友人が転職することとなり、「現職の退社日と転職先の入社日で数日ブランクがあるのだが、医療保険はどうしたらいいのか?」という相談を受けた。私自身、同様の相談をこれまでも少なからず受けたことがあるし、インターネットなどを見ると色々と情報が錯綜しているようなので、困っている人が多いかもしれないと思い、この機会にまとめてみることとした。
会社を退職したときには、その会社で加入していた健康保険の保険証が使えなくなることは周知のことであると思う。 このとき、現職の退職日の翌日からすぐに転職先で勤務を開始するのであれば、1日のブランクもなく健康保険がリレーされるので何の問題もない。また、次の就職先が全く決まっていなければ、国民健康保険に入るとか、親や配偶者の扶養に入るとか、何らかの意思決定はしやすいであろう。 最も悩むのは、やはり、次の転職先は決まっているが、現職の退職日から次の転職先の入社日が数日空いてしまう場合ではないだろうか。この場合の医療保険について、最も良い方法は何かを、今回の記事では説明してみたい。 主な選択肢としては次の3つが考えられる。第1は短期間であっても国民健康保険に加入すること、第2は元の勤務先の健康保険の任意継続被保険者になること、第3は何の手続きもしないことである。それぞれの選択肢につき、以下損得を検証してみた。
まず、第1の選択肢、国民健康保険に加入する場合である。これが最もスタンダードな選択肢であるのだが、意外と人気がない。その理由は、保険料についてインターネットで情報が錯綜しているからではないだろうか。日割で保険料がかかるとか、保険料を2重負担しなければならないとか、色々な都市伝説が流れているようなので、ここで法的に正しい結論を紹介しておこう。 具体例を挙げたほうが分かりやすいので、例えばAさんというサラリーマンの方がいて、1月31日に現職を退職し、2月15日に転職先へ入社するとしよう。 このとき、Aさんの保険関係がどうなるかであるが、まず1月については現職の健康保険が末日まで有効である。法律上、健康保険の被保険者の資格は、退職日の翌日に喪失するというルールになっているからだ。また、2月については、15日から転職先の会社の健康保険の保険証が使えるようになるが、保険料は2月分(ないし3月分)の給料からマルマル1ヶ月分天引きされてしまう。これは、健康保険の保険料には「日割り」という考え方がないからである。 そのため多くの人が心配するのは、2月1日から2月15日の空白の14日間は国民健康保険に加入しておいたほうが無難だとは思うものの、保険料の2重負担は嫌だということである。国民健康保険の保険料も健康保険同様「日割り」の考え方はないので、たとえ加入したのが1日だけであったとしても、マルマル1ヶ月分の国民健康保険の保険料(ないし保険税)が発生してしまうのは事実だ。 しかし、安心してもらいたいのは、実は、上記Aさんのようなケースでは、保険料の2重払いは発生しないのである。なぜならば、健康保険も国民健康保険も、「月末に被保険者でなければ保険料は徴収しない」というルールになっているからである。すなわち、Aさんのケースでは、2月分は健康保険の保険料をマルマル1ヶ月分払うかわりに、2月1日から2月15日までは保険料0円で国民健康保険が使えるということである。
第2の選択肢である任意継続被保険者とは、健康保険法における制度で、退職前の会社に2ヶ月以上継続勤務していた場合、退職後も最大2年間、その会社の健康保険に加入をし続けることができるという制度である。在職時は保険料を会社が折半負担しているが、任意継続被保険者となった場合は全額自己負担となるので、原則として保険料は2倍になる。それでも国民健康保険の保険料のほうが高かったり、大企業の健康保険組合の場合はプラスアルファの保険給付も充実しているので、任意継続被保険者を選んだほうが得なケースもある。 しかしながら、次の転職先が決まっている人の場合は、任意継続被保険者を選ぶときには注意が必要だ。先ほどのAさんにもう一度登場してもらおう。