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昨日、駅の売店で偶々見かけたスポーツ新聞に「小保方氏、懲戒解雇か?」という文字が踊っていた。スポーツ新聞は何かと見出しを大げさに書く傾向があるが、私は社会保険労務士であるから、本当に小保方氏は懲戒解雇になる可能性があるのか職業柄気になってしまい、労働法に沿って分析してみることにした。

尚、本稿は理化学研究所の最終報告書の内容が真実であることを肯定する立場で論じていることを冒頭で申し添えておく。

懲戒解雇には就業規則の定めが必要

まず、いの一番に確認しておきたいのは、企業が従業員を懲戒解雇するためには就業規則で懲戒解雇事由についての定めをしていることが大前提であるということだ。

就業規則に定めがない事由で従業員を懲戒解雇してはならないし、就業規則を作成していない企業では、従業員を懲戒解雇すること自体が法律上許されていない。

その理由としては、使用者の胸先三寸で懲戒処分を受けるような状況では、従業員は安心して働くことができないので、労働基準法では就業規則に定めなき懲戒処分を禁じているということである。刑法における基本理念、法律に定めなきことで処罰されないという「罪刑法定主義」と同じ考え方である。

この点、小保方氏の所属する理化学研究所に関しては、就業規則が公開されているので私も確認してみたのだが、任期制職員就業規則(以下、「就業規則」という)第52条第5号には、懲戒解雇又は諭旨解雇となる事由の1つとして「研究の提案、実行、見直し及び研究結果を発表する場合における不正行為(捏造、改ざん及び盗用)が認定されたとき」と明記されていた。

したがって、理化学研究所の発表した最終調査報告書が真実だとするならば、小保方氏が懲戒解雇となる可能性は肯定されるであろう。

懲戒解雇には「社会的相当性」が必要

しかしながら、不正行為が認定されたならば、直ちに懲戒解雇となるのかというと、それは話が短絡的すぎる。懲戒処分には「相当性の原則」というものがあり、従業員が行った不正行為が社会的相当性に照らし合わせて、懲戒解雇やむなし、という場合でなければ、懲戒解雇をしてはならないというのが裁判所の考え方である。

もし、小保方氏の捏造が、研究の核心に影響を与えない軽微なものであった場合には、譴責や減給など、何らかの懲戒処分を受ける可能性はあるが、懲戒解雇まですることは非違行為に対する処分が重過ぎるということで裁判所は懲戒解雇を認めないであろう。

今回のように、STAP細胞の存在そのものに関わる捏造であったならば、研究の成果に直結する不正行為であるから、社会的相当性の面からは、懲戒解雇は認められる可能性が高いと私は考える。

さらに言えば、就業規則第52条第13号には「不正行為を犯すなどによって職員としての体面を汚し、研究所の名誉又は信用を傷つけたとき」も懲戒解雇事由として定められているので、この点からも小保方氏の懲戒解雇は免れないであろう。

懲戒解雇と適正手続

また、懲戒処分を行うには、「手続面」の適正も必要である。就業規則第54条には「任期制職員の懲戒は、その審査を行うため懲戒委員会の議を経て行うものとする」と定められており、従業員意弁明の機会を与えるなど、適正な手続を経なければ懲戒解雇を行うことはできない。

刑法の世界においても、容疑者や被告人は警察官や検察官の恣意のままではなく、刑事訴訟法に基づいて逮捕、拘留、取調べ等がなされる。違法収集証拠は裁判上無効となるなど、被告人の権利が法律によって守られているのだ。これと同様に、企業が従業員を懲戒する場合でも、恣意的な処分を行ったり、強迫をするような形で非違行為の自白を迫ったりしたような場合には、懲戒処分が無効となる可能性がある。

懲戒解雇と退職金の関係

最後に、退職金に関しても触れておきたい。理化学研究所の退職金規程によると、小保方氏のような任期制職員に対してはもともと退職金を支払わない仕組みになっているので、今回の騒動に関しては、退職金は問題とならない。

ただし、世間一般的に「懲戒解雇=退職金没収」という誤解が定着しているので、その点についてだけ触れておきたい。

確かに、悪いことをして会社に迷惑をかけてクビになるのが懲戒解雇なのだから、退職金が没収されるケースは少なくない。しかしながら、裁判所はこの点の判断に慎重である。鉄道会社の職員が痴漢で逮捕されて懲戒解雇された事案でも、世間一般的には「鉄道会社の従業員が痴漢とは言語道断だ!」と考えるかもしれないが、裁判所はその事案の判決で「退職金全額を不支給とするには,それが当該労働者の永年の勤続の功を抹消してしまうほどの重大な不信行為があることが必要である」と述べ、退職金のうち3割相当の支給を会社に命じていることは注目に値する。

仮に、小保方氏が退職金の支給対象者であった場合、全額不支給になるか、何割か支払われる可能性があるのかはここでは論ないが、懲戒解雇と退職金不支給が必ずしもイコールでないことは覚えておいていただきたい。

結び

今回は「理化学研究所の小保方氏」という具体的な事案に沿って議論を展開したが、これを他山の石とせず、万一、何らかの事情で自分が「懲戒解雇」という事実を突きつけられたときに備え、どのような要件を満たせば法的に許される懲戒解雇なるのか、頭の片隅に入れておいていただければ幸いである。

会社は一方的に「懲戒解雇だ!」と迫ってくるかもしれないが、まずは落ち着いて自社の就業規則を確認してほしい。加えて、自分がしたことは世間一般的にみても懲戒解雇が相当なほどの非違行為だったのかということや、会社から弁明の機会を与えられるなど手続面は妥当だったのかなど、冷静に振り返ってほしい。弁護士等のしかるべき専門家に相談をすれば、不条理な懲戒解雇はひっくりかえすことが可能であろう。また、退職金に関しても、懲戒解雇だからといって直ちに諦める必要はないのだということも重ねて申し添え、本稿の筆を置くこととしたい。

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