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アムステルダムからクアラルンプールへ向かっていたマレーシア航空機がウクライナ上空で撃墜された事件は、世界中に大きな衝撃を与えている。

■マレーシア航空機撃墜、日本人は傍観者にあらず
邦人の犠牲者はいなかったが、ビジネスのグローバル化が進んでいる現在、私たち日本人にとっても決して傍観者ではいられない事件であると私は思っている。

例えば自動車業界で言えば、日系自動車メーカーでは、ヨーロッパで組み立てる自動車に使う金型を、コスト削減のため、タイやインドネシアをはじめとした東南アジア諸国の金型メーカーに製造委託するのはよくある話である。また、タイやインドで生産した完成車をヨーロッパへ輸出する動きも始まっている。

そのような一例をとっても、今回の撃墜事件において、「撃墜されたマレーシア航空の飛行機に、ヨーロッパに駐在する日本人エンジニアが、東南アジアの金型メーカーを視察するために搭乗していた。」という可能性は、充分ありえた話なのである。

また、撃墜されたマレーシア航空機は紛争地域の上空を通過しようとしていただけで、紛争地域そのものを目指していたわけではないが、海外出張には不慮の危険が伴うということは、多くの方が実感したことであろう。

■海外出張を断ることができるのか
そこで、今回の記事では、会社から海外出張を命令された場合、これを断ることができるのか、ということを検証してみたい。

まず、入社の際の雇用契約書に「海外出張あり」という条件が入っていたならば、出張を拒否することはできないというのが大原則である。海外出張の可能性も含めて承諾したからこそ雇用契約を結んだのだ、と法的には解釈されるからだ。

また、雇用契約書には海外出張が条件として入っていなかったとしても、就業規則に海外出張が書かれていて、入社時に就業規則に包括的に同意しているような場合も、拒否できないのは同様である。

だが、いかなる場合にも会社の海外出張命令は絶対で、これを拒否することができないというのは言いすぎである。というのも、労働契約法第5条には、使用者に対する「安全配慮義務」が定められているからだ。

(労働契約法 第5条)
使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。


使用者は、職務遂行に際し、労働者の安全を確保しなければならないから、労働者の身が危険にさらされる可能性がある海外出張を強制することは、安全配慮義務違反として許されないのである。

■朝鮮戦争時の判例
この点、労働契約法が成立する以前の話であるが、裁判所も「安全配慮義務」に基づく海外出張の拒否についての正当性を認めている。具体的には、「電電公社千代田丸事件(最高裁三小 昭43.12.24判決)」という判例だ。これは、朝鮮戦争の最中、危険海域へ通信線の敷設を命じられた電電公社(現NTT)の社員が、その命令を拒否したために懲戒解雇されたことの有効性が争われたのであるが、最高裁判所は、出張を拒否した社員には正当な理由があるとした。

■日揮のアルジェリア人質事件
また、近年記憶に新しいのは、2013年1月に発生したアルジェリアのガス田工事現場で発生した、日揮の人質殺害事件であろう。

10名の方が亡くなった大変痛ましい事件であったが、この事件に関する直近の報道では、次のような状況のようだ。

アルジェリア人質事件で社員らが犠牲となったプラント建設大手「日揮」(横浜市)は事件を検証し、組織再編や人員増加で危機管理を強化する作業を進めている。日揮は現地での工事を再開させていないが、安全が十分に確保されれば年内にも再開する方針だ。(2014.01.14 産経ニュース)


日揮の社員が工事の再開に当たり、アルジェリアへの出張や駐在を命じられた場合、断ることができるかどうかは、その時の現地の状況や、会社の安全対策の進捗などを踏まえ、具体的に判断されるべきものであるが、少なくとも、会社の業務命令であるから拒否したら無条件に懲戒処分、ということにはならないであろう。

■パキスタンでテロとのニアミス
私がかつて勤めていた会社もグローバル企業であったが、当時の先輩がパキスタン出張を命じられたときの話をしてくれたことがある。パキスタンは、タリバンと米軍の交戦が続いている、あのアフガニスタンの隣国である。

出張中の移動には警察車両が前後を挟み、先輩が乗車をした車の助手席には銃を持った警官が座っていたとのことだ。

極めつけは、その先輩が泊ったホテルが、チェックアウト直後に爆弾テロの標的になったことである。先輩いわく、自分が泊っていたホテルがニュースに映っていて、破壊され、炎上していたので大変驚いたとのことであった。

無事に帰ってきたからこそ、居酒屋での武勇伝として聞かせていただいたのだが、この先輩は、「社命だから行くしかない」という責任感で責務を果たしてきた様子であった。当時、私は社労士ではなかったので、一後輩として話を聞かせて頂いたのだが、思い返すと、先輩は出張を断る選択肢があったことは、全く想定していなかったであろう。

■サラリーマンとしての判断はいかに?
このように、紛争やテロに巻き込まれる可能性が相当程度ある等、具体的な危険が想定される場合には海外出張を断れる、というのが法的な基準ではあるが、実際に断った場合、直接的に懲戒などは受けないにしても、出世や人事考課で何らかの影響は避けられないのがサラリーマンの置かれた立場であることは想像に難くない。

だが、今回の記事で、読者の皆様にお伝えしたかったのは、会社からの出張命令は、いかなる場合においても「絶対的なものではない」ということである。

生命、責任感、愛社精神、家族、出世、金銭など、さまざまな要素が絡んでくるので難しい判断になるであろうが、危険が伴う海外出張を受け入れるか否かは、最終的には、大人として自己責任で決めるしかない。どうしても迷う場合には、結論を出すにあたり、弁護士や社会保険労務士などの専門家に相談して、セカンドオピニオンを求めることも一案であろう。

《参考記事》
■ デートの日に残業命令。残業を断って大丈夫!?: エンプロイメント・ファイナンスのすゝめ
http://blog.livedoor.jp/aoi_hrc/archives/31690024.html
■資格取得が転職活動を有利にする理由 : Seepのブログ
http://seep-jp.com/2014/04/30/post-2540/
■京都の市バスで足の不自由な女性を介助しようとして罵倒された運転士が気の毒だった件。 榊 裕葵
http://sharescafe.net/39775536-20140710.html
■社員のためのフェラーリ!?株主総会で知った島精機流「強い会社」の作り方 榊 裕葵
http://sharescafe.net/39610027-20140629.html
■実は、我が国の労基法は世界水準に達していないのでは!?という警鐘。榊 裕葵
http://sharescafe.net/37110706-20140217.html

特定社会保険労務士・CFP 榊 裕葵

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