Aさんがもし、2月1日から2月14日までは国民健康保険ではなく、任意継続被保険者になるこちを選んだとき、Aさんは損をすることになる。 というのは、Aさんが任意継続被保険者になるためには、元の会社の健康保険組合に1か月分の保険料を払わなければならないのだが、2月14日に脱退したとしても、その保険料は戻ってこないのである。一方で、転職先の会社の給料からも2月マルマル1ヶ月分の保険料を天引きされ、結果として保険料の2重払いになってしまうということである。これらの2重払いを調整する法律上のルールは、残念ながら存在しないのだ。 したがって、目先で次の転職先が決まっている人の場合、任意継続被保険者を選ぶと損をする可能性が高いのである。
最後に、第3の選択肢である何も手続きをしない場合について触れておこう。3たび、Aさんに登場してもらうことにしよう。 Aさんが国民健康保険に入るとしたら、入るべき期間は現職の退職日の翌日から、転職先に入社する日までの間、すなわち2月1日から2月14日の14日間である。ここで国保のルールを確認しておくと、新たに国民健康保険に加入することとなった場合、その日から14日以内に手続きをしなければならないということになっている。 つまり、Aさんが平穏無事に14日間乗り切れたならば、理屈上は「手続きに行こうと思っていたら次の就職先が決まって、健保に入っちゃったのですわ。」というグレーゾーンが成立する訳である。上述したように国保の手続をきちんと行ったとしても、どのみち納めるべき保険料は発生しないので、保険者である地方自治体も「目くじらを立てていない」というのが実態である。 では仮に、Aさんが2月10日に病院に行った場合どうなるかということであるが、「14日以内に手続」というルールは守っているので、行きたいと考えた段階で国保加入の手続をすれば保険料を手にして3割負担で医療を受けられるし、国保の保険証がないまま緊急で医療を受けたとしても、一旦は10割負担をしなければならないが2月14日までに国保加入の手続をすれば、7割分は現金で返還されることになる。 しかし、気をつけてほしいのは、万一のリスクである。仮にAさんが国保の加入手続きをしないまま2月10日に大きな病気を発症してしまい、そのまま入院となって身動きが取れなくなってしまった場合だ。そうなると、2月14日までに手続きに行くのは事実上困難で(家族等に依頼することは可能だが漏れたり間に合わないリスクもある)、国保加入の手続ができるまでに発生した医療費は、手続き遅れのペナルティとして10割負担となってしまう。 結局、Aさんの場合は、国保の手続きをするかしないかという「手間」の問題だけで、余分な費用を負担することなく万一のリスクを回避することができるのだから、多少の手間を惜しまず、現職を退職したら、すぐに国民健康保険の加入手続きをすべきであろう。 逆に、現職の退職日から転職先の入社日まで15日以上空いてしまう場合は、確実に医療保険の真空地帯となる日が生じてしまうので、是非とも国民健康保険の加入手続きを行ってほしい。 《参考記事》 ■学生が国民年金の保険料を払うのは損か?得か? ■介護保険は保険ではない ケアマネジャーと上手に付き合う方法 ■仕事に「自己実現」を求めるな! ■追い出し部屋が出来る理由。 ~ミクシィは悪くない~ ■女子大生でも分かる、3年間の育児休暇が最悪な結果をもたらす理由。 社会保険労務士・CFP 榊 裕葵 シェアーズカフェ・オンラインからのお知らせ ■シェアーズカフェ・オンラインは2014年から国内最大のポータルサイト・Yahoo!ニュースに掲載記事を配信しています ■シェアーズカフェ・オンラインは士業・専門家の書き手を募集しています。 ■シェアーズカフェ・オンラインは士業・専門家向けに執筆指導を行っています。 ■シェアーズカフェ・オンラインを運営するシェアーズカフェは住宅・保険・投資・家計管理・年金など、個人向けの相談・レッスンを提供しています。編集長で「保険を売らないFP」の中嶋が対応します。 |