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ヨドバシカメラの人事担当者が、就職情報サイト「リクナビ2015」の人事ブログに寄せた「10日で辞めた新入社員」に関する記事が、大きな話題となっている。

新入社員と人事担当者の言い分

私も早速そのブログを読んでみたのだが、
「販売はアルバイトの延長のような仕事。ずっと続けていく気にならないし、自分に向かない」
(リクナビ2015、4/15付 ヨドバシカメラ人事ブログ)

というのが10日で退職した新入社員(以下「Kさん」とする)の言い分であった。

これに対して、人事担当者は
「最初からいきなり上手にできたり、楽しいなんてことは滅多にない。本当の楽しさにたどり着くには、努力と情熱が必要だ。短期間で転職を繰り返す人は、これと同じ。楽しさにたどり着く前に職を変えてしまうから、幸せになれない。」
(リクナビ2015、4/15付 ヨドバシカメラ人事ブログ)

と、退職するKさんを諭していた。

このやり取りを、世の中の多数の方の目から見ると、「甘ちゃんの学生に対して、人事担当者は良いことを言った。」と賞賛する意見が多数派であろう。しかし、私は少し違った感想を持っている。

もちろん、この人事担当者がKさんの将来のことを慮って真摯に対応していることはひしひしと伝わってきた。人として暖かい対応であることは間違いない。だが、新入社員を育成すべき「企業の人事担当者」という立場において充分な対応だったのか、というところに私は疑問を持ったのだ。

人事担当者が伝えられなかったこと

ブログ記事から読み取れる範囲においてであるが、人事担当者は、「本当の楽しさにたどり着くには、努力と情熱が必要だ」ということを説明するための比喩として、ゲームやスポーツの話を出していた。例えば、野球部の学生は1年生のうちは玉拾いやグランド整備など、辛いことをしなければならないが、それでも辞めずに野球部を続けられるのは、野球が好きで、上手くなりたい、という気持ちがあるからだ、と語っていた。

確かにその通りであろう。好きだから続けられるのである。人事担当者の論はそこで終わりなのだが、私は肝心なことが抜けていると思った。もう一段掘り下げて、野球をやっている学生は、なぜ野球が好きで上手くなりたいと思っているだろうか、というところがポイントではないだろうか。

もちろん純粋に「野球が好き」ということもあるのだろうが、野球を頑張れば甲子園へ出られるとか、将来はプロとして活躍したりできる可能性があるとか、自己実現できるビジョンや夢があるからこそ、野球を好きになり、辛い練習にも耐えて頑張れるのではないだろうか。

それと同じで、人事担当者はヨドバシカメラで働くことで、Kさんはどんな将来ビジョンが描けるのか、ということをきちんと示してあげるべきだったのではないだろうか。ヨドバシカメラで正社員として働く楽しさや、やり甲斐を伝えることができれば、退職を思いとどまらせることができたのかもしれない。

正社員として働くということの意味

私が会社員時代の尊敬する上司から教わり、今でもその通りだと得心しているのは、どんな仕事であれ、「正社員は明日の会社を背負う人」ということである。

アルバイトは今日も明日も明後日も、職務範囲として決められた仕事をミスなくこなしていけば良い。しかし、正社員には今日よりも明日、明日よりも明後日、将来に向かって会社を良くしていく使命があるのだ。

販売員の仕事に関しても、お客様から見ると一見「接客」という同じ仕事をしているように見えるかもしれないが、仕事の目的や幅は、アルバイトと正社員では大きく異なるのではないだろうか。

アルバイトの場合は、目の前のお客様に対して、お客様が望んでいることに対する説明やアドバイスができれば自分に求められている職責は果たしたことになる。それが全てだ。

これに対し、正社員の販売員にはどのようなことが求められているのかを考えてみよう。

もちろんアルバイト同様、目の前のお客様に対して接客を行うことは当然だが、そこからプラスアルファの付加価値を生み出してくのが正社員だ。

例えば、お客様がどの商品に興味を示していたかの傾向を把握し、「こっちの商品を通路側の目立つところに持ってきたほうがよいと思います。」とか、「この商品はお客様が手に取りづらかったので、もう少し背の低い棚の上に置いてはいかがでしょうか。」とか、売場責任者に、より良い売場作りをするための提案ができれば面白い。

