高級」と言われている店ほど、「整理整頓」とか「挨拶」とか、当たり前のことが本当に徹底されていると思うのだ。「整理整頓」なんてものは、躾や心がけの問題で、高級店だろうが回転寿司だろうが、「やってやれないことはない」はずである。「おもてなし」の心の大切さはどんな商売でも不変なはずだ。 たとえ回転寿司の店であっても、お客様は、出来る限り気持ちよく食事をしたいと思ってるのは間違いないのだから、コストをかけずにお客様を気持ちよく出来ることがあれば、どんどん導入していくべきだと私は思う。 ここまで、「鮨屋」を例に議論を展開してきたが、このような考え方は、他業種にも普遍的に当てはまる。 例えば、ホテル業界で言えば、建物をリニューアルしたり、新しいベッドを導入したりすればお客様の満足度はアップするであろう。しかし、そのためには莫大な投資が必要となるし、隣のホテルの同じことをやり出せば、比較優位性は直ちに失われてしまう。しかしながら、従業員教育をしっかり行ってソフト面のサービス力を向上させることは、大きな費用負担も必要ないし、隣のホテルが今日明日で簡単に真似できることではない。 安倍政権誕生以降、景気は回復傾向にあるが、長期間のデフレを経験してきた日本人の財布の紐はまだまだ固い。ギリギリの採算で商売をやっている会社も少なくないはずだ。だから、莫大な出費を伴う設備投資のような形でのサービス強化は難しい。 そのような制約の中、コストをかけずに自社の競争力をアップさせ、生き残りを図るためには、お客様に対する「おもてなし」の心を従業員にどれだけ持たせられるかこそが、まさに最重要のキーワードになるのではないだろうか。 《参考・関連記事》 ■JR九州「ななつ星」に学ぶ、おもてなしの心と経営判断。 ■ザ・リッツ・カールトン大阪は「紳士淑女」なのか? ■ダンダリンが教えてくれたこと。労働基準監督官が守るのは労働者の「命」 ■社会保険労務士は本当に「経営者の味方」「労働者の敵」という仕事なのか? ■偽装請負の被害者にならないために知っておきたい最低限のこと 特定社会保険労務士・CFP 榊 裕葵 シェアーズカフェ・オンラインからのお知らせ ■シェアーズカフェ・オンラインは2014年から国内最大のポータルサイト・Yahoo!ニュースに掲載記事を配信しています ■シェアーズカフェ・オンラインは士業・専門家の書き手を募集しています。 ■シェアーズカフェ・オンラインは士業・専門家向けに執筆指導を行っています。 ■シェアーズカフェ・オンラインを運営するシェアーズカフェは住宅・保険・投資・家計管理・年金など、個人向けの相談・レッスンを提供しています。編集長で「保険を売らないFP」の中嶋が対応します。 |