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『ハウスワイフ2.0』(エミリー・マッチャー著)という、現代のアメリカ人女性の専業主婦志向に着目した書籍が注目を集めている。この本によれば、アメリカでは学歴やキャリアがあるにも関わらず、会社で働くことを辞めて専業主婦になる女性たちが増えているそう。彼女たちは、子育てや料理を中心に生活し、SNSを巧みに使って日々の出来事について情報を発信したり、手作り品のネット販売でお小遣い稼ぎをしているという。そんな、キラキラとした専業主婦の暮らしは素敵に見えて、憧れを抱く女性も少なくないだろう。だが、現代の日本社会で“キラキラ専業主婦”になることにリスクはないのだろうか? 家族社会学を研究している山田昌弘先生にお話を伺った。

■長時間労働に子育ての負担……
日本人女性が“キラキラ専業主婦”に憧れるワケ


ここ数年、アメリカ同様に、日本の働く女性たちの間でも専業主婦志向が高まっていると山田先生は語る。

「今、学生や20代前半の女性たちの間で、『専業主婦となって子育てや料理を中心に生活し、余った時間を趣味やお小遣い稼ぎ程度の在宅ワークに費やしたい』と考える人が増えています。その背景には、日本人女性の普段の働き方や社会制度上の問題が絡んでいると考えられます。日本では、男女ともに長時間労働をするのが当然とされ、女性の長時間労働は世界でナンバー1です。保育園を探すのも大変な状況にあるため、子供が熱を出しても誰にも頼れず、自分が頭を下げて回らなければならない。仕事と家庭の両立に苦労する先輩の姿を見てきたという人も多いでしょう。そんな女性たちが仕事や会社への不満から、自分の趣味に没頭できるような少し裕福な専業主婦の暮らしに憧れる傾向があります」

一方で、アメリカにおける女性たちの専業主婦志向の高まりは、日本とは質の異なるものだという。

「欧米社会では男女ともに定時退社が当たり前で、キャリアウーマンでも長時間労働を強いられることはほぼありません。家族そろって夕食を食べることもできますし、保育園の制度も整い、ベビーシッターを雇うこともできる。アメリカ人女性は、『会社に使われない生き方』の一つとして専業主婦を選択しています。『会社で働くのが嫌だから専業主婦』と感情的に判断しているというよりは、より自分らしく生きる道を模索しての選択という印象です」

■“キラキラ専業主婦”になれるのはたったの1割
夫の安定した収入が不可欠


“キラキラ専業主婦”に憧れる女性が増えているとは言うものの、男性の収入が減少を続ける現代の日本。実際に、結婚後に“キラキラ専業主婦”になれる女性は、「10人に1人」の低確率だという。

「アメリカの『ハウスワイフ2.0』で紹介されている専業主婦の事例は、安定収入のある男性と結婚しているからこそ実現できる暮らし方です。日本の場合は、生活費を支えてくれる男性の収入は減少傾向にありますから、家計のためにパートで働かなくてはならない主婦が増えています。いくら“キラキラ専業主婦”を目指しても、実際のところはなれない人の方が多いというのが現実です。今の日本人男性の収入を見てみると、妻が専業主婦のままでもマイホームを買えて、子供を大学にまで通わせられる男性は10人に1人しかいません。ある若い女性にそれを話したところ、『私はその10人に1人を見つけて専業主婦になる!』と言っていましたが、運に頼りすぎるのは危険だと思います。残りの9人が結婚相手になる可能性の方が、極めて高いのですから」

また、もしも「10人に1人」の確率で“キラキラ専業主婦”になれたとしても、その後のリスクも高いという。

「日本よりも簡単に離婚できる欧米では、養ってくれる夫がいなくなるリスクはかなり高いでしょう。ですが、女性が再就職しやすい環境もあります。例えばアメリカでは、専業主婦をしていたこともキャリアの一つとして役立つので、会社を辞めたブランクの後でも、キャリアを武器に再就職することができます。もし夫と離婚しても、自分の能力に見合った仕事で経済的自立をやり直すことができるのです」

一方、日本の場合は「新卒一括採用」という独自の採用制度が根付いているため、社内でキャリアアップできる人材は新卒採用された者に偏る傾向がある。そのような環境で、一度でも働くことのレールから外れてしまうと、やり直しがきかなくなる可能性が高い。たとえパートから出直したとしても、正社員へのキャリアアップの壁は非常に高く、非正規雇用での出世は難しいというのが現状だ。家庭の生計を支えてくれていた夫との離婚や万が一の死別などを考えると、その後の生活に大きなリスクがあることは否めない。

■運任せに生き方を決めるのは危険
長く働くことを視野に入れてリスクヘッジを


“キラキラ専業主婦”になりたいという願望を持つこと自体は問題ではない。だが、いくら憧れていてもなれない可能性が高いこと、結婚後の経済的自立が難しくなることを忘れてはいけない。

「価値観は人それぞれなので、『ハウスワイフ2.0』のような専業主婦生活を目指して婚活をするのも良いとは思います。しかし、安定した高収入で、かつ、妻が好きな仕事に挑戦しても理解を示してくれる理想的な男性に好かれるかどうかは、あくまで“運”なのです。だからこそ、結婚できなかったときや、相手の収入が低かった場合を考えてリスクヘッジをしておくことが大切ですね」

将来のリスクを少しでも減らしておきたいと考えるなら、築いたキャリアを安易に捨ててしまうようなことはしない方が得策。今の職場では家庭と仕事の両立がどうしても難しいと思うなら、新しい職場を探してみるのも良いだろう。日本における社会環境や制度上の問題が、欧米のように変わっていくにはまだまだ時間がかかる。それを考えると、「素敵な男性と結婚してキラキラ専業主婦になりたい」と夢を見続けるよりも、自分にとって理想的な形で働き続ける方法を模索していく方が良さそうだ。

【お話を伺った方】
社会学者・中央大学文学部教授
山田 昌弘さん
家族社会学を専門とし、愛情やお金を切り口として、親子・夫婦・恋人などの人間関係を社会学的に読み解く試みを行っている。成人後や学卒後も基礎的生活条件を親に依存している未婚者を「パラサイト・シングル」と命名し、話題を呼んだ。1990年代後半から日本社会が変質し、若者の多くから希望が失われていく状況を「希望格差社会」(ちくま文庫)と名づけ、格差社会論の先鞭を付ける。著書『「婚活」時代』の中では、白河桃子と共に「婚活」という造語を考案・提唱し、流行させた。

取材・文/上野真理子

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