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昨今、年金制度についての議論が活発化しているが、私は少なからずの議論が「机上の空論」や「絵に描いた餅」に思えてならない。

■昨今の年金に関する議論は空虚
例えば、年金の受給者を増やすために年金の受給資格期間を25年から10年短縮するという案があり、これが実現すれば多くの無年金者が救済されるとのことだが、冗談を言ってはならない。

保険料を40年間キッチリ耳をそろえて納めた場合でも、老齢基礎年金は月額6万円強である。10年分の年金をもらえたところで、月々2万円にも満たない。ビタ1文もらえないよりはマシだが、それだけで命をつなぐことは、到底不可能だ。

また、若者を啓蒙して納付率を上げようと言っても、低賃金かつ不安定な雇用状況に苦しむ若者からしてみれば、無理な注文である。いくら言われても「無い袖は振れない」のが実情なのだ。

より具体的に言うならば、日本でいちばん最低賃金が低い鳥取県、高知県、沖縄県などでは、最低賃金は時給664円である。最低賃金で雇用されているフリーターの方が、1日8時間、月20日フルタイムで働いたとしても、収入は月々10万6240円にしかならないのだ。

住居費4万円、光水熱費・通信費1万円、食費2万円、被服費・雑費1万円と、かなり節約しても生きていくだけで精一杯である。差し引き2万円残るというかもしれないが、この2万円は国民健康保険の保険料(フリーターはなかなか社保に入れてもらえないので、国保が多いのが実態)や、住民税などに消えるであろう。

このような状況に置かれている人に対して、国民年金の保険料1万5千円を払えと言う方が無茶なのである。(保険料減額や納付猶予制度もあるが、年金額もカットされるので、結局は老後苦しむことに変わりない。)

■時代が変わったことを受け入れるべき
では、低収入に甘んじているのは本人の努力不足なのだろうか。私は決してそうは思わない。21世紀に入ってグローバル化が急速に進み、労働力の単価も世界規模で比較されるようになった。月収10万円でも、東南アジアやインドで考えればかなりの高給取りである。(例えば、タイの標準的な労働者で日本円換算して月収は3~4万円程度)

であるから、製造業などは人件費の安い海外へどんどん流れていくし、国内に残るサービス業も外国人留学生が時給664円でも喜んで働いてくれる。とすると、日本人も、特別なスキルが無ければ、同じ土俵、同じ賃金水準で職を求めるしかないのだ。かつての中流と言われた600万円、700万円クラス以上の年収を一生維持できるのは、世界で通用するスキルを持ったグローバルエリートのみであろう。

このような状況であるにもかかわらず、一億総中流社会を前提として作られた古き良き時代の年金制度を、騙し騙し修正しながら、何とか維持しようとしているので、あちこちでほころびが生じているのである。

私は、現状を真正面から受け止め、無年金者や低年金者が多数発生することを前提条件に置いた上で、それでも20年後、30年後も持続可能な年金制度や生活保護の姿を、場合によってはゼロベースに立ち返ってでも検討する必要があると思うのだ。

限られた社会保障予算の中で、たくさんの高齢者の方に「健康で文化的な生活」を保障し、かつ、モラルハザードが起こるようなことがあってはならないような仕組みである。

そのためには、どのような施策が考えられるか、私なりに考えていることを以下3つほど例示したい。

■住宅など現物給付の活用
第1は、現物給付の活用だ。最も典型的なものは「住宅」である。人口の減少により空き家が増えることは確実だ。所有権が放棄され国庫に帰属する物件も出てくるであろう。このような物件を国が公的に管理し、住居費が払えなくなった高齢者の方に住んでもらうのである。電力なども自由化で価格を下げ、国が安い供給者と契約をすることで、コストを下げることができる。

生活必需品についても支給する形を取れば良い。近年はリサイクルマーケットが非常に充実しているので、オークションサイトでも有名なYahooや、大規模にリサイクル店舗網を展開しているトレジャーファクトリー、テンポスバスターズなどと協力して、リサイクル家具や家電を国が買い上げて、現物給付するのである。故障時の修理や交換なども業者に委託をすれば良い。

住宅と、家具類や基礎的な家電を支給できれば、月額3~4万円で健康で文化的な生活は可能であろう。それを生活保護と呼ぶかベーシック年金と呼ぶかはともかく、現物給付を活用することによって、保険料を納められなかった人を救済すると同時に、社会保障費の総額も削減することが可能ではないだろうか。

■大企業からグローバルな税収を確保
第2は、国策としてグローバル企業を支援することだ。

多くの無年金者・低年金者を国が養っていくためには、多額の税収が必要となる。

そのためには、国内市場が頭打ちである以上、海外で稼いだお金を日本に還流させ、税収につなげなければならない。それができる存在は、グローバルに展開する大企業である。

グローバルに活動する大企業は、海外子会社、関連会社からの配当金やロイヤリティという形で、日本へ利益を還流させている。大企業が動きやすい環境を整えて、なるべく多くの法人税を日本で納税してもらうようにすることが不可欠だ。

加えて、治安の良さやインフラの整備をPRして外国のグローバル企業を日本へ誘致することや、新たに海外進出しようとする国内の中小企業を支援することも必要であろう。

法人税を下げる昨今の議論に対しては、「庶民を冷遇し、大企業を優遇している」との批判の声もあるが、これについては冷静に一考して頂きたい。国際標準と比較して法人税が高ければ、グローバル企業は日本へ利益を還流させないようにするので、法人税が高いことは、巡り巡って結局は、庶民の首を絞めることになるのだ。

■生活保護には社会奉仕を
第3は、不公平感の緩和や、モラルハザードへの歯止めのため、保険料を納付できなかった人(障害などやむを得ない事情を除く)が生活保護やベーシック年金を受給する条件として、一定期間の社会奉仕活動を条件とすることだ。

その人の年齢や体力に応じて、できることは色々あると思う。例えば、私が現在自宅からオフィスへ通勤する途中でも、小学生が通学する時間帯に、ご年配の方が横断歩道に立って、交通整理をしてくれている。(その方は自発的なボランティアだと思うが)

社会奉仕を通じて地域社会とも接点ができるし、何かしら社会的な活動をしていたほうが、健康の維持増進にもつながるのではないだろうか。ひいては、医療費の削減にも結びつくはずだ。

病気や老衰などで寝たきりであれば仕方がないが、労働する能力があり、労働するチャンスがあるにも関わらず労働をしないことは、権利だけ求め、国民の義務を放棄していると言わざるを得ないであろう。日本国憲法においても、勤労の「権利」と「義務」の両方が定められているはずだ。私自身も、病気や心身の機能低下でお客様に迷惑をかけるようにならない限りは、生涯現役で社会保険労務士を続けたいと思っている。

■総括
「日本」という巨大な船は、1年や2年で進むべき進路を変えられるわけではない。今のうちから、舵を切る方向を定め、20年後、30年後のありたい姿へ、少しずつ向きを変えていくべきではないだろうか。

年金問題をソフトランディングさせるためには、残された時間があるうちに、地に足の着いた長期的、巨視的なビジョンに基づいて方向性を定め、国民の間で社会的コンセンサス(合意)を固め、段階的に制度改革を実行していくことが必要不可欠だと私は考えている。

《参考記事》
学生が国民年金の保険料を払うのは損か?得か?
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特定社会保険労務士・CFP 榊 裕葵

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