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9月3日、新日鉄住金の名古屋製鉄所で今年に入って5回目の事故が発生した。過去4回はいずれも火災や黒煙の発生で負傷はいなかったが、今回は爆発を伴い、15人が重軽傷を負ったとのことである。

■事故原因は運営面の課題
事故の原因は、施設の老朽化や、熟練技術者の退職なども原因ではないかと言われているが、なぜ立て続けにこのような事故が起きたのかについて、同社の進藤孝生社長は次のように見解を示している。

進藤孝生社長は4日、記者団に対し「マネジメントの問題であろうと認識している」と述べ、老朽化や人員構成などの構造的な要因ではなく、同製鉄所の運営面で課題があったとの考えを示した。
(2014/9/4 毎日新聞)


「運営面の課題」とは、具体的にどのような課題を指しているのかは触れられていなかったが、上記記事の中で、名古屋製鉄所の粗鋼生産高は過去最高を記録したということが書かれていたので、おそらく、生産拡大に対して、安全対策や環境整備が追いついていなかったのではないだろうかと私は推測している。

■安全なくして生産なし
各論を述べれば専門的な話になってしまうが、その前に、事故を防ぐための根本対策として温故知新で学ぶべきなのは、故本田宗一郎氏の名言「安全なくして生産なし」ではないだろうか。

「安全なくして生産なし」とは、安全が確保できない状況においては、どんなに生産の必要性があっても生産すべきではないし、どんなに生産効率がアップするような方法があったとしても、それが安全でないならば採用すべきではないという、安全は生産効率やコストに優先する、という考え方である。

実は、私は社会保険労務士として独立する前は、本田技研グループの会社で働いていた。グループ各社の工場には、「安全なくして生産なし」と書かれた横断幕やプレートが高々と掲げられていたことを覚えている。新入社員研修のときには、座学でもこの言葉の重要性を教えられたものだ。

そして、不幸にも生産現場で労災事故が発生してしまった場合には、たとえ切り傷や打撲であったとしてもレポートが作成され、社内で閲覧されたり、安全衛生委員会で討議されたりしていた。徹底的に原因を究明し、再発防止策を施すのだ。そのレポートは製作所の所長が最終確認を行い、まさに現場からトップまでが一丸となって安全対策に取り組んでいた。

「安全が確保できなければ生産はしない」ということが徹底されていれば、多くの労災事故を防ぐことができるし、万一発生してしまった場合でも、重大な結果につながることを防止することができると私は実感したものだ。

トヨタ自動車グループでも、トヨタ生産方式では、標準作業の徹底を重視するが、これは品質確保だけではなく、作業者の安全の確保にも貢献している。標準作業を定める際、その作業の安全性も検証がされるからだ。トヨタ自動車グループの会社で労災事故が起きると、「被災者は標準作業どおりに仕事をしていたのか」ということがまずは調べられるそうだ。

■なぜ安全が軽視されてしまうのか
逆に、「安全なくして生産なし」が徹底されていない工場では何が起こるかということも説明しよう。

一般に製造業の工場では生産効率が重視され、この製品を1時間に何個生産しなければならない、といったような目標が定められている。また、消耗品やメンテナンスかかる費用なども予算枠が定められ、厳しく原価管理がなされているのが通常だ。

生産効率が目標値を達成できなければ、叱責を受けたり人事評価を下げられたりするので、現場作業者は安全を犠牲にしてでも、生産効率を上げようとするのが人情である。

また、予算に対しても、数字だけが一人歩きして、「危険な箇所が見つかっても、修繕費が予算オーバーだから見送る」という本末転倒なことにもなりかねない。

つまり、効率やコストを優先した裏返しとして、安全がおのずから軽視されていくということだ。

だからこそ、「安全なくして生産なし」を、現場からトップまでがしっかり認識して、現場がラインを止めたとき、トップは「何故止めたんだ、バカヤロー!」ではなく「なにか危険なことがあったのか?」と声かけをするような社風を作らなければならない。

もっと言えば、たとえ生産効率が一時的に下がったとしても、安全に貢献した人が正当に評価されるような仕組みを経営者が作らなければならないということだ。

現場の人たちが、安全に関する懸念があれば、安心して生産ラインをストップさせ、安全を守るためにはこれだけの生産数しか無理、と言える環境を作ってこそ、労災事故を防ぐことができる。

過去の重大事故を振り返っても、例えばJCOの東海村での臨界事故は、作業手順を無視して効率を上げるために、バケツでウラン溶液を加工していたことが事故の原因であった。

■結び
効率やコストを優先させた結果、事故が起こってしまったら、工場の操業停止による売上減、風評のよる顧客離れ、被災者や遺族への補償等、会社も結果的に高い代償を支払うことになってしまう。

それならば、最初から「安全なくして生産なし」を徹底するほうが、効率面やコスト面においても最善な結果につながるのではないだろうか。実際、本田技研は「安全なくして生産なし」を現在まで守り続けながら世界有数の企業に成長したのだから、考え方の正しさを証明する動かぬ証拠ではないだろうか。

《参考記事》
■マレーシア航空撃墜事件を機に考える。会社員は危険地域への出張を拒否することができるのか 榊 裕葵
http://sharescafe.net/39987873-20140723.html
■ JR九州、事故現場写真LINE投稿事件の真の問題点。規律の緩みは大事故へもつながりかねないことを再認識しよう 榊 裕葵
http://sharescafe.net/39516361-20140624.html
■JTB中部はバスの手配を漏らした社員を責める前に企業体質を自省すべき 榊 裕葵
http://sharescafe.net/38575924-20140501.html
■福岡労働局の「てんかん開示要請」は間違っていない! 榊 裕葵
http://sharescafe.net/38427276-20140423.html
■スカイマークがミニスカ制服の代償として負う経営リスク 榊 裕葵
http://sharescafe.net/37786981-20140321.html

あおいヒューマンリソースコンサルティング代表
特定社会保険労務士・CFP 榊 裕葵

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