同業他社の店舗を見てきて、自社よりも優れている接客方法やディスプレイ方法があれば、それに負けないような工夫をしてみるとか、お客様がネットショップでは味わえないようなきめ細やかな接客を試みるとか、自分の創意工夫が売場を良くすることにつながっていることが実感できれば、やり甲斐も感じられるはずである。

正社員という立場で関わる「販売」という仕事は、決して目の前のお客様に接客するということだけではなく、会社の一員としてどうすればもっとよいお店になるのかを考える仕事なのだと理解すれば、ワクワクするのではないだろうか。

それに、ヨドバシカメラにいても、販売ばかりが仕事ではないはずだ。将来、例えば仕入れを担当することもあるだろう。仕入れの仕事をするときに、売場に立った経験は必ず役に立つはずだ。お客様がどのようなことを気にして商品を選んでいるのか、現場感覚として知ることができるので、「この商品は売れそうだ」とか「こんなのは絶対に売れない」とかを判断できるようになる。現場感覚がなければ、メーカー側の言いなりになってしまうであろう。販売の仕事は、ヨドバシカメラで働くキャリア形成のバックボーンにつながっているのではないだろうか。

さらに言えば、接客の仕事を通じて、マナーが身につくとか、コミュニケーション力が磨かれるとか、自分自身の成長につながることも間違いない。マナーやコミュニケーション力はどんな職業においても不可欠なスキルだ。将来転職をするにしても、自分の一生の財産になる。それをOJTで学べるのが接客の仕事である。

そういった「ヨドバシカメラ」という会社における、仕事の楽しさややりがい、Kさん自身が成長できることなどを、人事担当者はKさんに伝えることができたのだろうか。

人事担当者の失言?

もう1点、人事担当者の発言で私が気になったのは、

「Kさん。社会人の時間は長い。22歳で入社して、定年は60歳。約40年もの年月だ。
つまり社会人にとって入社後の10年は、大学で言えば1年生に相当する。たとえば大学の野球部に入部したとして、1年生のうちは球拾いやグラウンド整備、筋トレなど地味なことばかりだろう。」
(リクナビ2015、4/17付 ヨドバシカメラ人事ブログ)


という部分も、Kさんをガッカリさせてしまったのではないだろうか、ということだ。これもうまいことを言っているように見えるが、裏を返せば「向こう10年は下働きをしろ」と受け取られかねない。いくら社会人生活が長いとはいえ、10年も下働きでは夢も希望もないではないか。

仮に下働きであったとしても、10年の間にジョブローテーションをしてこんなことが学べるとか、成果を出せば抜擢される場合もあるとか、もっとモチベーションを上げる言い方があるのではないだろうか。

私自身は大学卒業後に新入社員として入った会社では最初は貿易のような仕事をしていたが、1年目から海外出張へも行かせてもらったものだ。当時の上司には非常に感謝をしている。頑張れば頑張っただけ成長するチャンスを与えてもらったし、大きな仕事をかなりの裁量を持って任せてもらった。

下働きなんか不要だとか、下働きから学ぶことが何もない、と言うつもりは決してないし、私自身も新入社員時代にはコピー1枚のとり方すら勉強させていただいたものだ。だが、自分が主体性と責任を持って仕事を任されたとき、人間は大きく成長できると私は思う。だから、10年間本当に下働きしかさせてもらえなかった人と、10年の間で徐々に責任ある仕事を任されてきた人とでは、30歳を過ぎたときに大きな差がつく。

もちろん、ヨドバシカメラが本当に10年下働きしかさせないとは思わないが、Kさんは額面どおりに人事担当者の言葉を受け止めて、希望をくじかれてしまったのかもしれない。

結び

確かに、10日で辞めた新入社員の甘さは私も感じるところであるが、会社側の対応も至らない部分があったのではなかろうか。結果としてこのような甘い社員が自主的に退職してくれて労務管理上はラッキーだったのかもしれないが、Kさんの採用にも会社は少なからずのコストをかけたはずであるし、社員教育を通じてKさんは成長できたかもしれない。人事担当者もKさんのことを真剣に心配していた。だからこそ、Kさんを引き止めることができなかったのは残念だと感じ、今回の記事の筆をとってみたのだ。

《参考記事》
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特定社会保険労務士・CFP
榊 裕葵

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